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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
XVII 夕波の思い出
654/691

第654話 夜の海を眺めながら

 町の入り口近くに借りた宿は思いのほか快適だった。


 最低限の寝具と荷物棚のみで構成された簡素な1人部屋。

 角度的に海は見えないものの、代わりにお安く泊まることもできた。


 広いとまでは言えないかもしれないが、窮屈さを感じる程でもない。

 背負った荷物を棚へ押し込んでしまえば、両足を伸ばせるだけの空間はあった。


 ガラスの窓を少し開くと波の音が部屋に入り込んでくる。

 それだけでもここが海沿いの町だと感じるには十分だった。


 それに、海を見るだけなら部屋に留まる必要もない。


 考え事ついでに部屋を出る。

 個室のおかげで誰かを起こす心配もない。


 もう一度、日中と同じ道をたどっていく。

 服屋の紳士とやり取りした広場を抜けるまであっという間だった。


 すぐ先の角を右に曲がると立ち並ぶ家屋の間、海の上におぼろげな光が浮かんでいるのが見えた。


 どれだけ近づこうとしても遠かった。

 あっという間に海との境目に阻まれてしまう。


 回れ右して、ゆっくりと進んでいく。

 右手の家々の明かりはすでに消え、ところどころに置かれた魔道具らしき照明だけが道を照らしている。


 発光魔法を手に町を巡回していた鎧の男性とすれ違って、更に2歩。


「思わぬ足止めを食らったようですね」


 目の前を艶やかな黒髪が舞い上がった。


 先程まで人のいなかった右隣に確かな存在感。

 腕に身を預けるように、寄って来た。


「このくらいならよくあることだ。慌てる程じゃない」


 あえて速度を落とすイリアに合わせて、ほんの少し、速度を落とす。


「そんな慣れを自慢げに話すのはやめなさい」


 満足も束の間、イリアは小さなため息をついていた。


「まして、自分から首を突っ込んだとは言い難いこの状況……提案した側に不満を抱くのは当然でしょう」

「もう少し説明をしてほしかったとは思う」

「それだけですか」

「充分だろう、コレで」


 イリアの不満も分かる。


 俺だって、別に全面的に支持しているわけじゃない。

 今目の前にあるものを後回しにするほどではないというだけだ。


「あくまで従うつもりだ、と?」

「同意したんだよ」


 サーシャさんも意味のない行動を俺達にさせるとは思えない。


「目的のものも、あると考えていい。だったら今はそいつに辿り着くことを優先する」


 アイシャ達にはサーシャさん自身がたどり着いた可能性を語ったが。


「念のために確認してますが……アレの言葉を鵜呑みしたというわけでは」

「もちろん、ない」

「だと思いました」


 不透明だからこそ、今回は逆に確信を持つことができた。


 情報源はおそらく支援者の方。

 あの手の存在なら調べるくらいは造作もないだろう。


 しがらみさえなければ、イリアもきっと。

 ……様々な衝突を無視できる立場というのは気になるが。


「少しばかりいつもの癖が出ているようにも見えますが、良しとしましょう。少々、気にはなりますが」

「いつもの?」


 それも相まって、イリアはすっかりご機嫌斜めになってしまった。


「言わなくても分かるでしょう」

「そんな言い方をされても何が何やら」

「……惚けるにしても下手過ぎますよ」


 俺の答えにまたしてもイリアはため息。


 しかも特大。わざわざ大きく息を吸ってからため息をついた。


「入れ込んでいる、なんて言い出すんじゃないだろうな」

「それ以外に何が?」


 そんなイリアがまさかの予想を肯定するものだから、思わず俺までため息をついてしまった。


「入れ込んでいると言わずして、何というんですか。疑って当然の状況でしょう。凝りませんね。あなたも」

「そこまで言うか」

「えぇ、言いますよ」


 ますますイリアは唇を尖らせる。


「そうでもなければ、こんなものを熱心に調べたりはしないでしょう?」


 留めとばかりにストラに置いてきた筈のメモを見せつけてきた。


「いつの間にそんなものを……」

「女神ですから」

「絶対に関係ない」


 何が神か。こんなことをするカミサマがいてたまるか。


 イリアが手にしていたのは、サーシャさんの魔道具の断面図のようなもの。

 俺が四苦八苦しながら書き上げたソレの精巧なコピー品だった。


「悪意にまみれた仕掛けが施されていたのは事実ですが、だからと言って、何もあなたが熱を挙げて調べる必要はないでしょう。見返りを得られるわけでもないというのに」

「そんなことを考えられるほど利口じゃない。……それはイリアだってよく知っているじゃないか」

「えぇ、もちろん。あえてそうしていることも含めて分かっていますよ。ちゃんと」


 分かっていると強調する時になってやっと、イリアは少し口元を緩めた。


「それに」


 いつもとは違った、お茶目な雰囲気の笑みを浮かべて。


「あなたのことは、他でもない私が見ていますから」


 自信たっぷりにイリアは告げた。


「いいのか? そんなことを言って。またヘレンにからかわれるかもしれないのに」

「アレにそんな度胸があれば苦労しませんよ。やれるものならやってみろと言いたいくらいです」

「またそんなことを」


 これもある種の信頼だろうか。……いつものことか。


 わだかまりも少しは解けた筈だと自分自身に言い聞かせていると、右腕が微かなぬくもりに包まれる。


「あなたが多少のことで意見を変えるとも思えませんから、この際それは良しとしておきましょう」


 身を寄せ、そうであることを望んでいるかのようにイリアは言った。


「あの仕掛けが不安材料というのも間違いではありませんから、あなたの懸念も分かります」

「そう言ってくれると思った」


 言われなくとも分かっている。


 最初からそのつもりだった。

 この件で、イリアが強くは反対しないだろうと思っていた。


 大丈夫。何も心配することはない。


「……それにしても」


 ――ふと、イリアの視線が下へ向けられる。


「つくづく妙な場所に縁のある人ですね。あなたは」


 程なくして上を向いたイリアは困ったような、しかし不安の「ふ」の字もない表情で俺を見た。


「やっぱりそうなのか」

「可能性が高い、としか。……いずれにせよ、気にするほどのことではないと思いますが」

「下手にちょっかいを出しても余計な諍いを生むだけ、か……」


 ありがたい忠告だった。


 こちらから干渉するのはやめておくべき。


 少しばかり特殊なものを感じるが。

 大地に根付いているのを見るに、居座ってから10年どころではない時間が経っているだろうから。



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