第74話 秘密の話し合い
(――近い近い近い近い近い近い!!)
なんで絵を描かれるだけなのにこんな近付かなきゃいけないのよ!
「ほらほらリィルちゃん、恥ずかしがらないでー。顔こっち向けてくれると嬉しいな」
「っぅううう……!」
無茶言わないでよ!?
手なんか握って、こんな――こ、恋人みたいなことさせられて……!
(……なのにこいつはまた平気そうにしてるし)
なんでこんな平然としてられるわけ?
アイシャの家に住んでるからっていくらなんでも動じなさすぎ。……なんか納得いかないんだけど。
(……また夜中に問い詰めたら少しは変わるのかしらね)
そんな姿、全然想像できない。
しかもふ、二人きりとか……
「あ、ちょっとストップ。リィルちゃんその表情。その表情のまま」
「ひゃぁっ!? な、なんのことですか!?」
「あー崩れちゃった……。さっきの恋する乙女みたいな表情すごくよかったのに」
「こ、恋!?」
誰が!? 誰に!?
「はいもう一回。彼の顔見上げる感じで、でも目はちょっと逸らして――そうそう、若干違うけどとりあえずそれでお願いねー」
「ぁ、ぅ……」
こんなことなら引き受けるんじゃなかったぁああああああっ!!
顔を見た限り、リィルの言う通りユッカの体調は概ね良好だった。
食欲がないわけでもなく、発熱や咳もない。本人曰く疲れもほとんど抜けているとことだった。
魔力量を見ても平時との差はほとんどない。日ごとの調子の変化で説明のつく範囲だ。
「……悪いな、リット。こんな時間に」
「いいっていいって。どうせ俺も他にやることあったし」
それが数十分ほど前のこと。解散したのはついさっきだ。
場所は支部。周りにアイシャ達の姿も当然ない。
外は暗い。それどころかもうほとんど冒険者の姿も残っていなかった。
だが、絵のモデルと調理があった事を考えればむしろ早いくらいだろう。
特に最近は冒険者の解散も早いと聞く。
「けど、お前もほんと罪な男だよなぁ。聞いたぜ? リィルちゃんと二人で被写体やることになったって」
「お前の情報収集能力も相変わらずか」
「いや今のはルークから。一回こっち寄ったんだろ?」
後ろから刺された気分だった。
確かに寄った。ああ、集合場所に丁度良かったから寄ったのは間違いない。
どうせ当日になれば分かること。街を歩けばなんとなくは目を集めてしまうだろう。
少なくとも本人には話さない方がいい。その時の反応が目に浮かぶ。
今日だけでも相当恥ずかしがっていたというのに……おかげで掛ける言葉も見つからなかった。
「お疲れ様、です」
「マユの方こそ。……ところで、それは?」
「支部長からの奢りみたい、です」
「……あの人が?」
何を考えているんだろうか。
姿はない。あらかじめ頼んでいたとしか思えなかった。
この会合は偶然トレスでリットに会えたからこそ開けたもの。支部長には伝えていない。
とはいえ協会には便利なものもあるようだから、それで細かく連絡を取っていたとしたら十分あり得る。
「心配しなくても変なものなんて入ってないって。先に飲んでやろうか?」
「眠らせるのも捕まえるのも魔法の方が早いからね。あの人の場合」
「そういうこった」
ルークさんにも立ち会ってもらえるのは嬉しい誤算だった。
バスフェーの用意やら何やらで冒険者達の相手をいつものようにする必要がないのだろう。別件も特にないらしい。
ただ。
「ルークさん……どうして話したんですか。絵のモデルのこと」
「ごめんよ。話の流れでつい……どこも本当に困っているみたいなんだよね」
「もういっそ国境辺りまで飛んで調達して来ましょうか。さすがにライザもそこまで手は伸ばしていないでしょう?」
「止めた方がいい、です」
方角は最悪、一直線に飛べば間違いない。
問題は目印の《小用鳥》。中継させるにしてもさすがにそこまでの長距離運用はしたことがない。
当時は探せばどこかに組織の拠点があった。それだけのことをする必要性がなかったのだ。
適宜細かく方向を指示してくれる相手がいたのもあるが。
「当日には多少追加で届く筈だから。さすがに例年通りとまではいかないだろうけど、ないよりはね」
「っつーか記録で怪しまれて捕まるだけだろうよ。止めとけ止めとけ」
「……やはりか」
支部に立ち寄ればあの奇妙な水晶の記録から。
門から入れば警備隊の帳簿から。
空からの侵入も論外。バレた時、俺一人の問題では済まなくなってしまう。
未だに分からないことの多い現状、『バレなければ』などという仮定の下で動ける筈がない。
「もうカシュルは分けてもらったんだよね? だったらいいんじゃないかな。絵を描き終わるまではやる約束みたいだしさ」
「パイ一つ分はなんとか。その辺りはリィルが上手い具合に配分を決めてくれましたよ」
手際の良さにはただただ舌を巻くばかりだった。
あの味はしばらく忘れられそうにない。
「ところでどうだった? トレスで似たような事例があった、なんて話は」
「それがさぁ……いたにはいたんだよ。どこだと思う?」
「……まさか俺達がお菓子をもらった……」
「正解。他にも今の時点で数件見つかってる。原因不明の体調不良っつーの? 症状も軽いからただの風邪かも分かんないってさ」
まだこれから増える可能性もある、と。
最初は些細な疑問だった。
あの仕事量で本当にユッカがあそこまで疲れてしまったのか? 他に原因はなかったのか?
