第72話 未だに残る影響
「……で? 結局その犯人は分かってないわけ?」
「ああ、今のところは。あれ以降視線も感じなくなったし、どこかに隠れてコソコソと策でも練っているんじゃないか?」
「そんな簡単に言うことじゃないでしょ」
おかげでストラへ帰る道のりは平穏そのものだった。
そもそも今《小用鳥》は飛ばしていない。視線を向けられたらある程度は分かるものだがそれもなかった。
「ユッカちゃんも大変だったよね、きっと……どうだった? その、体調とか」
「そんな大騒ぎするほどじゃないわよ。今日休ませてるのも念のためだし。まあ、こいつが平気そうにしてるって言ったらなんか色々諦めた表情してたけど」
「あ、あははは……だよね。やっぱり」
あの夜の休息も完全回復には至らなかった。
かと言って荷車に乗ってもらうと揺れが酷く、空からも論外。
おそらく本人も話していないだろうが、途中何度か背負ったりもした。
正直、何か別の原因があったんじゃないかとすら思えてくる。
はっきり言ってあの疲れ具合は妙だった。変な影響がなければいいが……
「キリハ? こっちだよ?」
考えるあまり店を素通りしそうになる。結局、買い物はアイシャに頼むしかなかった。
そこへ肩を突かれる。リィルだ。
「(アイシャも大丈夫そうね? てっきりまた怒ると思ってちょっとだけ警戒してたんだけど)」
「(それなら済ませたとも。ああ、もうとっくに)」
「(……は?)」
具体的にはストラへ戻った数時間後に。
それはもう凄かった。
叫ぶわけでも、何処かを睨みつけたわけでもない。
それでも俯いて呟く姿にはある種の恐怖を抱かずにはいられなかった。
「(やったことはほとんどリットと大差ない。姿を現さなかった分むしろタチが悪いくらいだ。そこにユッカが巻き込まれていたことまで合わされば……自然と、状況は見えてくるだろう?)」
「(想像したくもないわよ)」
それはそうだろう。同じ立場なら俺もそうする。
アイナさんがいてくれて本当に、本っ当によかった。
「(でもよくそんなのが一晩で収まったわね? ユッカに聞いたけど、リットって人まだ睨まれることあるんでしょ。もっと不機嫌にしてそうだけど)」
「(向こうが顔を出すまでの話だ。それも)」
もし遭遇したら。その時どうなるかなんてわかる筈もない。
あんなものを仕掛けてくれた連中に思うところがないわけではないが、今となっては最早それどころではなかった。
「キリハもリィルちゃんもどうしたの? 二人でそんなひそひそ話して……」
「べ、別に!? なんでもないわよ!?」
「ユッカの好物を聞いていたんだ。あとで差し入れようと思って」
「そういう話なら私も誘ってくれてよかったのに……」
「さすがに買い物を邪魔するわけには。それにまだアイデアもまとまっていない。アイシャの意見を聞いてから決めたいんだ」
決して嘘ではない。
変なものを買うよりはその方がいいだろう。今回ばかりは先に聞いておかなくて正解だった。
ひとまず最悪の事態は避けられた筈。
リィルのもの言いたげな視線が代わりと思えば可愛いものだ。
「(ここはひとまず乗ってくれ。この通り)」
「(あんたは……はぁ。しょうがないわね)」
今更な話でもある。呆れるようなことでもない筈だ。
ルーラでインチキ商人を突き出した時にも見ただろうに。
「カシュルのパイとか作ってあげたいんだけど、さすがに宿じゃどうにもならないのよ。しかもなんか値段高いし」
「……あの人のせいだよね」
「ああ、あの男のせいだろうな」
未だにあの男の置き土産に頭を悩ませなければならないのか。
勿論バスフェー前ということもあるにはあるだろう。だが少なくとも三倍近くまで高騰することはなかった筈だ。
しかもあのときカシュルを使った原因は未だにはっきりしていない。
妙な魔道具の出所といい、今でも不安な要素はほとんど減っていなかった。
「料理ならお母さんに言ってうちに来てもらえばいいけど……」
