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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
IV ストラの祭日
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第81話 飛行魔法

「《飛翼》を?」


 一通りの事情聴取を終えた俺達を待っていたのは店長の思いもよらない提案だった。


 いつ現れたかも分からない巨大な卵の出所。

 ハーピーのような魔物の正体。


 押し寄せた疑問を一気に解消できるようなものが見つかる筈もなく。

 殻の材質等々専門的な知識が必要な調査で俺達が役に立てそうなことはほとんどなかった。


 気になったのは殻の一部に付着していた粘着性の高い物質。

 魔法の残骸にしては一風変わった、しかし無意味と流すには不可思議な置き土産。


 そもそも卵を破壊した方法が分からない。


 あの瞬間、間違いなく魔力の動きはなかった。

 大卵の残骸もそれらしい仕掛けは見つかっていない。

 転送装置だとしてもそれは同じ。


 何より、割れる前の大きさから考えてどう見ても他に数体はいる筈。

 しかし捜索に向かわせた《小用鳥》からの連絡も特にない。完全に後手に回ってしまっていた。


「そう! さっき飛んでたの、君なんだって? 聞いたよアイナから。そういうことなら早く言ってほしかったわ」


 そんなことを言われても。

 翼を生やした姿の見栄えなど俺に分かる筈がない。

 とはいえまあ、そういうことなら。


「少し離れてください。――《飛翼》」

「おぉっ!?」


 別に驚くようなことでもないだろうに。

 裏手にスペースがあってよかった。さっきまで作業に使っていた部屋ではどうしてもどこかがぶつかってしまう。


「今回はどうします? 髪の色に近付けるとか、空色に染めるとか、色々ありますけど」

「いや、いい。この穢れを知らない白だからこそいいんだよ」

「さすがに大袈裟ですよ、それは」


 術者とは大違い。

 そういえば昔、『天使のよう』だなんて言われたことがあった。

 その言葉はニュアンスからしてからかい目的だったが、確かに白い。


 今ではもう『天使のよう』という表現自体を肯定的なものとして受け取れないほどよくない考えに染まってしまった。


「何度見ても不思議な作りしてるわよねぇ……背中から生えてるわけでもないし」

「『飛行』のイメージを具現化した魔法――俺にとって一番思い浮かべやすかったのがこの形というだけだ。こいつで身体を浮かせているわけじゃない。誤解を恐れずに言うのであれば、ただの飾りだ」


