第583話 仲間だったとしても
「そうして現れた敵の正体が、かつての仲間であったとしても……あなたは、同じように言えますか?」
思わず答えに詰まってしまった俺に向かって、またサーシャさんは同じ疑問を投げかけてきた。
どことなく、試すような雰囲気。
もっとも答えに詰まってしまった理由は、怒られまいという発想などではなく。
「……嫌な話をしてくれますね。サーシャさんも」
誰もが少なからず抱えているであろう、当たり前の感覚があったからだった。
どちらかといえば、人よりもそれに対する抵抗感は強いと思う。
生憎、優しいなどと評される理由ではないのだが。
「これも、授業の一環ですか?」
「あなたには、そんな風に見えますか」
困り果てた末にそのひと言を絞り出しはしたものの、サーシャさんは一向に視線をそらそうとしなかった。
その様子は、俺のことを試しているように見えなくもない。
同時に何か、全く別のものがあるような気もしていた。
(……いや)
それでも、サーシャさんの様子から感じた違和感はひとまず飲み込む。
もし仮に、それ以外の何かがあったとして。
こんな疑問を投げかけてくる人が、それを簡単に明かしてくれるとも思えない。
少なくとも、俺が答えない限りは。
「……あくまで、自らの意思で敵に回ったという前提での話にはなりますが」
答えるつもりが、そんな言葉を口にしていた。
話の流れからしてそうなのだろうという確認などではない。
ただ答えるだけなら必要のない前置きだった。
それでも言葉にしてしまった理由くらい、さすがに自分で理解している。
サーシャさんにそれらを気付かれていないのは、せめてもの幸い。
……把握されている可能性も、決してゼロではなかったのだが。
「少なくとも、止めますよ。それこそ、あらゆる手段を用いても」
「その上で説得を試みる、と?」
「しないわけがないじゃないですか。……難しいとは思いますけどね」
微かに目を細めたサーシャさんを見て、肩を竦める。
その場で説得できるのなら苦労はしない。
やらないという選択肢はないが、姿を見せたその時に解決できるとも思えない。
ある程度、正面からぶつかり合う必要だってあるだろう。
そこで迷っていては最後のチャンスすら逃しかねない。
「そうなったということは、きっと、本音をぶつけてすぐに解決できるわけでもないでしょう」
仮に、些細なすれ違いの積み重ねが起こしてしまった結果だとしてもそう。
何かそれ以外に大きな目的を持っているのであればなおさら難しい。
どのような経緯であれ、止めてくれと言って終わる話ではない。
敵対するという表現だけでは、様々な状況を思いつくことはできるが。
「その人が考えに考えた結果であれば、意思も固い筈で。……そう簡単に覆せないことくらい、さすがに分かります」
色々考えてみても、やはりそこに行きつく。
皆にも散々心配をかけてしまったヘレンとの一件も、そのひとつと言えなくない。
もし相手がほかの誰かであったとしたらきっと、あんなものでは済まなかった。
「それでも、きっと、諦めきれないと思いますよ。俺は勿論、ここにいる全員そうです」
――ただ、それとこれとは別の話。
「……その考えが」
「甘いと言われても仕方のないものだと思いますよ。自覚はあります。撤回するつもりはこれっぽっちもありませんが」
戦うと言っても、命を奪うとかそういうところまでいく必要はない。
「最初の質問に関しては、はいと答えておきますが……倒すための戦いでないことを、付け加えておきます」
もし相手がその気でかかってきたとしても、そんなことをさせるつもりはない。
「ただ」
――なんて、それもこれもあくまで一方から見た場合の話。
「苦しい思いをするのはどちらか……分かりませんけどね」
そもそも比較すべき話ではないが。
「……それは、どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味ですよ。勿論」
その話もしておいた方がいい――そんな気がした。
「その人が、どのような考えを経て結論に至ったかにもよるでしょうけど」
自分が経験したからというわけではなく。
「大切な友人と敵対しなければならないのは、どちらも同じでしょう?」
ただ、自分自身の経験と無関係とは言い難い。
「敵対された側の衝撃も、確かに相当のものでしょう」
思慮深さなどとは、確実に無縁の話で。
「ただ、敵対した側もいずれは……あるいはそうだと告げる以前から、負けず劣らずの苦しみを抱えなければならない」
しかしその感覚は、今も俺自身の中にある。
「した側の行動次第で、された側に憎悪とも呼べる感情が宿ってもおかしくはありません」
正面から敵対してくるような連中が、大人しくしているとも思えない。
「敵対というくらいですから、ちょっとした迷惑では留まらない事態に発展することだってないわけじゃない」
やがてはどこかに、何かしらの被害をもたらしていく筈で。
「たとえ、本人が直接動かなかったとしても。そういう行動ができてしまう集団に着いたとなれば……きっと、された側も平穏ではいられません」
いずれ、された側の中から衝撃も薄れていく。
その時、代わりに抱くものがあるとしたら――……明るい感情ではないだろう。
「ただ、された側はきっと1人だけというわけでもないでしょう。少なくとも、同じ気持ちを抱く仲間はいる筈です」
それを共有した時、どのような展開になったとしても。
「共有できる相手がいるから乗り越えられるなどと世迷いごとを抜かすつもりはありませんが」
結果は、間違いなくした側へ突き付けられることになる。
結束にせよ、離散にせよ。
否応なしに見せつけられることになる。
「受け止める側は、胸を締め付けるようなその苦しみを他者と共有することすら難しい」
それを見て平然としていられる性格の持ち主だというなら、結構なことだが。
「たとえそうなることを、覚悟していたとしても――その覚悟がどれだけ強いものであったとしても」
その場所への思い入れが大きいほど、胸を抉られることになる。
「実際にそうなった時、平然としていられる人は……そうそういないと思いますよ」
その痛みに耐えながらの道のりは、過酷で悲惨なものなのだろう。




