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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
XVI 今日という日を
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第618話 フシギな一日-①

「……レアムの朝食を?」


 奇妙に思える要請があったのは、サーシャさんの特別講義を終えて3日目の朝。


 当然、サーシャさんは[ラジア・ノスト]の任務に戻った後。

 故にそれ以前と同じ量を用意しようと思っていたのだが――……


「そうなんだよ。ちょっと今はあまり食べられそうにないっていうかさ……」


 準備をしようと思っていたところをレイスに呼び止められ、この通り。


 不思議なことにレアムの分は用意しなくていいと言い出したのだ。


 それを聞いて、リィルが黙っている筈もなく。


「ちょっと、それ大丈夫なの? どこか具合でも悪いんじゃ……」

「ち、違うんだって。こっちに来てからはなかったけどさ、たまにあるんだよ。こういうこと」


 しかも病気の類ではないという。


 高熱に苦しめられているとか、そういう露骨なものではないらしい。

 いつものように動けはしないが、だからと言って倒れる危険もない。


 いまひとつ分からないが、だからと言って万全に程遠いレアムに確かめていい筈もなく。


「……急いでどこかに連れていく必要はないんだな?」


 頼みに来たレイスに、もう一度だけ訊ねる。


 初めてでないとレイスは言った。

 少なくとも今のレイスから、切羽詰まったようなものは感じない。


「オレも訊いたけど、そこまでしなくていいってさ。多分、明日か明後日くらいにはよくなってると思う」


 レイスの答えは、その印象を一層強めた。


「……分かった」


 そういうことなら、その通りにした方がいい。


「ちょっと……」

「ここまで言っているんだ。たまに様子を見るくらいでいいと思う」


 レイスがこんなことで嘘をつくとも思えない。


 変に疑うこともないだろう。






「なんかごめんな? 急にあんなこと頼んじゃってさ」


 協会へ向かって一歩を踏み出そうとしたその時になって、レイスが言った。


 心の底から申し訳なさそうに。

 朝食の席で浮かない顔をしていた理由のひとつはきっとそれだろう。


「謝るようなことじゃないだろう。無理に食べさせても体に悪い」

「でもほら、作る直前になっちゃったじゃんか」

「ああ、確かに。おかげで残ることもなかった」

「でも、リィルちゃんが」

「心配しているんだよ、リィルも。別にさっきの件で献花したわけでもない」

「うっ……」


 それどころでは、なさそうだったが。


 何も問題がないと、分かっていても。


 きっとそう思わずにはいられない。

 そうでもしていないと、落ち着かない。


 どうにか朝食まで抑えていたものが、いよいよ溢れ出してしまったらしかった。


「それより、いいのか? レアムのところにいなくて」

「っ……」


 その言葉に分かりやすく反応したレイスを見て、予感が正しかったことを確信する。


「いや……気担わないわけじゃ、ないんだけどさ?」


 レイスも、特に隠そうとはしなかった。


「こういう時には、あんまり役に立てないっていうか……イルエに邪魔扱いされるって言うか……」

「な、なるほど?」


 ……少しばかり気の毒に思えてしまうその理由も含めて。


 気のせいか、足取りも重くなっているような。

 道を行く人達を振り返らせるほどのものではなかったが。


「なあ、キリハ」

「管轄外だ」

「まだ何も言ってないじゃんか!?」


 おかげでというか、レイスが言おうとしていることもなんとなく見当がついてしまった。


 俺が答えたところで力になれないことも。


「こういうことに関しては上達も何もないだろう。走り込みで体力をつけるのとはわけが違う」

「うぐぐっ」


 無茶だということくらい、本人も分かっていただろうに。


 それだけ心配しているとも言える。

 わざわざ俺を引っ張って出かけようとするくらいには。


「それに」


 せめて邪魔にならないように、と。


「何をされたら嫌がるか……詳しいのはレイスだろう? あまり俺の話は参考にしない方がいい」


 レアムとの付き合いの長さは比べ物にならない。


 どう考えても、その辺りの理解に関してはレイスの方が正確なのだから――


「でもキリハ得意じゃんか? そういうの。レアムも言ってたぜ」

「どういうのか具体的に教えてもらおうか」


 ……なのだが、それはあくまでレアムに限った話。


 少しばかり話し合いが必要かもしれない。

 何を思ったら今の流れでそんなことを言えてしまうのか。


「いや、どういうって言われても……いつもの感じだよ。いつもの」

「ほほう、いつもの」


 これがレイスだけなら、少しは違った感想を抱けたかもしれないが。


 もう一名の存在が、どうしても余計なものを想像させてくれる。


「怖いって! 女の子と仲良くしてるからそういう経験も多そうって話なのにどこがダメなんだよ!?」

「最初から最後までダメまみれだこの野郎」


 いったいどういう認識を持たれているのだろうか。


 体調不良の知人を心配するのは当然として。

 看病のために上がり込むと思われていたのか、俺は。


 見当違いもいいところ。

 イリアと生活していた時も体調を崩すことなんてほとんどなかった。


 大体、他人の経験を聞いたところでどうなるものでもない。絶っ対にあり得ない。


 本当にどうしてしまったというのか。


「……その辺りについては、後でトーリャを交えて三者面談をするとして」

「ぅえ゛っ!?」


 ……とはいえ、いつまでもこんなことのために腹を立て続けるわけにもいかない。


 文句を言うのはまた後日。

 妙なことを吹き込んでいたらしい誰かさんが復活してからでも遅くはない。


「どうする? いっそ一足先に昇格できるところまでやってみるのも悪くはないが」

「無茶言うなって!?」


 きょう一日を外で過ごすというのなら、協力するのもやぶさかではない。


 ルークさんの胃にダメージを与えかねないような案件でなくとも。

 今の俺達で受けられる依頼はそれなりにあるだろう。


「な、なぁ……冗談だよな。いくらなんでも冗談だよな? 本気で昇格させようなんて思ってないよな……?」


 さすがに遠出をするのは難しい。


 どうしてもできることは限られてくる。


「キリハ? なぁ、キリハ? 聞こえてるんだろ?」


 今は、とりあえず。


「着いてからのお楽しみ、だ。――さ、行こう」


「違うんだよぉおおおーっ!?」


 元気が有り余っているらしいレイスと、喧騒の中へ飛び込むことにしよう。



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