 少なくとも鳥類のそれとはまったく違う。

 もしこの魔法にそこまでの役割を持たせようと思ったらこんな大雑把なものでは済まされない。


 魔力運用の効率化まで考慮すると、一体どれだけ複雑な術式になることか。

 革命的な理論が見つかりでもしない限り実用性はないに等しいと思っていい。


 支部長がああ言ったのもおそらくそういった理由によるもの。

 こちらの魔法はある意味で正統なものなのだ。単なる術式利用型以上に。


「当然、人によってその形も変わってくる。足から炎を噴射させたやつもいたくらいだ」

「どう聞いても危なそうにしか思えないんだけど」

「見た目だけと言っただろう? 加速性能が高い反面、姿勢制御が難しくなるといった差はあったが」

「なら間違ってないじゃない」


 おっしゃることごもっとも。


 ロケットブースターよろしく派手に噴射するあのやり方はどうしてもものにできなかった。

 そいつ曰く俺のようなやり方の方が余程難しいそうだが、その辺りは完全に適性の問題だ。


「いいんですよ。そんな細かい話は。リィルはやることあるんじゃないですか?」

「わ、分かってるわよ。それで結局あたしは……?」


「あ、うん。ちょっと彼に抱き上げてもらえないかな」


「……なんて?」

「だから彼に抱き上げてもらうんだってば。お姫様抱っこ、分かるでしょ? 話を聞く限り他の体勢だと危ないだろうし、そうだったんでしょ?」

「――――っ!?!!?」


 確かにその通りではあるのだが。

 今のリィルの反応を見れば分かる。駄目だ。これはやらない方がいいパターンだ。


 だが店長の考えも概ね把握できた。

 確かにその光景を思い通り描けたのならさぞかし人目を引くだろう。


「な、なんっ、なんであたしが!? そんなの、人に見せるなんて……!」

「じゃあわたしやりますよ。あのパイ作るために引き受けてもらったみたいですし。他の服とかあります?」

「べ、別に変わってほしいなんて言ってないわよ! 誰に聞いたのその話!」

「ほらね? やっぱりこの調子で黙りっぱなしだと思ってたんだよ、私」

「容赦ねぇー……」


 ああ、見守っている間に。

 ユッカの体調は悪くなかった。起きている時間も短くはない筈。

 身体が動かせないのなら喋って時間を潰したくなるのも当然だ。


「それにしても、一体どこでそれを? この場所から門までそれなりに距離もあった筈ですが」

「門まで行こうと思ったらね。キリハ君はまだ知らない? 向こうの広場ね、実はいい感じに見えるのよ。丁度二の門の辺りが」


 走れば間に合っただろう。

 その場合アイシャやリィルとほぼ同じタイミングに着くことになる。

 以降は封鎖されていてもおかしくない。


 だがなるほど、そういうことか。

 随分と都合のいい立地をしているものだ。相当目がよくなければ見えない。


「(今の話は多分ほんとだよ? 前のバスフェーで人が集まってたから)」

「(ああ、それで。花火でも打ち上げたのか? どこでやっても引火しそうだが……)」

「(ハナビ? キリハの故郷のお祭りで使うの?)」


 そのものとしては存在しないのか。

 翻訳能力が及ぶ範囲も完全には把握できていない。

 だが少なくとも近い何かを本人が認識できなければ伝わらない。それだけは確かだ。


「(花火の方はなんとか機会を作って再現してみる。結局、そのバスフェーでは何を?)」

「(えっと、あのときは……確か、支部長さんがなにかするって噂だったような?)」

「(自由だな本当に)」

「(ひょ、評判はよかったから。私も楽しかったし)」


 あの人が自分の知識と技術を自重もせずに発揮すればそうもなるだろう。

 花火そのものでなくとも近いものは作れる筈。


 それほどまでに町への愛が深いとも言えるが、目に浮かぶようだ。本人が狂喜乱舞する姿が。


「(あのときはお父さんもいっしょだったんだけど、今回は帰れないんだって。なんかいきなり仕事が増えちゃったみたいで……)」

「(だったら今年はみんなで楽しんで、その思い出話を聞いてもらおう。新しく友達ができたと聞いて喜ばない親なんてまずいない)」

「(そのときはキリハもいっしょだよ?)」


 スマホがあれば。

 初日以来、久し振りにそう思った。


 カメラでもなんでもいい。その様子を収められるものがあればと思わずにはいられない。


「(あ、そうだ。他にも門の辺りが見える広場があるけど行ってみる? 絵を描いてもらう間とかに)」

「(頼む。手掛かりの一つでもあればいいが)」

「(さすがにそんなところから見たりはしないと思うけど……)」

「(念のためだ、念のため)」


 勿論俺もそんな簡単に見つかるとは思っていない。

 怪しまれる要素がないのだから落ち着いて後始末もできた筈。


「あら~? 当日二人で回る秘密の約束かしら~?」

「そのつもりなら最初から二人きりのタイミングで誘いますよ。それに、当日は予定があえば皆で回る時間も作りたいですから」


 さっきの話を実現するためにも。

 リィルの計画のこともある。一日で終わらないのは好都合だった。マユにも声をかけられるだろう。


「え、オレらも?」

「そのつもりだが? 難しいようなら言ってくれ」

「別に、それはない」

「まあそれがいいよね」

「いや……キリハ達がいいならいいんだけどさ?」


 引っかかるような言い方を。

 勿論邪魔をするつもりはない。何も最初から最後まで団子状態でいてほしいなんて話ではないのだから。


「いいじゃないですかそうしましょうよ。もちろんリィルはその服で」

「いやよ! そんなに気になるならあんたが着ればいいじゃないの! 他の服とかじゃなくて!」

「リィルに合わせて調整した服キツいんですよ。特に()()が」

「なんっ……!」

「聞くんじゃねーですよ男共」


 さて退散。


「み、耳まで塞がなくても……キリハ? おーい、キリハー?」

「手は外すからもう少し離れて。――あんな話題、入れるわけがないだろう? 今のはイルエが正しい」

「あははは……確かに……」


 二人の言い合いは意識から無理矢理追い出す。

 レイスもトーリャも逃れようとして、結果的に同じ曲がり角に集まっていった。


「でも、リィルちゃんの気持ちも分かるの。場所のせいかもしれないけど、同じ服装だとどうしても目立っちゃって……」

「つまりそれを利用して客引きもできる、と」


 さすがは経験者。言葉の重みが違う。


「き、キリハ? まさか着るつもりじゃないよね?」

「まさか。それはあくまで最後の手段だ」

「それって結局着るってことだよね……? 恥ずかしくないんだ……」

「こういう時だからこそ着られると思えばまあ、多少は」


 近いのは学生時代の文化祭。

 それ絡みの事件もあったと言えばあったがこの場で持ち出すようなものでもない。


 そもそも俺からすれば普段の恰好だってコスプレのようなもの。

 まさかあの安物スーツを懐かしく思う日が来るとは思いもしなかった。

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