第622話 フシギな一日-⑤
「その不愉快極まりない姿は俺に対する当てつけか?」
これほどまでに嫌悪感を抱いたのはいつ振りだろう。
目の前に現れたそいつと、面識はない。
しかし知っている。
小さな要素のひとつひとつを確かに俺は知っている。
あの人の姿やこの人の姿が、鮮明に頭に浮かぶ。
[不愉快なんて言わないでほしいな。きみの記憶から作り出しているんだから]
決して、同じではない。
「分かっているとも。その上辺だけを雑になぞったとしか思えない態度を見れば、嫌でも分かる」
それがいっそう、胸の内にある不快感を膨らませた。
本来全く関係のない幾つもの要素を、ただつなぎ合わせただけとしか思えない姿。
どうしてそんなものを生み出そうと考えたのか理解に苦しむ。
[そんなところでケチをつけられても困るよ。これ以上はもうどうすることもできないんだから]
俺が顔を顰める様子が、そいつは愉快で仕方ないらしい。
またしても、記憶にある仕草をなんとなくなぞっただけの動きを見せつけてくる。
別物と分かっていても――むしろわかるからこそ、目障りで仕方がない。
「文句を言われたくないならその出来の悪い被り物を脱ぎ捨ててしまったらどうだ。少しはましになるだろう」
何ひとつとして知らないのに利用しようとするあさましい根性。
ソレの産物だと思うと反吐が出る。
「お、おい……キリハ……? 事情はよく分かんないけど、落ち着けって。このままじゃ向こうの狙い通りじゃんか」
「だとしてもだ。……今回ばかりは譲れない」
どうしようもないほど個人的な理由で倒す以上、レイスを巻き込むわけにはいかないが。
「こいつがこうしてへらへらしている限り、俺達も出られないんだ。切れ端だろうと受け皿だろうと、放っておく理由がない」
どのみち、いつかはこいつと対峙することになる。
向こうの都合だろうと、早まってくれるのならそれに乗らない手はない。
[ほら、そうやって結局戦いを選ぼうとする]
「人の記憶からそんなものを作り出した挙句、やめろと言ってもあざ笑ってくるような輩とこれ以上どう対話しろと?」
[刃を突きつけながらのやり取りを対話とは言わないよ]
「抜かせたのはお前だろう。そんなものを見せつけて」
……刃を振るうことへの抵抗が、ないとは言わない。
中途半端に混ぜ合わさっているせいで。
自分自身にも説明できない抵抗感が沸き上がる。
(どうにか、こいつの本体を引きずり出せないものか)
目の前にあるそれは、ただの一片にしか過ぎないというのに。
[……そこまで嫌悪しているのに、手が出せないんだね?]
見透かしたように、そいつは言った。
やれるものならやってみろと言いたげ態度。
……間違いでもないのが腹立たしい。
[ああ、そうか]
人が黙っているのをいいことに、そいつは1人で勝手に盛り上がって。
[そんな在り方だから、ここへ引きずり込まれることを選んだんだね]
――言ってはならない事実を発した。
「……本当に趣味が悪いな。俺を煽るだけで満足できないからと、レイスにまで矛先を向けるか」
刃を振った時にはもう、そこにいなかった。
自らその身体を霧散させ、姿を消した。
[どうして嫌がるの? 隠さなきゃいけないことなんて何もないのに]
「それを決めるのは俺だ。お前じゃない」
しかし、立ち去ったわけではなかった。
目に見えなくなっただけで状況はほとんど何も変わっていない。
口の動きなど所詮は見せかけのものでしかなかったと考えれば、おかしなことでもないが。
「選んだって、それ……どういうことだよ……?」
「ただの妄言だ。聞く必要なんてない」
迷惑なことこの上ない。
そいつは、明らかにレイスが気になるような言い方をしていた。
これが悪意でないというなら、いったいなんだというのか。
[妄言なんてとんでもない。れっきとした事実だよ。もちろん、黒髪の彼がきみを巻き込んだわけじゃない]
「いつまで妄想を垂れ流している? さっさと出て来い。1対1でお前の望むやり方で相手になってやる」
わざとらしく声を荒げても、そいつは平然としていた。
音を遮断しても効果はない。
仕方のないことかもしれない。
この空間はいわば、こいつの世界なのだから。
音を遮ろうと何をしようと、すり抜けてくる。
それだけの選択肢が、そいつにはある。
……仮にレイスを気絶させたとしても、こいつはやり方を変えるだけだろう。
[それはできないね。1対1の時点で要望が通っていない]
「……何が望みだ」
[そんな身構えるようなことじゃないのに]
このやりとりも、時間稼ぎでしかなかった。
[ただ事実を告げるだけなのに、どうして頑なに拒むの? きみはいいことをしたんだよ?]
「大きなお世話だ。そんな評価をされたところで迷惑でしかない」
何か、どうにか、止める方法は――
[友人にもしものことがないようにと思って、受け入れたんじゃなかったの? きみ1人なら簡単に脱出できたのに、しなかったんだから]
――……間に合わなかった。
「脱、出……?」
それを聞いたレイスの反応なんて、分かり切っていたのに。
「聞かなくていい! 所詮は引きずり込んだ張本人の――」
[そう。だから分かる。きみはその気になれば簡単に抜け出せた]
思わず、虚空を睨んだ。
無駄と分かっていても、そいつがいた空間を睨まずにはいられなかった。
[力任せに振り切ることも、不思議な力で自身を守ることもできた。……でも、しなかった]
視界に移っても映らなくても、鬱陶しいことに変わりはない。
[だって、そうしないと助けられなくなってしまうかもしれないから。赤髪のきみのことが]
この捻じ曲がった根性の持ち主の外見など、不快な要素のひとつでしかない。
「……お前、いい加減に――」
「たとえば、そう」
――挙句、そいつは。
「どうなるか分かっていても、彼は自らの首を絞めるしかない」
常識からかけ離れたその力を、またしても行使した。




