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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
XVII 夕波の思い出
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第661話 急な変更

 運営側の発言に会場がどよめいた。


 他の町から訪れた者だけではない。

 町の住人と思しき人達でさえ動揺を隠せていなかった。


 どういうことだ。こんなことは今までなかった。

 そんな声が耳に届く。


 年ごとにルールが変わる。

 そんな前提条件は町の人々にとって当然のものだった筈だ。


 これまでずっとそうやって続いていたのだ。

 おそらく何年、いや、何十年も。


 住人の中にはその年のルールを予想して楽しむ者だっていたかもしれない。

 とにかくそういうものとして認識されていた筈だ。


 にもかかわらず、今回の決定に誰もが動揺していた。

 それだけ大きな変化だったということだ。


 町の人達も知らず知らずのうちに範囲を狭めていたのだろうか。

 開催を重ねる内に『まあ大体このくらいだろう』と、勝手に思い込んでいた、とか。


 驚く人の多さを考えればあり得ない話でもなさそうだ。


 慣れてしまったからこそとも言える。

 目を見開く人々の姿は、今回の決定がいかに唐突であるかを物語っていた。


「すみません。もう一度、お聞きしても?」


 動揺が収まらない中、若い男の声が聞こえた。

 誰もが戸惑う中で先陣を切るものが現れたのだ。


 勇敢な質問者へと視線が集中するのは自然な流れ。

 しかし男はまさか場の注目を集めることになると思わなかったのか、挙げた手を申し訳なさそうに下ろす。


 来訪者仲間だろうか。

 それにしては装備が心許ない気が下が、町の住人というようにも見えない。


 慣れていないことだけは確かだった。

 場の空気にすっかり縮こまってしまっている。


 少年と言って差し支えのない彼の雰囲気を察した者も、更なる説明を求める者も、程なく正面を向いた。


「参加者の皆さんにはあるものを取って来てもらいます。日付が変わるまでに提出した方全員に、明日の儀式への参加権が与えられます」


 そうして告げられた内容はやはり同じだった。

 またしてもどよめきが起きる。


 ふるい落としだとか、今年はさほど多くないとか、人々が口々に言う。


 ソレの正体を知る者はやはり参加者の側にはいない。

 説明を求める人々の視線が説明を担当した男へ集中する。

 中には睨みつけるような勢いの者まで。


 しかし運営側の男は冷静だった。


「対象については、これから説明します」


 参加者を見渡し堂々とした態度で告げる。

 そんな頼もしい様子に参加者が抱いた印象はそれだけではなかったようで。


 どういうことだ。早く言え。と、あちこちからヤジが飛ぶ。


 何故このような決定に至ったのか。人々が知りたいのはそこだろう。


 俺も気にならないわけではない。

 宥めようとする実行委員の姿を見た時にはさすがに同情したが。


「そんなに珍しいことなのかな……?」


 会場がヒートアップしていく中、アイシャが顔を近づけてくる。


 左の耳を抑え、不安そうに周囲を見ていた。

 周囲の様子のせいだろう。参加者の反応がやや過剰なのは間違いない。


 とはいえ、参加者の言い分を否定するつもりはない。


「一発勝負だったものが急に変更されたせいだろうな。前回もその前も、即本番の流れだったらしい」

「そっか、それで……」


 予選会のようなものがないのか。調べようと思ったのは、ちょっとした興味本位だった。

 もっともその時はなければそれでとしか思っていなかったが。


 どうして今回、急に追加されたのやら。

 制限時間にはかなりの余裕がありそうだが。


「もしかして、あのお爺さん……」

「待った待った」


 アイシャが不穏な空気を漂わせ始めたものだから、それどころではなくなった。


 危ない危ない。

 まさか今の段階で決めつけようとするなんて。


「あの人が決めたという証拠もないんだ。気持ちは分かるが、ほどほどにしておいた方がいい」

「でも」

「まあ落ち着いて」


 相当根に持っているらしい。

 すっかり冷静さを失ってしまっている。


「俺達を参加させたくないなら、他にいくらでも方法があった筈だろう?」


 いつものアイシャならこんな単純なことを見落としたりはしないだろうに。


 正直、俺達の参加に抵抗感を抱いているかどうかも微妙なところ。


 別にディロン老人との間に約束があるわけでもないのだ。

 突っぱねてしまえばそれで済む話。


「たとえば、町の住人以外の参加を禁止するとか。何もこんな回りくどい方法に頼ることはない筈だ」

「あ……」


 余計な介入を行う必要はない筈だ。アイシャ達が島へ行くことを本気で止めるつもりなら。


「もし今回、あの人が手を出していたとしたら……きっと、切実な理由があるんだろう。多少無茶をしてでも、得たいものがあった」


 しかし老人の介入がなかったと断定するのもまだ早い。


 今回の変更が不自然であることは町の人達の反応からして明らか。

 例年にはなかったことが起きたという可能性は十分にある。


「たとえば……?」

「人手を使って集めたいものがあったから、とか」

「だからって、こんなことするのかな……」


 思いついた理由を口にしてみたものの、アイシャの反応は微妙だった。


 どうやら落ち着いてくれたらしい。

 ひとまずそれだけでもよしとする。


「それなら、普通にお願いすればいいんじゃないの? 冒険者の人が嫌なら、町の人に頼むとか」

「強要したくはなかったんだろう」

「大将なんて呼ばれてるのに?」

「呼ばれているからこそだ」


 この話も所詮は憶測。

 老人の内心までは俺にも分からない。


 ただ。


「言われるほど威張り散らしているようには見えなかったんだ」


 あの老人が命令する姿がどうしても想像できない。


「あの時だってそう。ただ挨拶しただけだったろう?」

「そ、そう……?」


 脅しているようには見えなかった。

 本人の素の圧力があるだけで。


 その後のやり取りのせいか、アイシャはやや懐疑的だったが。


「でも、強要したくないなら、無理やり内容を変えさせたりもしないんじゃないの? やってることは変わらないんだし……」

「事情を知らなければ、そんなことは考えもしない。主催者と話し合いの上で決めたことなら、不満もそうそう出ないだろう?」

「それは……そうかも?」


 妄想同然の予想が正しかったとしても、ディロン老人が頷くことはないだろう。


 しかし実際、そう思えてしまったんだから仕方がない。






 強権の発動を避けるべきと、当時も理解していた。


 不名誉な呼び名にうんざりしていたのもあるが。

 行き過ぎると俺だけの問題では済まなくなるだろうと予感していたのが一番だった。


 そもそも天条桐葉の活動に対しては味方でさえ難色を示す者がいたのだ。

 下手なことをすれば横暴だのなんだの好き勝手に言われていただろう。


 敵視していない者達に関してもそう。

 ただなんとなく怖いという認識から悪化させる理由もなかった。


 脅迫めいた真似などしない方がいいに決まっている。


 それでも必要に迫られた時に、もっともらしい理屈を用意したことはある。

 焼け石に水でしかなかったが、ないよりはマシだった。


 単独ないし、あるいは少数でゴリ推せるのならそんなことを考える必要もなかっただろう


 しかし実際にはそうでない場合も多かった。

 実行役にしなかっただけで、巻き込む形になってしまったこともある。


 詳細は知らせなかった。知らせずにおいた。

 何も知らないと答えるよう念押しもした。


 急な変更を聞いて真っ先に思い出したのがそれだった。


 同じだなんて思わない。口が裂けても言わない。

 ただ、思い出してしまっただけだ。


 しかし似ている部分がないとも言い切れない。


 老人の姿を見ていると、不思議とそう思えてしまうのだ。



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