第650話 ひとつの星に-⑩
「「「…………」」」
なんとも言い難い緊張感が場を包んでいた。
立ち話も何だろうからと引き返し。
出来上がったのは、憩いには程遠いこの空気。
と言っても、張りつめた表情をしているのはアイシャ達の方。
俺としてはそこまで深刻に捉えてほしくはないのだが、そういうわけにもいかないだろう。
「それで、結局……どうなの?」
切り込んできたのはアイシャだった。
一同の顔が驚愕に染まったのも一瞬のこと。
視線が俺とレアムに集中する。
アイシャ達と向かい合うように座らされたからだろうか。
上半身のあちこちに視線が突き刺さる。
俺の隣に座らされたレアムも概ね似たり寄ったりの状況だった。
(……これは参った)
どうしたものかとつい頬に手が伸びる。
本人達にとっては大真面目。それは分かっている。
分かっているのだが。
「「それはない」」
何を言っているのかと思わずにはいられなかった。
レアムなんて笑いを抑えようと必死になっている。
……良い意味でも悪い意味でも沈黙を保ってくれていたヘレンと同じように。
アイシャ達の後ろにいるのをいいことにぷるぷると肩を震わせている小悪魔についてはひとまず置いておくとして。
「息ぴったりじゃないですかっ!?」
もはや言いがかりの域に達しつつあるこれをどうにかしなければ。
本人たちはきっと気が気でないのだろう。
そうでもなければ、こんな見当違いも甚だしい答えに辿り着いたりはしないだろう。
レアムがまあまあと宥めにかかる。
「みんな色々言ってるけどさ。落ち着いて考えてみない? キリハ君だよ? ないない」
何とも失礼な物言いに文句をつけてやりたくなったが、ひとまず飲み込んだ。
意味は分かる。
突っかかっても仕方のないものだということも含めて。
とはいえ、不満を抱くくらいは許されるだろう。
「そんな言い方、しなくてもいいと思うんだけど……」
アイシャの表情も複雑そうだった。
「ごめんごめん。ちょっと言葉が足りなかったかも」
それを見てさすがに申し訳ないと思ったのか、レアムも謝罪の言葉を口にして。
「私と、キリハ君だよ?」
自身と俺とを交互に指さし、改めて言った。
「って、いうと……」
「レアムと、キリハ……」
レアムの指につられてアイシャ達の視線は俺とレアムとを交互に見た。
それの何が面白かったのか、そのままレアムはメトロノームのように何度も指を振る。
アイシャ達はすっかりそれにつられてしまって――
「そんなに引っ張られてどうする」
「みんなちょっと落ち着こう?」
慌ててレアムが止めても、しばらく右へ左へ首を振っていた。
どうにか現実に復帰してくれたはいいものの。
ぼーっとしているように見えたのも気のせいではないだろう。
……一気にまとめるのには丁度いいかもしれないが。
「ちょっとした話で盛り上がっただけだ。やましいことがあるわけでもない」
「まあねぇ。盛り上がったって言っても大笑いできるような話じゃないし」
見てたから知ってるでしょ? と意地悪く笑ってレアムは言った。
「それは……」
「まあ、そうですけど」
途端にユッカ達の勢いが鈍った。
俺とレアムとの間にそんな雰囲気がなかったのは一目瞭然。
自分の目で見たからこそ反論しづらい。
……容赦がないなと思ったことは秘密にしておこう。
「う~ん……?」
「盛り上がる、ねぇ……?」
それより、まだ納得しきれていない仲間達へどう説明すべきか。
まさか1から10まで明かすわけにもいかない。
レアムもそこまで大胆に暴露するつもりはないらしかった。
しかしその解決策を思いつくより早く、イルエが口を開いた。
「……そういうことなら、いいんじゃねーです?」
背もたれに身を預け、嘆息しながら。
「どいつもこいつも余計な想像してんじゃねーですよ。その想像力があるならちょっとは魔法に活かせってんです。こいつらの態度を見てりゃ、分かるでしょーが」
何を気にすることがあるのかと。
「大体、思い出してもみろです。こいつらが隠し事なんてできるわけないでしょーが。特にキリハ。誤魔化そうとする度にくだらねー失敗してんじゃねーですか」
そんな器用なことはできっこないと、大袈裟に手を振って否定した。
