第628話 フシギな一日-⑪
「……存在意義だと?」
思わず、聞き返した。
これまでの振る舞いにそれらしいものを感じなかったというのもあるが。
問いかけてきたそいつの態度がどうにも引っかかってしまったから。
「そう、存在意義。……使命って言った方が正確かもしれないけど、そういうもの」
そいつをじろりと睨んでみてもやはり正体は掴めない。
思いつめているとまで言うとさすがに大げさ。
それでいて、機械的にこなしているとも言い難い。
「存在意義だろうと使命だろうと、どっちでもいい。一体何なんだ。お前がすべきこととやらは」
違和感は次第に疑いへ変わっていった。
いくつか予想を立ててはみたものの、どれもいまひとつ腑に落ちない。
悪質ないたずらと呼ぶのがふさわしいこの状況への不快感を一旦抑えるにしても。
実際に俺とレイスの身体が入れ替わっているのだから、それも無関係ではない筈。
「……質問をしているとは思えないくらい高圧的だね?」
「誰のせいだと思っている。これだけのことをしておいて、友好的に接してやろうという気が湧いてくるとでも?」
こいつの腹立たしい態度が存在意義だか使命だかに関係ないことは確かだろう。
よくもこんな不満そうな顔ができるものだ。
ここまで不便を押し付けておきながら罪悪感の「ざ」の字さえないとは恐れ入った。
「これだけのことって……そうは言うけど切り抜けたじゃない、君達」
「切り抜けられたから言えるんだろう」
……ハラハラしているレイスには悪いが、肯定的な感情がまるで沸いてこないのだから仕方がない。
やはり安全策のようなものは何もなかった。
どこかひとつ上手くいかなければ万一の事態もあり得たわけだ。
いったいどれほど崇高な目的があれば、そんなものを押し付けようなどと思えてしまうのか。
「でも、望んだでしょう? 君のようになれたらって。それを叶えただけだよ」
そんな疑問に対する答えは、何を今さらと言わんばかりのそいつの口から放たれた。
「……は?」
しかし肝心の回答が自然に受け入れられるものかというと、そうでもない。
むしろ逆。
さらりと言い放ったこともあって、警戒心の方が先行した。
「一体どういうことか、もう少し詳しく、説明してもらおうか」
焦りを抑え、問い詰める。
俺のようにという言葉の意味に見当はついていたし、レイスとそれらしいやり取りをした記憶はちゃんとある。
しかしいま俺達が置かれているこの状況は、その言葉のみを拾い上げた結果というには明らかに無理のあるものだった。
「どうもこうもないよ。今ちゃんと説明したじゃないか。その身体の本来の持ち主君は、君のような力を願った。それを受け取って、こうした」
詰めてもそいつの態度は変わらない。
自分は何も間違ったことはしていないと、頑なに主張を続ける。
願望の実現。
端的に表せばそうなるだろう。
こいつの発言がすべて正しいという前提での話だが。
一見夢のようにも思える力。
しかしいざ自分達が置かれた状況を振り返ってみると、そんな感覚はたちまち失せた。
「お前の存在意義とやらはひと様の願いを都合の言いように捻じ曲げることなのか」
「……それはさすがに悪意のある捉え方なんじゃないかな」
「ほんの些細なやり取りの一部だけを拾い上げた挙句、魂が消滅しかねない状況に追い込んだのは事実だろう」
責めてもやはり、そいつに後悔や反省といったものは見られない。
いいことをしたのにと不貞腐れる子どものようにも見える。
こんなことでなければ、そのしぐさも多少は可愛く思えただろうに。
「ましてあんな、煽るような言い方までして。……一体どういうつもりであんな行動に出たのか、納得のいく説明をしてもらいたいものだ」
あの発言が悪意でなかったというならかえって恐ろしい。
俺がレイスを助けると信用していたなどと言われても素直に受け入れられる筈がない。
まったく別の人格が出てきたと言われた方がまだ腑に落ちる。
「……納得、する?」
「それはお前の話す内容次第だ」
「そういうことなら駄目そうだね」
ようやく察し始めたのか、諦めたようにそいつは言った。
いかにも渋々と言った態度を見ても、憤りのようなものを感じることはなかった。
これまでの振る舞いで予想できていたことだ。
そこに腹を立てるより、こちらの要求を通した方がましというもの。
「嫌ならせめて元に戻せ。これだけやれば前も満足しただろう」
「……別に満たされるとか、そういうものじゃないんだけど」
「いいから戻せ」
どことなく不満そうにしているが、構うものか。
こんな姿で出てきたことへの恨みも少なからずある。
もしそんな望みが心のどこかに残っていたとしても。
外面だけを、しかも何人もの姿を混ぜ合わせたものを見せられて心地いい筈がない。
「横暴だなぁ。……まあ、いいけど」
睨んでもなお渋っていたが、もう一押ししてやっと首を縦に振らせることができた。
「っ」
一瞬の暗転。
ゆっくりと瞼を開くと、先程までと少し立ち位置が変わっていた。
目の前にあった大穴もどこへやら。
まるで最初からそうであったかのように、小さな部屋が俺達を包んでいる。
(これもまた、願いとやらを歪んで捉えたものなのか……)
たった一瞬の出来事とは思えない大きな変化。
しかもそのためのエネルギーをどこから調達しているのかも分からない。
「最初に願ったのはそこの彼なのに」
「まだ言うか」
おまけにこいつがここまでご立派な態度をとれる理由もさっぱりだった。
「身体を入れ替えたところで意味がないことくらい分かるだろう。さっきまでの俺達を見ていれば」
一部の要素のみを抽出し、それらしい形に仕立て上げたに過ぎない。
演出しようとした痕跡はあるが、そこ止まり。
少なくともあの時のレイスの呟きは、あんな状況を望んでのものではなかった筈だ。
「……まあ、確かにそうかもね」
危険どころの話じゃない。
「お前のことは」
そう思って確保しようとして。
「いいよ」
そいつがあっさり頷いたことに困惑させられた。
「……何?」
「元からそのつもりだったんだ。結果的には拗れてしまったけど」
どの口がと言おうとして、結局その言葉をしまい込む。
あまりに不可解だった。
気味が悪いとさえいえるかもしれない。
「……そのつもりだった、だと?」
話ができる内にと、問い詰めるが。
「見れば分かるんじゃないかな?」
短く言い残して、そいつは消えた。
とある街で見つけた落とし物とよく似た欠片を地面に残して、消え去った。




