第79話 こじ開けた一瞬
「……なんだあの卵は」
見上げる程に巨大な物体が現れたのは第二の門のすぐ近くだった。
どう見ても卵型。
さほど詳しくもない俺には理解の及ばない不可思議な模様が彩られたアート。
虹色とでも言えばいいのか。
こんな場所に放置されていなければまた違った印象を抱けたというのに。
そもそも倒した魔物は例外なく魔結晶に変わるこの世界で卵や肉やらをどこから調達しているのだろう。
片一方に関してはあまり考えたくない可能性もなくはないが、調べた限り、それらしい情報はどこにもなかった。
そんなことより一番の疑問は、魔物とそれ以外の境界線。
何を基準としてそこに差が生まれるのか、だ。
魔物の中には倒しても魔結晶に変わらない種類がいるとも聞いた。
単に魔物でなものを勝手にそう称しているのか、何かの条件で魔結晶を残さない種への変貌を遂げるのか。
「オレに訊くなって。たまたま近くのおばちゃん達が話してるのを聞いただけなんだからさ」
「心配しなくても、もう、協会が調査を始めている」
一般人が閲覧できるような資料でもないだろう。今は目の前の不法投棄物が先だ。
「焦らなくてもすぐに分かるんじゃないか? あんなに巨大なものが設置されるところを誰も見ていなかったとは思えない」
「いきなりポンって出てきたらしいぜ? なんか誰かがそんなこと言ってた」
「オレは、地面から生えてきたと、聞いたが」
「どこ情報だよそれ。地面から生えたってそんな無茶苦茶な」
「それを言うなら、レイスこそ」
……本人か共犯者がまだストラにいるのか?
絞り込みたくても限度がある。
支部長に話を聞いてもらえたとしても、まさかこのタイミングでストラの封鎖などできる筈がない。
「二人ともそこまでだ。大方誰かが嘘の情報を流しているんだろう。その内空から降って来ただの森から転がって来ただの、胡散臭い話が出てくるに決まってる」
「それはさすがに、無理がある」
「ヒビも入ってないじゃんか。あの卵」
「それを言ったら地面に穴もないだろう? 一番あり得そうなのはレイスが聞いた話だが、さて……」
ルークさんの姿もない。
いれば話も聞けただろうが、それは後でもいいだろう。どちらにせよ調査の邪魔はしたくない。
(……少なくとも内部に怪しそうなものはない、か)
魔力の反応、なし。生命らしき反応も同様。
まさか本気でただ馬鹿みたいに大きな卵を送り付けてきたとでも? なんの目的で?
「ま、待ってよ~……」
さすがにまだ手は出せない。野次馬はかなり集まっていたが、怪しい動きも何もあったものじゃなかった。
「もう、速いよキリハ……ちょっとくらい、待ってくれたって……」
「う、後ろくらい見なさいよね……」
だからこそ余計に雑踏の中へ連れ込みたくはなかったのだが。
「ガルムさんもイースさんも……二人が来たら止めてくださいとお願いしたじゃないですか」
「だから俺とこいつがついて来たんだよ。警備隊として確かめにゃならんこともあるしな」
「あんな顔で頼まれたら断りづらいって」
……なってしまったものは仕方がない。
密集に近付き過ぎず、離れすぎず、門と巨大な卵の間に陣取ることにする。
「……なぁトーリャ。オレだけ今なにも言われなかったんだけど」
「順番の、問題だろう」
トーリャのフォローも虚しく、アイシャもリィルもそれ以上飛び出した事への不満を口にすることはなかった。
後でレアムに慰めてもらうといい。本人が気にしなければ、の話だが。
「汗だけでも拭いた方がいい。特にリィルのそれは借り物だろう?」
「…………あぁっ!?!!」
「き、気付いてなかったんだ……」
幸い野次馬の関心がこちらに向けられることはなかった。
しかしまさか気付いていなかったとは。
今の今まで慣れない服で走っていたのに。
「どうしたんだよリィルちゃん。さっきは平気そうにしてたじゃん。何か駄目なことでもあんの?」
「あああ当たり前でしょ! 平気なわけないじゃない!」
「えー……?」
「他の事に気を取られていたんだろう。それよりほら、俺達は向こうを」
「あんたも冷静に解説なんてしなくていいから!」
分かっているとも。
見られたくないのなら俺達で野次馬たちの視線を遮るしかない。
生憎隠せそうなものは手元になかった。
「見るんじゃないわよ……? 絶っっっ対! 見るんじゃないわよ!!?」
「り、リィルちゃん落ち着いて。キリハもさっき言ってたから。……あ、そうだ。これ着たら隠せると思うけど、どう?」
「っ、ぅううううう……!」
ああ、アイシャのローブか。
ナイスアイデア。いつまでも背中を向けたまま会話をするわけにもいかない。
「お前は、いいのか。キリハ」
