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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
XVII 夕波の思い出
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第691話 何かを感じて

 束ねた銀髪を揺らして少女が走る。


 杖を堅く握りしめて。

 ディロンの方を振り返ろうともしない。


 迷いのない後ろ姿を見ている内に、またしても当時の光景が瞼に浮かび上がってきた。


 何故かは分からない。

 記憶の中に似通った景色は見当たらなかった。


 少なくとも実力揺らいでないことだけは確かだ。


 魔物に向けた魔法を幾つか見たが、そのどれもがまだまだ荒削り。

 威力も制度も一流の足元にさえ届いていない。


 まだまだ未熟。

 だが、少女を見ていると、不思議とそんな気分になってしまうのだ。


 ――魔物の大群は日ごろ騒々しい体力自慢どもさえ疲弊する規模だった。


 朝の勢いはどこへやら。

 新調したばかりだと得意げに見せびらかしていた武器を平然と投げ出し寝転がっている。


 取り繕おうという余力さえ誰にも残っていない。

 整備を終えて間もない装備を荒れた地面に躊躇なく押し付けている。


 散らばった魔結晶を路傍の石ころのように蹴り飛ばしても返ってくるのは物音だけ。

 咎めようという気力もないのか、そもそも気付いていないのか。

 蹴り飛ばしたディロン自身、起き上がって拾いに行くなんて御免だった。


 声を挙げようにも言葉にならない。

 亡者の呻き声と勘違いされそうな音がのどからなるだけだ。


 勝ったという感覚は皆無に等しかった。


 状況を把握できるだけの力がもうない。

 意識を繋ぎとめるのがやっとだった。


 不意に、声が聞こえた。


 何かに引きずり落とされそうな鳴き声が響く中でその音はあまりに異質だった。

 誰かをはっきりと呼ぶ、そんな声。


 それが自分に向けたものかどうかもディロンには分からなかった。

 もし自分を呼んでいたとしても、起き上がれそうにない。


 今はこのままにしてほしい。

 それさえ叶うなら今回の報酬を全部手放していいとさえ思える。


 凹凸も構わず仰向けになっていると、空が赤く染まっていくのがよく見えた。


 もうそんな時間になってしまったのか。

 無我夢中で戦うあまり時間まで忘れていた。


 気付いた途端、身体が一気に冷え込んでくる。

 光が海の向こうへ消えていくのをただ見送ることしかできない。


 ぼうっとしていると、また声が聞こえた。


 どたどたと荒っぽい足音に身体が小さく揺れる。


 いったい誰だ。どこのどいつだ。


 こっちは疲れ果てて声も出せないってのに、元気なことだ。


 いま走り回る体力が残っているなら1匹でも多く魔物を仕留めたらどうだったんだ。


 無茶苦茶だと分かっていても悪態は止まらない。


 皮肉なことに、そうして溢れ出た不満が燃料となった。

 ほんの少しだけ力が湧いてくる。


 思えばその時点で違和感に気付くべきだった。


 体力自慢どもが悉く地に伏している中で動ける者などいる筈がない。

 見かねた協会員の足音にしては随分と乱暴だった。


(そうだ。違う)