「使う量を減らせばなんとか、といったところか。遠くの町まで買いに――行かない方がいい事くらい分かっている。ああ分かっているとも。だからその目は止めてくれ」
「あんたが迷って帰れなくなるだけでしょうが」
「ご、ごめんね? 私もそれはちょっと……空からじゃ道案内も出来ないし」
分かっていると言ったじゃないか。
こんな方向性への信頼があっても全く嬉しくない。
ストラに《小用鳥》を一羽残せば戻れる筈だが『そこまでしなくていい』と返されるのがオチだ。
「おっ、キリハじゃん。いいとこに」
「……とっくに気付いていたと思うぞ、キリハなら」
もっとも、この反応はこの反応で複雑なのだが。
「お疲れ様。調子はどうだ? 確かルーラに行っていたんだろう?」
「ばっちりだったぜ。キリハはトレスだったっけ? ……って、ユッカちゃんは?」
「大事を取って今日は休みだ。それで何か差し入れようかと」
「でもさキリハ君、さっきの感じからしてまた何か変なこと言ったんじゃないかなぁ?」
エスパーか。
いや、雰囲気のせいだろう。意図してそうしない限り聞こえる距離ではなかった。
「そ、そういうわけじゃないんだよ? ただちょっとカシュルが高いねって……」
「……言われてみれば、確かに」
「気付くのがおせーですよ。ルーラの宿にもカシュル料理なかったでしょーが」
「え、気付いてたのか? イルエが?」
「潰されてーですかこのスカポンタン」
ルーラでもだと?
トレスではどうだったろうか。記憶を探るが思い出せそうにない。
ぬかった。そこまで確かめてはいなかったな。
「じゃあ森の奥まで探しに行ってみようぜ。見つけた後で軽く戦ったりしてさ。どうだよ?」
やるのかこの状況で。さすがにない。
送るとしたら、一言。
「……チャレンジ精神旺盛だな」
「ただのバカって言うんですよこーゆーのは」
「普通、あの一回で身体が覚える」
「まあどっちにしてもないよね」
トーリャの言い方は気になるが概ね同意。
いっそ支部に言って何か疲労回復に効きそうなものをルークさんに聞いて――……いや、あの人に訊いた方がいいか。
幸い、アイナさんの方も俺達に気付いたようだった。
「奇遇ですね。アイナさん」
「本当にね~。みんなもこんにちは~。こんなところでどうかしたの~?」
「え? っと……」
「……アイシャの、お母さんだ」
「この前会ったばっかでしょーが」
「気にしなくてもいいのよ~?」
覚えていないのは無理もないかもしれない。
あの時はほんの少し話しただけだった。とりあえずそれ以上は責めないでやってくれ。
「あら……あらあらあら~? ユッカちゃんは一緒じゃないのね~?」
「うん、ちょっと疲れてるみたい。それでカシュルのパイを作りたかったんだけど……」
「なかなか値段が落ち着かないものね~」
やはりというか他の仮定でも悩みの種になっているのだろう。
ライザの自宅から発見されたのも無残な残骸ばかりだったと聞いている。
ましてあの男の家にあったようなものだ。とても安全とは思えなかった。
「アイナさん。何か疲労回復に良さそうな物とか、ご存じないですか? あれば差し入れに持って行きたくて」
「カシュルじゃなくてもいいの~?」
「だって高いんだもん。うちにも残ってなかったよね?」
「あるわよ~?」
「……へ?」
だからこそ、そのひと言に驚かされた。
(……あったか?)
よそ様のお宅を隅々まで捜索する趣味はない。
ないのだが、少なくとも俺が普段使わせてもらっている範囲にはどこにも見当たらなかった。
「うちではないけど~、店にちょっとなら残ってるわよ~? もう切った後だけど~」
「ほ、ほんと!? じゃあ――」
「でも~、私の一存で上げられるものでもないのよね~」
「えっ……」
ああ、なるほど。そういうことですか。
「具体的に、俺達は何をすれば?」
「ま、待ってキリハ。なんか嫌な予感が……」
「いざとなったら俺一人でやる。わざわざ機会を逃すほどでもないだろう?」
「それはそうなんだけど……」
現状、他に手に入れられるあてもない。
「そうねぇ――」




