第88話 くだらない騒ぎ
「……あの人も知らないんですか!?」
家の借金を肩代わりを条件に雇われた青年の事情聴取は不気味なくらい進みが早かった。
なんでも、その指示を受けたこと含め『捕まった時は包み隠さずすべてを話せ』と言われていたらしい。
全くもって理解しがたい話。
だがその目に嘘はなく、真偽を見抜くという力も男の言葉が正しいと判断した。
「今のところはそう言っているらしい。確かめた結果を手紙で予め指定した相手に送るように、と」
「……そういう、ことか。その人も」
「指示した本人ではないと見ていいだろう。また別の場所へ送るよう言われていたそうだ」
無駄に手が込んでいるとしか言いようがない。
受け取った相手までは把握できたそうだが、おそらくその後を見つけ出すのは先の事になる。
さすがにそれ以上細かい情報までは教えてもらえなかった。
俺が得た情報自体、本来であれば手にしていいものではない。
「もっとも、その中に指示役がまぎれている可能性は十分にある。なんとか差し止めは間に合ったらしいが……その程度のことを想定していなかったとは思えない」
「そんなことしてどうなるのよ……」
「考えるだけ無駄だ。傍から見れば本当に下らない理由でとんでもない事をしでかす馬鹿なんて探せば幾らでもいる」
それこそ、魔戦が起こる原因を作り、事態を悪化させるべく手を回したあの男のように。
おそらく文書転送自体はさほど重要視されていない。
極端な話、ただ人手をそちらに割かせるためのものだろう。
特に近場ならバスフェーに合わせて依頼を出しても埋もれてしまう。
計画通りであれば、おそらく途中で二度か三度かストラへ戻って来たのだろう。
「難しい話はそこまで、です。冷めたらもったいない、ですから」
「ああ、ありがとう。……騒ぎが表になっていないのがせめてもの幸いだな。んむっ」
「でもどうするのよ。バスフェーグ、足りないんじゃないの?」
「その辺りは実行委員会が頭を悩ませてくれているところだ。……まあ、一か所調べられそうなところはあるが」
焼き鳥だろうか。いや、鳥の肉という保証はないから串焼きか。
塩ではない。独特なタレの味に覚えはなかった。
この味がタトゥー同様、手掛かりになってくれたら。そんな考えさえ芽生えつつある自分が嫌になる。
どこかの大馬鹿が卵を盗み出していなければこんなことには。
「じゃあそこ行ってみりゃいいじゃんか。行けない理由があるとか?」
「そんなところだ。正確な位置が分からない。場所そのもののイメージはあるんだがな」
「まさかこの前の魔物とか言わないでしょうね? 見つかってないんでしょ。ほんとにまだいるの?」
「そのまさかだ。ただ、バスフェーグそのものというよりは手掛かり探しを主に――」
「おーい!」
どうなっているのだろうか。
俺の見間違いでなければアイシャとサーシャさんが並んで歩いている。
距離を取っているわけでもない。ユッカ達の話だと、今にも爆発寸前だった筈だが……?
「探しましたよ皆さん。まったくどこに行っていたんですか。姉さまの武勇伝はまだ山のようにあるんですよ?」
「さっき教えてもらったんだけどね、海の中でも戦ったことがあるんだって。確か――」
「海底の番人――木の幹ほどもある触手を大量に操る魔物です。かなり遠くで見つかった遺跡でしたから、知らないのも無理はないかもしれません」
クラーケンが真っ先に浮かんだ。
木の幹と言っても種類は様々。だが俺をそのまま叩き潰せる程度の大きさがあるのは想像に難くなかった。
無論、そんなものをそのまま受けてやるつもりは微塵もないが。
それより今、水中と言っていた。
つまり[ラジア・ノスト]にはそれができるだけの何かがあるということ。
秘境へ赴くと聞いてはいたが、筋金入りか。
「……なんで仲良くなってるんですか?」
「それを俺に訊かれても。いいじゃないか。恐れていた事態が現実にならなくて」
「さっきの警備隊の人――いないわね?」
それより気になるのはこの変わりよう。
幼い頃も含めて知っているガルムさんでさえ、アイシャの剣幕には押されていた覚えがある。
相手も引かなかったと仮定して、それを止められるとしたら。
(……ああ、あいつの仕業か)
まったく、どうやったんだか。
当時からそういう方面に強かったのは間違いない。
表面的な態度はさておき、根は相当に生真面目だった。
「……嬉しそうね?」
「当然だろう。アイシャが楽しそうにしているんだから。会った頃のことを思えば猶更」
「それだけじゃないんでしょ。……そんなに仲良かったなら探しに行けばいいのに」
「ふ、そうかもな」