 その時になってようやく、声が誰かを呼ぶものでないことに気付いた。


 もっと激しく、しかし甲高い。

 どちらかと言えば、そう。魔物の悲鳴のような。


 周りの連中も何事かと、重い体に鞭を打った。


 ディロンより一回り年上の連中が1人、また1人と近くで起き上がる。

 動きは鈍く、背中の砂を落とすことさえ億劫そうだった。


 年寄りが観念する中、若いディロンが寝転がったままではいられない。

 それでも小賢しく時間をかけて起き上がる。


 その時になって初めて、周囲の状況を確かめることができた。


 その様子は酷いの一言に尽きた。


 あちこちに魔物も落とせそうな大穴が開いていた。


 歩いて待ちと町を往復するだけでもひと苦労。

 荷車を通すなんてもってのほかだ。


 沿道の草木も焼け、焦げた地面がむき出しになっている。


 近くを通る度、その生育具合を疎ましく感じていた。

 しかしいざなくなると物足りなさを感じてしまう。


 元通りになるまでいったい何年かかるやら。


 言ってしまえば仕方のないことではあったが、紛れもなくこの光景を作った1人である。

 その自覚がディロンに重くのしかかった。


 異変の真っただ中でなければたっぷり自省もできたというのに。


 何かが来る。


 嫌な予感に突き動かされるまま、放っていた武器を拾い上げる。

 ついさっきまで倒れていた連中も感じたものは同じらしかった。


 幻覚の類でなかったことへの安堵と戸惑いが同時に襲い掛かる。


 今でさえこんな有様だというのに、まだいるのか。

 勘弁してくれ。


 先の戦闘で魔法使い達の魔力も尽きた。


 補強薬を浴びるように飲んで、最後の一滴まで絞り出したのだ。


 乱暴者どもから手当たり次第にかき集めても足りるかどうか。


 その時点で魔法による一掃は事実上封じられた。


 何十人もの魔力を同時に扱うなんて。

 たとえ飛び切りの腕利きが万全の状態で挑んでも失敗は確実だ。


 しかし絶望感はなかった。


 多めに見積もっても精々、民家くらいの大型が数匹。

 倒せない規模ではない。


 一方で、実際にはそれ以下だろうとディロンは予想していた。

 民家並の大物が隠れられる場所などないのだ。どこにも。


 ましてそれ以上の、たとえば危険主のような怪物がいるなんて万に一つもあり得ない。


 至極真っ当な推測だった。


 それを目にするまで、ディロンは自らの結論を信じて疑わなかった。


 きっかけは、やはり周囲の様子だった。


 視界が随分と暗い。

 実に些細な違和感だったが、それが明暗を分けた。


 夜にしては中途半端に明るく、しかし曇り空らしからぬ暗さ。


 まさかそれが巨大な影であったなど、誰が咄嗟に理解できようか。


 誰かのあっと息を呑む声につられて上を見て、かつてないほど両眼を見開いた。


 大きな鳥――いや、竜が、見下ろしていた。


 その時の記憶は断片的にしか残っていない。

 ただ茫然と見上げていたのをなんとなく覚えている。


 おおよそ竜のようないで立ちであったこと。

 怪物の詳細は後に人伝で聞いたものばかり。


 当時はとにかく何が起きているのか分からなかった。

 理解することを脳が拒んでいたのだ。


 確かあの時、誰かが叫んだ。

 だがそれだけだった。


 少なくともあの時あの場にいた大勢は、身動きのひとつもとれずにいた。


 諦めなどではなかった。

 そこまで思考が及んでいなかった。


 視界が飲み込まれていく。

 黒交じりの青はあっという間に食われてしまった。


 日暮れに合わせて冷えた空気が再び熱を帯びた。


 言いようのない圧迫感。

 力強い羽音がいっそう響き、吹き付ける風は気づけば荒くれ者どもを吹き飛ばす暴風と化していた。


 悲痛な叫び声もたちまちかき消されてしまう。


 目の前を何かが舞った。


 何度も何度も。


 大小さまざまな形をした何かが舞いあがっては飛ばされた。


 そうしている内に、どれほど経っただろうか。


 我を取り戻した時にはもう、ディロンの他に誰も残っていなかった。


 ただ1匹。突如現れた怪物を除いて。


「あ……あ……!!」


 身体は動く。


 今すぐにでも追い払わなければ。


「あああぁあああっ!!」


 そんなことを考える余裕もなく、ただ本能に任せて刃を振り回した。


 がむしゃらに振るったとて空の怪物に届く筈もない。


 その程度の判断力さえディロンは失っていた。


 しかし偶然にも、刃は届いた。


 固い表皮にぶつかり、呆気なく折れた。


「――ちくしょうめ!!!」


 一生分の恨みを込めて吐き捨てる。


 最後にディロンの視界に映ったのは、眩いばかりの光。


 ただそれだけだった。



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