可能性として全く想定していなかったわけではなかった。
同時に、できれば外れてほしい予想でもあった。いよいよこの先何が起こるか予想がつかない。
いつ、どこで、誰が、何に。
目的も分からない。すぐに思いついたのもバスフェー開催の妨害くらい。
「でも、キリハさんは平気そう、です」
「キリハは体力あるからだろ。実際向こうも個人差もあったみたいだしな」
「念のため毎朝体調の報告だけはした方がいいかもしれませんね」
「そうだね。継続的な効果があってもおかしくないから。どんなに些細なものでも必ず報告するように頼むよ」
今のところ疲労感はない。
抵抗力によって問題の何かの効き目が遅れている可能性も十分に考えられる。
明日からしばらく朝一番にユッカの宿を訪ねた方がいいかもしれない。
朝練もリィルと二人で説得して止めるしかないだろう。
「……今更だけどこれこんな人数で処理する案件じゃなくねー?」
「マユが聞いても大丈夫だった、ですか?」
「本当に今更だよリット」
「何かあったらその時はちゃんと対処する。マユを巻き込ませはしない」
「でも、マユももう無関係じゃない、です」
協会にも話は届いている筈。
他でもないルークさんとリットがいるのだからそれは間違いない。
問題はむしろマユの方だった。
未だに例の管理人は見つかっていない。
忙しい立場だと承知の上でエルナレイさんにも話をしておいた。
ここまでして見つからないようなことが果たしてあるのだろうか……
「ユッカさんに酷いことする人なんて放っておけない、です」
「……ありがとう。そういうことなら、その時は頼む」
「任せる、です」
「無理だけはしないでくれよ」
ライザやズクロのようなニンゲンを相手にする事になってもおかしくはない。
「今はもう一人、手を借りられそうな相手もすぐそこにいる。……ですよね?」
向こうもそのつもりだろう。
「……参考までに、いつ気付いたか教えてもらっていいですか?」
「今日に限って言えばあなたが窓の外から心底呆れたような顔で俺達を観察していた時からですよ」
わざわざ解散した後も俺を探っていた。
もっと言えば、一度俺達の付近から離れた後も。
「改めまして、キリハです。直接お会いするのは初めてでしたね。トレスではどうもお世話になりました」
「察知能力の高さもここまでくると逆に考えものですね。まったくもう」
相当器用に隠れていたのだろう。
エルナレイさんとはまた異なった雰囲気ながら、人目を引く風貌だった。
「……いいのかい? キリハ君」
「ルークさんがああ言うくらいですから少なくとも母体の組織そのものに致命的な問題はないんでしょう? 今は一人でも協力者を増やすべきです」
それと、この前の恐竜モドキ。
わざわざ町の中で仕掛ける意味はなかった。それは間違いない。俺自身今でもそう思っている。
直接的な被害がなかったからと言って『そういうこともありますよね』と流せるものでもない。
だが一瞬、動きが鈍った。
正確にはユッカが一匹仕留めた直後。
ユッカの速度や跳躍に驚いたのでなければ、おそらく。
「失礼な方ですね。あの姉さまに何か文句でも? 姉さまの決定の重さすら分からないとは言わせませんよ」
「さすがの自信と言っておきましょうか。名乗らずとも相手が理解して当然というその発想」
「な、なんですって……?」
何か所属集団を示す記号のようなものはない。
目の前にいる人物の名前など当然さっぱり。
おおよその見当はついているが、それはそれ。
「止めようかキリハ君。色々思うところがあるのは分かるけど煽るのだけは止めようか」
「さすがにあれを黙って流すわけにはいかなかったので。……すみません、続きを」
睨まれた程度で響くものか。




