第589話 ゼロ限
「今から手合わせをしてもらいます」
朝一番に、サーシャさんは言った。
「…………はい?」
朝日が綺麗なこの時間。
外まで連れ出されたユッカ達が首をかしげるのも仕方のないことだろう。
何せ、普段の朝練よりも開始が早い。
「ですから、手合わせです。あなた達もやっているんでしょう? 聞きましたよ、早朝から色々やっていると。関心ですね」
二日目にしてゼロ限を設けたサーシャ先生は満足そうな表情で頷いていらっしゃる。
昨日の雰囲気は全くと言っていいほどに感じられない。
(……それとこれとは別問題、か)
まさか全てに納得したわけでもないだろう。
今この場では表に出すつもりがないというだけ。
サーシャさんがそのつもりなら、俺としても掘り返したくはない。
「だからマユ達だけ、ですか?」
「そういうことになりますね。魔法を撃ち合いを取り入れるのはまだ難しそうですから」
――ただ、この内容に驚かないかどうかはまた別の話。
連れ出された顔ぶれを見れば狙いは分かる。
アイシャ達に声をかけなかった理由も。
魔法の撃ち合いで怪我のリスクを減らすことは難しい。
刃を落とすこともできないし、弾丸の材質を変えることもできない。
向こうにいた頃もそうだった。
お互いが気を付ける以上の対策をすることなく撃ち合ったことはそれなりにある。
そうするしかなかった。
周囲の大人も気を付けるようにとは言ったが、あり得ないと否定されたことはない。
「とか言っちゃって、そのための魔道具的なものなら持ってそうですけどねー。あるならあるって言った方がよくないです?」
「それは私が決めます」
魔法を完全に跳ね返す、なんて便利な代物があればまた違っていただろう。
が、そんなものが完成する筈もなく。
ゴムボールを魔法の代わりにしたこともあったが、あくまで一時的なもの。
そもそも投げつける以外の形の魔法に応用するのが難しい。
だから、魔法の撃ち合いによる模擬戦を行わないという判断に異論はない。
「彼ともそのように決めていますから。文句はあちらにどうぞ」
そもそも、意外に感じたのはそれ以前の話。
「って、言ってますけど」
「その通りとだけ言っておく」
確かに、言った。
もし危険な状況になりかねないのなら止めるつもりで。
そんな状況に陥る可能性も低いだろうと予想して言った。
基本的にはサーシャさんの判断を指示すると言った。
直接身体を動かすにしても最初は別の形になるだろう、と。
魔法で脅しをかけようとするイルエも、嬉々として人に魔法を連射することはないだろう。
「……その手の相手は自分達だけで済ませようなんて考えないように」
「何のことでしょう。皆目見当もつきませんね」
だからと言って、別にそんなことは考えていない。これっぽっちも。
しばらくの間は結果的にそうなることもあるだろうとは思うが、それだけだ。
「その言い方、止めません? さっきから背後にマスターが見えちゃってますよ?」
「だったら部屋で休んでおくといい。すぐに本人の声が聞こえてくる」
「お断りです♪」
ヘレンの言いがかりはそのまま、右から左へ。
こんな調子だと、またサーシャさんに――
「……それしきのことで誤魔化せると思ったら大間違いですよ」
そんなことを思っていたら、案の定。
俺達を見るサーシャさんの表情は何とも冷ややかなものだった。
それが和らいだのは、間もなくのこと。
「そもそも、あなた達に休まれては困ります。見本が必要なんですから」
代わりにサーシャさんが告げた内容に、罰ゲームという単語を浮かべてしまったのも仕方のないことだと思う。
事前の告知もなしに、そんなこと。
せめて一声かけてくれるだけでも話は違っていたというのに。
「見本と言われましても」
「飛行禁止にしても、他の問題がありません? 私、この人みたいにころころ武器を変えたりしないですもん」
アイシャがいないのだからリットに助けを求めることだってできた――というのはいいとして。
「……前に短剣とか使ってましたけどね」
「だ、そうですが。何か反論は?」
よりにも寄って、この組み合わせだなんて。
「……どうして毎回毎回、背中から撃たれちゃうんですかねー?」
「下手な嘘で誤魔化そうとするからだろう」