あまり悠長に構えていられなくなったのは間違いない。
最低限の言いつけだけ守って顔を合わせることもめったにない。
そんな状況、俺が知る限りほとんどなかった。
口では色々言いつつイリアからの命令にはしっかり従い、イリアを守ることにあれだけ全力だったあいつが。
一度しっかり話をするにせよ、今のままでは不安も残る。
「それでそれで? その時なんて言ったんだよ?」
「手だけで壊したあとにね、ルークさんを探そうって――」
「……話、変わってない?」
「いいんじゃないか。そのままにしておいた方が」
「そうですよ他に美味しいものもいろいろあるんですから」
懐かしいような、そうでもないような。
レイスの参考になるとも思えない。あんな荒業を使う機会なんて滅多にない。
「なかなかやるじゃないですか。話には聞いていましたが、取り込まれた方々にけがを負わせる事無く救出するのは至難の業ですからね」
……本当に何をやったんだか。
怖い。正直、怖い。失礼だが不気味だ。
「でもほんとに賑やかで楽しそう、です」
「そろそろ絵のモデルの人がパフォーマンスするからね。リィルちゃん、本当にやらなくていいの?」
「やるわけないでしょ! まだ言う気!?」
「話自体はあったが断ったんだ。駄目なら俺だけでもと言われたんだが、その辺りも結局有耶無耶になってしまって」
「意外ですね。あの店長さん、押し強そうなのに」
ああその通り。
だが一方で、達成できる目処が立てばそれ以上しつこくは続けない。つまり。
「別に今日だけのイベントというわけでもない。いっそ、明日は町中を飛んでみようか?」
「また抱えるとか言うんじゃないでしょうね」
「嫌がる相手にやる趣味はない。俺はあの格好でも構わないが……いいのか? パフォーマンスをする以上、自分に意識を向けさせる必要があるだろう」
「……なら、いいけど」
ルークさんも『まぁいいんじゃないかな。それっぽく見せてるだけって思うだろうし』と言っていた。
協会の太鼓判がある今、悩む必要もない。
「残念でしたね、リィル?」
「なんの話よ!?」
俺が自主的にやってくれるだろうと想定した上での話だったのだろう。
「――聞いていますか? ストラのキリハさん。あなたにも話しているんですよ?」
「ナターシャさんのこれまでの活躍はまた後日にでも。静かなところでゆっくり聞かせてください」
……とりあえず巻き込まないでください。
今は祭りだ。
それに、怪しい動きをしているやつがいる。
「あの黒い人も絵になってた、ですか? 見覚えない、です」
「うわぁ……なんなんですか。お祭りの雰囲気関係なしって感じですね。おばけみたいな」
「や、やめてよとそんなこと言うの。出てきたらあんたどうにかしなさいよね?」
「これはまた不気味な……死神か何かのつもりか?」
しかも――
「こんな鎌まで振り回して。他の方に当たったら危ないでしょう?」
ざわめく観衆。
悪い予想ほどよく当たる。
(……刃のない偽物だったらよかったんだがな)
観客に囲まれる中、亡霊のような動きをしていた黒いローブ。
ただのパフォーマンスだろうと集まっていた人々に向かって鎌を振り下ろそうとしたのだ。
人を切り裂くくらい造作もない。
串も《硬化》していなければ簡単に壊されていただろう。
「き、キリハ!? なにして……」
「皆は周囲の非難を。俺はこの不躾な亡霊を抑えておく。それから、サーシャさん。指揮をお願いしてもいいですか?」
「賢明な判断ですよ。加点一です!」
そんなことはどうでもいい。心底どうでもいい。
「き、貴様……!」
「折角のお祭りなんです。これ以上、下らない騒ぎを起こして邪魔をするのは止めてもらえませんか?」
「くだらないものか! いいだろう……まずは貴様から叩きのめしてくれる!」
「寝言は寝て言え死神擬き」
短な呻き声と共に宙を飛ぶ黒の外套。
いい具合に膝が入ったか。
落下前に姿勢を整えた辺り、向こうも手練れ。
それどころか風の魔法に身体を乗せて突進してくる。
「だ、誰が死神だ! さっきまでの口調はどうした!?」
「擬きと言った筈だテロリストが」
振るわれる鎌を《魔力槍》の各所で何度も弾く。
最悪壊されても構わない。
(随分と鎌の扱いに慣れている……あまり一般的な武器ではない筈だが)
よりにもよってそんなものを選ぶだろうか?
こんな武器を使って目立たない筈がない。
使い手の噂も比較的広まりやすい筈。剣士や魔法使いよりは確実に。
さほど大したことはしていない俺の《魔力剣》でさえ一部ではそれなりに話題になったと聞いている。
むしろ、紛れやすくするためにも普通の剣を使うべきではないのか?




