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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
XVII 夕波の思い出
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第669話 続報を待って

「考え込むのもいいけど、少しくらい休んだら?」


 頭の上から声が響く。

 仰け反って後ろを見ると、呆れのため息。


 大袈裟な動きに、左右でくくられた金髪が舞った。


「休んでいるじゃないか。ほら、この通り」

「だからって変な横着するんじゃないわよ、まったく。首痛めても知らないからね」

「それもそうだ」


 至極真っ当な忠告には素直に従っておく。


 身体を後ろに向けると、何より先に瓢箪のようなものを突き出された。

 当然、見覚えはない。リィルの持ち物ではないだろう。


 答えを求めて視線を上へ。

 目が合うと、一層強く瓢箪を押し付けてくる。


 どうやらただの飲料水というわけではないらしい。


「向こうで配ってたから貰って来たのよ。とりあえず、あんたとユッカの分。2人してあちこち走り回ったんでしょ。疲れにも効くみたいよ?」

「いやいや、そういうことならまずはリィルが」


 先に頂戴するのも申し訳ないと、リィルに返そうとして。


「あんた達に渡すためにもらってきたのよ! いいから飲む!」


 気付けば瓢箪を握らされていた。


 叱られた子供のような気分。

 これ以上抵抗するのもかえって申し訳ない気がして、素直に甘えることにした。


「終わったら手伝ってよね。1人じゃ人数分持ち切れないのよ」

「行ってきて、でいいんだよ。そこは」


 しかし当の本人はこの調子。

 休んだらと言ったのは誰だったか。


 考えることはみな同じ。

 アイシャに耳打ちされたマユが素早くリィルの体を持ち上げた。


「あっ、ちょっと!?」


 熱心過ぎる働き者もさすがにマユの力にはかなわない。

 あれこれ屁理屈を並べていたが、ほどなくして白旗を挙げた。


 頃合いだろう。

 中身も丁度空になったところだ。


 重くなりかけた腰を上げると、働きたがりは他にも残っていたようで。


「行くならオレも」

「いいから、いいから」


 手伝う。任せた。

 対照的な言葉を背に浴びながら草地を渡る。


 幸い、先頭の被害は見当たらない。

 円を作っている参加者達の様子はピクニック中のそれ。

 とすると、運営スタッフは引率だろうか。


 馬鹿なことを考えている内に、木製の荷車に辿り着いた。


 積み上げられた瓢箪はスタッフの手で手際よくその数を減らしている。

 それでも小さな山が残っている辺り、相当の量を用意したんだろう。


 リィルにもらった1杯の空を差し出し、代わりにリィル達の分を受け取る。


 確かに1人ひとつ、計8つ。

 不審に思われないばかりか、運べるか心配されてしまった。


 紐を用意しようとするスタッフを慌てて止めて、瓢箪を見せる。

 既に魔力の人で束ねたから問題ない、と。


 首を傾げていた人々も、諦め気味に納得してくれた。


(そういえば……)


 踵を返したところでふと、縁日の水風船を思い出す。

 だらしなく揺れる姿はどことなく似ている気がした。


 ……もっとも、こんな量を釣り上げたことなど一度もないのだが。






 奥地の打楽器のように独特な音色を奏でながら戻ると数名撃沈していた。


 肩を震わせているから不調ではないだろう。

 視線は俺の手元に集中している。


(……そんなに面白いものでもないだろうに……)


 出鱈目な旋律を奏でてやりたいという衝動は全力で抑えつける。


 そんなことしてもかえって面白くないだろうという判断のもと、持ち帰った瓢箪を渡して座り込んだ。


 ひと時の安らぎ。

 わざわざ広く陣取る理由もなく、各々荷物を円の中心に集める。


「運営の人、何か言ってた? この後のこととか」


 アイシャの問いをきっかけに視線が集中する。


 今この状況で気にするなという方が無理な話。

 それは俺も同じだった。


「話してもらえることはなさそうだった。今のところ」


 ゆっくりと首を横に振ると、アイシャも目に見えて肩を落とす。


 苦笑しながら瓢箪を渡してくれたスタッフの姿を思い出す。

 あの様子を見るに、今も審議が続いているのだろう。


 裏を返せばそれだけ異常な事態ということでもある。

 少なくとも主催者側にとってこの状況は全く予期せぬものだったわけだ。


 不安を煽る演出にしてもさすがに悪趣味と言わざるを得ない。


 見れば周りの参加者も落ち着かない様子。

 顔見知りと寄合ひそひそ話を繰り広げる。


 視線そ何度も海の手前、飲み水をふるまう運営スタッフに向けてはすぐに逸らす。


 そんな参加者を見ていたレアムは、しみじみと。


「本当に意外だったんだろうねぇ。こんなに慌てふためくなんて。もうさっさと『草の根をかき分けてでも殲滅せよ~』くらい言っちゃえばいいのに」

「もう倒した後じゃんか?」


 声の調子からは想像もつかない物騒な発言が飛び出す。

 レイスの顔が引きつろうとお構いなし。


 物騒な話題に映るのを嫌ったか、トーリャは(何故か俺を見てから)割り込んだ。


「確かに、まだ、隠れているかもしれないな」

「いつまでも隠れてるわけねーですよ。どうせまたひょっこり顔出しやがるに決まって」

「まだ、そうと決まった、わけでは」

「アタマから全力でかかってくるわけねーですよ」


 しかし、希望機観測を口にしたところでイルエにくぎを刺される。


 否定の声は上がらない。

 トーリャ自身も。


 上手く息を潜めているのか、気配はない。

 全滅したということはないだろう。


「さっきの魔物、なんとか倒せそうだけど……」


 アイシャに至ってはすっかりやる気。

 戦闘を避けるつもりはないらしい。


 ……できれば、アイシャには休んでもらいたいのだが。


 さっきの高揚がまだ残っているのだとしたらよろしくない。大変、よろしくない。


「これじゃあ感謝どころじゃなさそう、ですね?」


 マユの冗談は渡りに船だった。


「確かに。むしろ感謝してもらってもいいくらいだ」

「あのね……あんた達、そんなこと言ってると痛い目見るわよ」

「それは困る」

「だったら少しはそういう顔をしなさいよね」


 早速リィルに咎められてしまったが、本気で怒っているというわけでもなさそうだった。

 いつものお説教に比べれば声も柔らかい。


 これで本気と思われたらさすがに凹む――


「大丈夫ですよぅ。この人にそんな度胸ありませんから♪」

「図々しくないだけだよ」


「「「…………?」」」


 何故か何故だか、ヘレンへの反論に微妙な視線を送られた。


 意図を訊ねようとすると目を逸らされる。

 元凶(ヘレン)は笑みを隠さない。


 ……とりあえず、追及したところで俺が痛い目を見ることは確実。

 1名を除いて表情に迷いが見えただけでもよしとしておく。


「何にせよ、そういう話は後にしよう。向こうも長引かせるつもりはないらしい」


 誤魔化しではないと自分に言い聞かせて、町のある方を示す。


 丁度、運営スタッフの1人が走って向かってくるところだった。 



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