第82話 初日の朝
その出来事を一言で表そうにも、多くの事があり過ぎた。
高校最初の文化祭を間近に控えた頃。
以前からやたらと情報収集に熱心だったある人物に対し、組織がとうとう本腰を入れた。
最大の目的は当然、対象の安全の確保。
しかしこれが一番の難関だった。
どういうわけか、その人に対して記憶処理を行っても効果がなかった。
魔力の保持は確認されなかったにもかかわらず。
教団との繋がりも見つからないまま。
護衛と調査。俺達に課せられた任務はそれだった。
何を隠そう、同じ学校に通う一つ上の先輩だったのだ。
たった一人の新聞部員として、魔戦について調べようとしていた。
当初の予定は、ほんの短期間。
それこそ数日で切り上げ終えられる程度のものだった。
その計画が大幅に狂ったのは他でもないその人が原因だった。
手掛かりになりそうな情報もそう多くはなかった。その筈だった。
実際痕跡は残っていなかったし、その線からの情報収集は早い段階で諦めていた。
当然、フェイクの可能性も疑った。
俺でさえ違和感を覚える程に決断が早かったのだ。
やたら熱心に探ろうとしていた割にはあまりに諦めが良すぎた。
随分振り回されたのを今でも覚えている。
だが、仮初めの部員としての時間も決して悪い物ではなかった。
状況に大きな進展もなく迎えたバスフェー当日。
「――どういうことですかな!?」
見慣れない露店が連なり大きく変貌を遂げたストラの街並み。
観衆の中、しゃがれた老人の怒声が響いた。
「吾輩の力作が見当たらないなど! そのような事態が起こるなどあってはならぬことでしょう!」
「ですから、それは今調査中でして……」
見慣れない顔だ。
普段は奥で穏やかな生活でも送られているのだろう。
ルークさんより少し、いや、かなり小柄。
ガッシリした体格のその人は腰を掴んでルークさんを揺さぶっている。
「落ち着きなよオジイチャン。誰もあんたの事なんて疑ってないんだからさぁ」
「当たり前じゃい! そのような姑息な真似するわけがなかろう!?」
その隣にはもう一人。
細く尖った耳を持った、長身の美人。
宿した魔力には大自然の力を宿す、長寿の一族。
「ど、どうしたんだろうね……? なんかすごく怒ってるみたいだけど……」
「準備期間が準備期間なら本番も本番か」
折角楽しめると思っていたのにこれか。
ハーピー擬きへの対策をするだけでもそれなりに頭のキャパシティを割かなければならないというのに。
朝一番に訪ねることでもないが、仕方がない。早く解決した方がいい。
「おはようマユ。朝から随分物々しい雰囲気だがあれは一体……」
「あのおじーちゃんの絵がなくなったみたい、です」
「絵が? コンテストの?」
ああ、だから力作と。
相手はルークさんだ。まさか老人の妄想だなんて流すわけがないだろう。
それ以外にも疑える要素はあるが、当人たちの反応からしてまずないと思っていい。
「こういった行事に外部からの出品があるのはよくあることですよ。逆に、住人の作品のみを選考対象とする賞を用意することもあるみたいですけど」
「おはようございます。さすがですね。まだ何も言ってなかったと思うのですが」
「えぇ、おはようございます。特異な環境で育たれたそうですから先に教えたんですよ。[イクスプロア]のキリハさん?」
そいつはどうも。
いつの間にどこで調べたというのだろう。
何度かそれなりの時間気配が離れていたことがあったから、おそらくそのタイミングに。
他にも[ラジア・ノスト]からの任務だってあっただろう。
「だが、そういうことなら割り込まない方がいいか。どこで紛失したのか分かれば少しは探す手伝いができるんじゃないかと思ったが……」
「分からないみたい、です」
「? 今キリハがそう言ってたよ?」
それは分かっている筈。マユが言おうとしていたのは、きっと。
「そうじゃ、なくて。いつ運び込まれたかも分からないみたい、です」
運搬中の紛失。その一点だ。
「まだストラへ到着していない可能性もある、と」
「誰も見てないならそうかもしれないって、リットさんが言ってた、です」
「……そうなんだ?」
「十分あり得る話だ。正直、俺も真っ先に疑った」
となれば当然合わせて運んでいた荷物も届いていない筈。
発信機の一つでもあればそこから辿れただろうが、ないのだろう。
あったとしても必ずその場所に全ての荷物が無事な状態で残っている保証はない。
「運搬役は協会が捜しているだろうからいいとして、誰がそんなことを……他の絵も持ち出したんじゃないだろうな」
「店長さん絵も見に行ってみよう? もしかしたら……」
