第80話 高らかな掛け声
吹き荒れる嵐の中だ。
目の前のリィルの声だって気を抜けばかき消されてしまいそう。
だというのに、今のサーシャさんの声はこれ以上ないくらいはっきり聞こえた。
「――“否定”!」
高らかな掛け声も。
全身を包み込むような温かい感触。
次の瞬間にはもう、風がピタリと止んでいた。
「う、うそっ!? 一瞬で……!?」
「……成程。だから一人で」
決して姉好きが酷いからというわけではなく。
体感した今でも信じられない。あの一瞬で何が起こったのかさっぱりだ。
あれだけのエネルギーを完全に消し去るだけでも一苦労。
周囲への被害を抑えようと思えば一層複雑かつ高度な技術が求められる筈。
「結局なんだったのよ、今の。あの卵のせい?」
「それは今から調べていくしか――《旋風》」
今度は空気の弾丸か。
嵐が起こる気配はない。
再発動までに時間がかかるのだろうか? いつまでも放置しておくメリットがあるとは思えない。
(だったら……)
攻撃を引きつける。《捕護泡》の着地にはまだ時間がかかる以上、仕方がない。
「ちょっと!? 下手に飛び回ったら……!」
「さすがにその辺りは考えている。それに」
降下の間を狙うことくらい分かっていた。
破られる威力ではなかったが油断は禁物。
「あれって《氷壁》? あんた一体どうやって……」
「飛んで来そうな場所を予測して先に置いているだけだ。……少し飛ばすからしっかり掴まってくれよ」
「はっ? 掴まるって言ったってどこにひゃぁあああああっ!?」
ほら、仕掛けてきた。
見れば巨大な卵は割れていた。
破片の陰に隠れた狙撃手の狙いも大雑把なものではない。
魔物の狙いが他へ逸れないよう、ある程度は当てるつもりで光を撃ち込む。
牽制の撃ち合い。
威力はおそらくこちらが上。風の弾丸を光が貫く。
「ちょっ、止まっ……止まってぇっ!」
「もう少しだけ耐えてくれ。今の狙いは明らかに俺達だ」
空の彼方へ消えていく風の塊は徐々にその数を減らしていく。
代わりに単発の威力が増していた。俺達に届くように。
「《流穿》」
しかし、そのためだけに前へ出過ぎた。
破片から破片に移動しても同じように身体を隠せるわけではない。
(……鳥人間? )
その正体は腕と翼が同化したような存在だった。
風の弾丸は口から吐き出すように。あんな方法でよくこの高さまで届いたものだと素直に感心する。
飛ばない理由は分からない。
渦巻いた水の矢を前にしても決して飛ぼうとしなかった。
そんな方法で避ける必要がなかった。
確かにその通りだが、それも空から追おうとしない理由にはならない。
おかげでもう一度地面に降りる余裕もあった。
「ちょっ、いいの? 耐えてなかった!?」
「何もおかしな話じゃない。想定の範囲内だ。それよりリィルは門の中へ。警備隊を呼んで来てほしいい」
今は勘違いを訂正している場合でもない。
「……なんとかなるんでしょうね?」
「当然」
最初の暴風に比べればそよ風と変わらない。
バレない程度に強引な手段も使えば間違いなく。
「あぁもうっ! なんでまたこんなことになるのよ! しばらくはお祭りの準備とか普通に一緒に楽しめると思ってたのにぃ……!」
「……さすがリィル。そこまで考えてくれていたんだな」
「や、違っ……! あんたのためだけじゃないわよ! そこ分かってる!?」
「分かっているとも。……ふ、おかげでますますやる気が出てきた。そういうことならさっさと片付けて戻ろうか」
「だーかーらー!!」
こんな状況でなければもう少し話していたいところだが、そうもいかない。
「とにかく今の内に。《小用鳥》の足止めにも限度がある」
「怪我なんてするんじゃないわよ? 絶対、絶対すぐ戻るから!」
「頼んだ」
戦闘はさておき、飛ばされそうになった人達を連れて帰ってもらう必要がある。
二の門の近くにある衛兵所からも集まってくれるとは思うが、少しでも人数が多い方がいい。