つい昨日もありがたいお言葉をいただいたばかり。
「ひとまず自由にやってください。必要があれば都度訂正しますから」
ユッカ達のレベルアップを目的とするのであれば、他の組み合わせにするべきで。
「……さっきから目的が変わっていませんか?」
「今回、私の判断に従うと言ったのはあなたですよ。納得いかないなら証拠も見せてあげましょうか?」
そうする理由として真っ先に浮かんだのは、俺達の矯正だった。
しくじったと思った時には既に手遅れ。
昨夜の件に関するあれこれを込めたとしか思えない邪悪な笑みを、俺たちに向けていた。
「ほんと、変なところで抜けてますよねー? どうやったら身に着くんです? それ」
「気になるなら押し付けてやろうか、おまけ付きで」
「間に合ってまーす」
そんなサーシャさんに、いつものような返しなどとてもできない。
「…………」
森の中に潜む者達すらざわつかせているサーシャさんに下手なことを言えば、それはもう大変なことになるだろう。
「な、なあキリハ。いいのか? サーシャさん、思いっきり睨んでるけど……」
「……そろそろやめた方が、いいだろ。アイシャもいないんだから」
「確かに」
しかしだからと言って、すぐに始められる筈もなく。
「でもでも、どういう感じで行きますかねー? いつもので斬り合ったらその場で監獄送りにされちゃいそうですし」
「するわけがないでしょうっ!?」
理由はまさに、ヘレンが語った通り。
監獄送りは大袈裟にしても、魔力剣を持ち出した時点で縛り上げられてもおかしくない。
「でも、止める、ですよね?」
「勿論止めはしますとも。私の目の届く範囲でそんなことはさせられません。それとこれとは別の話です」
とはいえ脆くした土製の剣でお許しが出るかどうか……
「じゃあ、こういう感じでいきます?」
――ヘレンの手にやたらとカラフルな剣が現れたのは、その時だった。
「…………はい?」
刃は確かにそれらしい形をしていたものの、それでいて液体のようでもあって。
「なるほど、そういう。――っ、と……。この手があったか」
見よう見まねで再現してみると、あながち悪い者とも思えなかった。
「は?」
接触した部分を、筆で塗るように染める。
「当たったかどうかの判別も必要ですし? このくらいリーダーさんでも作れそうだなーって」
「確かに。今のお前が苦労しない範囲なら手こずる理由もないな」
「もしもーし? いちいちケンカ売らなくていいんですよー?」
相手を負傷させないという意味なら悪くない。
「は??」
無論、相手の刃は受け止められるように調整する必要はあるが。
「試しに斬っていいです? というか、斬りますね?」
「お断りだ。試すならこの氷像相手にしてくれ」
「あーはいはい、そう言うと思いましたよー……っと」
作った氷の塊に明るい黄色の線が刻まれたのを見る限り、大丈夫と考えていいだろう。
「わっ……!?」
上手くいかなければ多少調整してやればいい。
「まあ、及第点って感じですかねー? この……これ?」
「名前なんてつけなくてもいいだろう。この先使う機会があるわけでもない」
「そんなこと言って、変なところで使うことになっちゃっても知りませんからねー?」
実践で使えるかはともかくとして。
「は???」
怪我をさせずにやり合うのなら悪くない。
「どうなってるんだよ、アレ……」
「……オレに、聞くな」
しいて何点を挙げるのであれば、見た目だろうか。
「当たっても痛くないけど、代わりにガラッとイメチェンできちゃう優れモノ。……おひとつ、いかがです?」
ヘレンは怪しげなセールストークでマユに渡そうとしてたものの。
「ほしい、です……っ!」
「そんな得体の知れないものに食いつかないでください!」
やはりというか、サーシャさんが叫ぶ。
見た目が悪かった。
いくらなんでも派手過ぎる。
赤、青、黄、その他――色々が絡み合うかのような刃。
それを見て不自然と思うのは当然だろう。
「あなた達も! 一発芸を披露しろだなんて言った覚えはありませんよ!!」
別にそんなつもりではない――そう言おうとして、止めた。
本気で監獄送りにしてきそうなサーシャさんに向かって、そんなことを言える筈がなかった。