「何故そこで俺を強調する?」
「納得いかないってんなら反論してみろですよ。できるもんならですけど」
……個人的には少々、いや、それなりに不満はあったが。
「確かに……」
「確かにじゃない」
アイシャまで。
得意でないことは認める。認めるとも。
ごく一部の極端な例を除いても、動きを読まれやすい部分があるのは間違いない。
だからと言ってわざわざ強調させなくても。
……否定できない自分が腹立たしい。
「イルエちゃん……」
「……」
まあ、とはいえ、溜飲が下がるのなら――
「私、嬉しいよ。ちょっと見ない内に中身がすっかり大きぃ痛い痛い痛い! ちょ、これ痛いよ!?」
……おい。
「なぁーに上から目線でモノ言ってやがるです? 人がわざわざまとめてやったってのに。それも分かんねーってんなら徹底的に教えてやるですよ」
「わかった、分かったから! ――ちょ、これ、ギブ……っ!?」
いかにも感動したかのような口調で余計なことを言い出したレアムに、イルエは容赦なく制裁を加えた。
見事なまでのヘッドロック。
立ち上がってから回り込むまで一瞬だった。
「レアム……」
「……あの流れで、やることか?」
これを台無しと言わずしてなんというのか。
レイスもトーリャも、アイシャ達さえ引き気味だった。
「いや、なんか、こんな話題で変に真面目な空気になっちゃうのもよくないかなって、ね……? だからできれば、離してくれないかなー、なんて……」
「お望み通りぶっ壊してやってるじゃねーですか。ほら、感謝しやがれですよ。ほらほら」
わざととしか言いようのないレアムへの同情はいつにもまして控えめで――結局、イルエが満足されるまでレアムの拘束は続いたのだった。
「あ痛たたた……」
自室で大袈裟に頭部を擦っていると、訪ねてきたレイスにため息をつかれてしまった。
「あんなこと言うからだよ。イルエもせっかく気を遣ってくれたのにさぁ……」
「あはは、返す言葉もないや……」
全くもってその通りだと思う。
イルエがあの場を収めようとしてくれたのはさすがに分かる。
やや乱暴な物言いではあったが、おかげで早々に切り上げられた。
ひょっとすると、キリハは今も追及を受けているかもしれないが。
彼のことだ。
ああは言っても、なんだかんだ上手く切り抜けるだろう。
見捨てるのではない。これもれっきとした信頼である。
そもそもあちらはあちらで事情があるだろう。
もっともらしい理由が揃ったので、やはり自分の判断は正しかったとレアムは1人頷く。
……考えが読まれたのか、レイスには冷たい目を向けられてしまった。
しかしレイスは特に追及するでもなく、小さくため息をつく。
「とにかく、もう休めよな。あの剣のことはキリハがなんとかするみたいだからさ」
「そこは別にいいんだけどなぁ」
「だからレアムのせいじゃないって」
すっかり頭から抜け落ちていた案件に、思わずレアムは顔をしかめた。
どうやら同郷の友人はあくまでもあれを調べるつもりらしい。
なんともご苦労なことである。
アレはもうアイシャ達が詰め寄っても根本的な解決はできないだろうなとレアムは密かにため息をついた。
そこまで突き抜けられてしまってはもう責任を感じるも何もない。
いっそ好きにしてもらった方がレアムとしても気が楽だ。
ひとつの星にて巡り合えたのは運がいいのか悪いのか。
少なくとも、悪い方ではなさそうだが。
今日という日を守るために奮闘していることだけは間違いない。
「…………オレも、そのつもりだから」
ふと、レイスが言った。
あまりに唐突。
なんのことだろうかと一瞬首をかしげて、すぐに気付く。
「…………いいんだ?」
「いいんだよ」
気になっていない筈がないというのに、レイスはゆっくりと頷いた。
「イルエの言う通りだと思ったし。そういうことなら、いいかなって」
今までと同じように。あるいは、今まで以上に。
レアムの秘密についてとは一切言わず、しかしレイスはきっぱりと告げた。
「さすがレイス君。分かってくれると思ったよ。撫でていい?」
「はいはい……」
冗談めかして言ってしまったせいか、感謝は今一つ伝わっていないように思えたが。
(……ありがとね)
その気持ちは、本物だった。