「呼ばれた時に上着だけは脱がせてもらった。あとはまあ、足元にさえ注意しておけば衣装が痛むことはないと思う」
あの上着は中々個性的だったが今の格好なら街を歩いていても違和感はない。
そういう意味でもリィルの方が色々やりづらいのだろう。
「すっかり賑やかになったなぁ……お前の周りも」
「おじさんもそう思う? えへへ、毎日すっごく楽しいよ。キリハも皆もいてくれるから」
「特別ってわけだ。お前にとって」
「うんっ!」
……アイシャが楽しそうなら、それでいいか。
ガルムさんも苦笑い。
あんなに心配していたわけだし、今の状況を悪と思っている筈がない。
魔法の事で図と悩んでいた当時を思い返せば猶更。
「しっかしあのデカいの、まさかバスフェーグのつもりか? 大きけりゃいいってもんじゃねぇぞ」
「ば、バスフェーグ? バスフェーで使うんですか、それ?」
また微妙に変えたような単語が。
どういう物にせよこんなサイズの物を使わない事くらい俺でも分かる。
町の中心にシンボルとして置くのであれば或いは。一般家庭においても邪魔になるだけだ。
「なんだお前、そんな事も知らないのか。ったく、筋金入りだな」
「ざっくり言うと厄除けの贈り物みたいなものだよ。そのために遠くから加護を授かったりとか、厄介な準備も必要になるっていう。今年はまだ届いてなかった筈だけど」
「一昨年だったか? 前日の夜に纏めて届いたの」
「ありましたねーそんなことも」
一瞬イースターエッグが浮かんだが、話を聞く限り別物と思った方がいいだろう。町中に隠すわけでもなさそうだ。
しかし加護を授けてくれる場所とやらからの運搬だけでかなりの日数がかかる筈だが大丈夫なのだろうか。
あれと同じように茹でるのなら保存期間は更に短くなってしまう筈。
いや、異世界のものを向こうと同じように考えても無駄か。
見た目をそれっぽく仕上げるだけならやりようもあるだろう。
もっとも。
「……あの不法投棄物からそれらしい力を感じられたらまだ安心できたかもしれませんね」
そんな大層なものは全く感じられない。
むしろあんなものがあったらトラブルの側から喜んでやって来てもおかしくない。
この町に必要なのは招き猫の方。
「なんだお前。そんなものまで分かるのか? 司祭でも目指す気か」
「そこまではっきり区別できるわけじゃないですよ。神殿とか、そういう場所の空気が他と違うように感じたことありませんか? そういう感覚が人より少し鋭いだけです」
「それも立派な特技じゃねぇか」
「活かせた試しがありませんけどね」
そもそも元からその方面に精通していたわけでもない。
魔戦の中でそうしたものに触れる機会が何度かあって、結果的に慣れただけ。
リィルが渡されたであろう主張控えめの羽根から僅かに力を感じられる程度のもの。
それも既知の相手だからこそ。全く知らない相手ならこうはならない。漠然と分かるだけだ。
「その話は置いときましょうよ。バスフェーグじゃないならなんだっていうんですか。変なものだったりしませんよね?」
「どうなんだよ。キリハ」
「おじさん……」
別にそんな呆れなくても。
俺だってはっきり分かるとは言えない。
「あれのせいで今すぐ何かが起きるなんて事はなさそうですが、まだなんとも。あくまで魔力や妙な力を感じないというだけなので」
「なーんだ。じゃあ焦ってキリハ呼びに行かなくてもよかったじゃんか」
「今回は、たまたまそうだっただけ――」
しかしトーリャの言葉は続かなかった。
「は――!?」
突如巻き起こった暴風に、押し潰された。
「届、け……っ!」
吹き飛ばされる前に片手でそれぞれ引き寄せる。
足元を雑に土で固めたが、それも焼け石に水。ほんの数舜の猶予を作るだけ。
(何故いきなり……発生装置でも組み込まれていたのか……!?)
あの卵以外、それこそ地面にも術式は仕掛けられていなかった。それは間違いない。
気を抜けば最後、俺だろうと確実に飛ばされる。アイシャ達を防壁で守るのがやっと。
「――リィルちゃん!!」
その防壁自体、最適解には程遠いものだった。
「《土偶》!」
手段を選ぶ余裕なんてない。
無茶苦茶な形の土の人形に抑え込ませ、飛ぶ。
(ちっ、邪魔を……!)
ものの見事に向かい風。リィルが遠い。
なら。
「――押し返せ!!」
こじ開けた一瞬。
「捕、まえ――た!」
身体を押し込むように《加速》させ、遠ざかる前にその手を掴む。
「あ、あんた、なにして……!?」
「大丈夫だ。……これ以上、怪我を負わせはしない」
数は多いが、この程度――
「《捕護泡》!」
一人一人を包むくらい、今の俺でもなんとかなる。
あとはこの鬱陶しい嵐を――
「上出来ですよ。冒険者キリハさん」