「その心配はないですよ」
この老人が特別早いだけで、他にも被害者はいる筈。
町全域が展示会場と化している今、どこに誰の作品が置かれているのか正確に把握している人物などいる筈がない。
地図と合わせて作成する程マメな人物がいれば別だが。
「ゆ、ユッカちゃん? それに…………誰?」
「リィルだろう。大人気だったか、あの絵」
それより今はアイシャのものによく似たローブで完全武装したリィルをどうにかしなければ。
「みたいですよ。まあそのぶん大変だったんですけど。追いかけられたせいでリィルもすっかり隠れちゃって」
「……宿の外でもう追い駆けられたのか?」
「でしたよ? 逃げたひとたちのせいで戻るだけでも一苦労だったんですから」
「戦略的撤退って言ってほしいなー? なんてね。うそうそ、ごめん。騒ぎを大きくするのもどうかと思って」
「もう、手遅れだった」
「だからって逃げなくてもいいですよね!?」
それを責めても仕方がない。
その状況は簡単に思い浮かべることができた。
気分はちょっとしたアイドルだろう。
間違ってもリィルには言えない。ただ。
「多分、昨日の夜から展示したせい、です」
「違いますよ。ストラのキリハさん。このことを知っていたのは?」
「俺達の他はアイシャの母親と絵を描いた店主さんだけの筈です。周囲は最大限監視していた筈ですが……」
「でしょうね。その点だけは私が太鼓判を押してあげます」
「コソコソ隠れるような真似をしなくてもよかったじゃありませんか」
「気付くのが早すぎるんですよ!!」
そうじゃない。
あまりにしつこいから、つい『こちらに来られたらどうですか』なんてメッセージまで添えてしまった。
結果は当日中の呼び出し。
「あ……」
「なんですか。ストラのアイシャさん。気付いた事があるなら早く」
「ち、違います! あの人たちがそんなこと……」
「知人の印象だけで判断していいじょうきょうではありません。フルトのリィルさんに何かあってからでは遅いんですよ?」
「そんな厳しい言い方をしなくてもいいでしょう。……アイシャ、聞かせてくれないか? 何もその人達を疑っているわけじゃない」
サーシャさんもある程度想像はついているのだろう。
思い返せば、確かにいた。
だがここ数日で雇ったというわけでもない。半分の給料でいいという話も聞かなかった。
「その、お店で働いてる人は他にもいて……リィルちゃんの名前も、多分」
「容疑者の特定は実質不可能ということですか。魔物の出現以降と考えても噂が広がるには十分すぎます」
ゴブリンの変異種の一見が既にそれを証明している。
一蹴回って忘れた人もいるのではないかというくらいに。
「どういうこと? 二人だけで話進めないでよ」
「多分、わざとリィルさんの特徴を広めた人がいる、です」
「はぁっ!?」
「言い方。もう少し言い方を変えた方がいい」
「うっかり、です」
真面目な話、そうでなければまずあり得ない。
ストラやトレス、それにルーラ。
三つの町に絞っても飛び抜けて金髪が少ないということはなかった。
この前の迷宮もそう。明るさの違いこそあれど、金髪の持ち主はかなりの人数だった。
これが日本の公立高校だというなら話はまた変わるだろう。
金髪ツインテールの生徒が大多数なんて状況が起こる可能性はかなり低い筈。
「な、なんっ、なんでそんなこと!? あたしの話聞いても意味ないじゃないの!」
「お静かに。それとも見つかって追い回されたいんですか? また給仕服を着せられることになりますよ」
「それはもっとイヤ!」
言われなくとも分かっている。
昨日、冗談半分に俺が衣装を着て宣伝をしましょうかと言ったら本気で止められた。
痕が今も残っている。
「む? ルーク殿、何故吾輩達の向こうを……むむっ!?」
「いや、彼は……!」
「まったく、水臭いことをする。吾輩達の中ではないか」
「へー、そういう。あのコ少し見ない内に腕上げたねぇ……?」
「あんた達だから嫌だったんですよ……」
そうしてとうとう、彼らの意識がこちらに向いた。
今聞こえた一言は俺の心の奥底にしまっておこう。
なんだ、ルークさんもそういう口か。
「そこの少年、しばし待たれよ。その身体、少し描かせてもらいたい」
「その必要はありませんよ」
今はむしろ隠さない方がいい。あの言い方はさておき。
「あの翼を生やした男のモデルを探していたんでしょう? あれは俺です」
話に応じてくれるのならむしろ好都合だ。
「立ち話もなんですから、近くのお店を使わせてもらいましょう。お互い、訊きたいこともあるでしょうから」