「……《魔力剣》」
向こうがそのつもりなら逆にこちらから仕掛けるまで。
「《加速》」
勿論、向こうがそれを狙っている可能性も踏まえた上で。
「……なんだ、飛ぼうと思えば飛べるのか」
やはり。
問題はむしろ、その反応速度。
魔力の刃はかすりもしていなかった。
ハーピー紛いにしてみれば突然目の前に敵が現れたようなものだろうに、それでも避けるか。
飛び上がり追い立てるもその状況に変わりはない。
てっきりあの卵の中から生まれたばかりと思っていた。
しかし、この状況を見るにその認識を改めざるをえない。
薙ぎも突きも器用に避けていた。
(外見通り身軽……それに)
便利な身体だ。攻撃を受ける直前、羽根になって逃げるとは。
しかも無策に使っているわけでもない。
避けられる攻撃は可能な限りその能力を使わず回避している。
腕の羽根の様に軽やかな動きで、斬撃の余波すら利用し空中を舞い踊っていた。
しかし、炎と雷で行く手を塞いで仕留めようと思うとたちまち周囲を羽根が舞う。
背後に回り込み放った《魔斬》からさえ逃げてみせたのだから相当だ。
ギリギリ躱せそうな距離から突き出した《魔力剣》を《魔力槍》に変えても届かない。
(コアになっている部分を潰すか、羽根になる前に固めるか――)
「焼け」
翼を大きく羽ばたかせたかと思えば。
弾丸のように放たれた羽根の雨。
逃がすつもりはないのかやたら広範囲に撒かれたものを炎で押し潰す。
「……随分羽振りがいいじゃないか」
そして当然のようにすぐさま次が生えてくる、と。
幻影の類ではない。
わざと逃がして掴んだ一枚の羽根の感触は今も確かに左手にあった。
しかし妙だ。本体に戻ろうとすらしない。
(まさか使い捨てを? だとしたら上限が――いや)
いつも、他でもない自分自身に言い聞かせている筈だ。
「……《加速》!」
そんな不確かなものに全てを託すべきではないと。
何度でも好きに使わせてやればいい。その上で回避不能な状況を作り出す。
あの程度の速度で振り切られる程――
「――《駆ける風》!!」
地面に現れたハーピーを無数の羽根に変えたのは《魔力剣》ではなかった。
姿が見えたからすぐにブレーキはかけられたものの、結局その人の隣まで降下は止まらない。
「ゆ、ユッカ? 何故……」
「なんでじゃないですよ! ひどいじゃないですか仲間外れにするなんて!」
別にそんなつもりは。
休んでいる相手を引っ張り出すほど俺も鬼ではない。
「まあいいです。それよりなんなんですかあの魔物。剣が当たる前に消えてませんでした?」
「何かと聞かれてもそういう魔物だとしか」
「どうやって倒すんですかそんなの。逃げられないくらい速い攻撃でとか言いませんよね」
それは最終手段だろう。
どの程度の速度が必要かも分からない。
何よりその状態から復活できる可能性だってある。賢いやり方とは言えない。
あくまで、あくまでも今のは追い込み隙を作ろうとしていただけだ。
「いや、氷漬けにして斬ろうと思う。魔物が変な気を起こさないかだけ気を付けてもらえると助かる」
「えー……せっかく来たのにやることそれだけですか? 復活してすぐのところを狙うとか、いろいろあるじゃないですか」
「病み上がりの身体で無理はしない方がいい。それに分厚い氷を一撃で破壊するのはユッカでも難しいだろう?」
「難しいっていうかキリハさんが作ったなら無理ですね。絶対」
断言までしなくても。
「まあ今回は実演だとでも思ってよく見ておいてくれ。あくまで一例として」
「実践もしないと意味ないと思うんですけど」
「それはまたの機会に」
何もこんなタイミングに正論で殴り掛からなくてもいいだろう。
「しっかりと見ておいてくれよ。多分、ほとんど一瞬だ」
「それどっちのことですか?」
「勿論、両方」
なんて、氷漬けにした後で言うようなことでもないか。
「《万断》」
空の上だろうと海の底だろうと、こうなってしまえばほとんど何も変わらない。




