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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
III 迷宮探索
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第57話 異常

「《万断》」


 斬撃が難攻不落の結界を打つ。


 二度三度と撃ち込まれ、次第に間隔を縮めていく。


 合間合間に炎に水が撃ち込まれ、少しずつだが着実に結界へのダメージを蓄積させていった。

 最初は外面を取り繕っていた結界も次第に綻びを見せる。


「すまない、キリハ。オレ達も……」

「ああ、休んでくれ。皆のおかげでかなり助かってる」

「……休憩したら、戻る」

「無理はしなくていい」


 しかし魔力の量ばかりはどうしようもなかった。

 枯渇する前の段階で切り上げ都度休息を挟んでいたものの、限界はあった。


 あまり魔法を積極的に使わないトーリャに限った話ではなかった。

 この中ではひときわ経験値の豊富なルークの顔も疲労が浮かび始める。


「どういう体力してやがるですかあの二人……」

「ちょ、ちょっと休憩……さすがに無理」


 そんな中でもキリハとエルナレイはそれぞれ、斬撃に力を乗せ結界の破壊を続けていた。


 並の魔物が群れようと一切の抵抗すら許さないであろう一撃。

 二人を除く全員が放った魔法を上回る斬撃の痕が刻まれている。


「……魔力が減らないって本当だったのね」

「まだそんなこと疑ってたんですか? いつもあれだけ魔法使ってるとこ見てたのに。……わたしの知らない魔法まで」

「そうじゃないわよ。ちょっと驚いただけ。いつまで根に持ってるのよそれ」


 自分達の想像を絶する両者の立ち回りにはユッカ達も呆れや驚きを抱く余地すらなかった。

 同時に、それだけの攻撃を受けなお形を保つ結界の強度に戦慄を覚える。


 もしあの二人がいなかったら。

 キリハの不在などアイシャにとってはある筈のない可能性だったが、ただ[ラジア・ノスト]を待つことなどできそうになかった。

 それ以前にあの不可思議な干渉によって何が起きたのかも分からない。


「凄いのは間違いないよ。本来、どれだけ魔力があってもあんなに使えはしないからね」


 ルークの言葉も決して関心から来たものではなかった。


 特級の能力の高さ。キリハの特異性。


 どちらも理解はしていた。

 しかし実際に力を振るう瞬間を目の当たりにして、自身の想像が甘かったと思い知らされていた。


「……そうなんですか?」

「さ、さぁ……? 私もそんなにたくさんは使えないし……」


 魔力の無制限回復だけであればこうはならなかった。

 一番の問題は他でもない、キリハ自身だ。


「魔法を撃つ本人の精神の問題なんだ。ほら、皆も現に疲れてるよね? その原因は魔力の枯渇だけじゃない。勿論普通は魔力が先に尽きるんだけど――」

「……確か、以前、液体魔力を何度も飲んだ実験では……」

「そう、途中で倒れた。魔力を使い切る前にね」


 それは、当時だからこそできた実験だった。


 液体魔力を飲み干せば、その分の魔力を一気に回復する事ができる。

 ある意味、キリハの能力に近いもの。当然、過剰摂取は身体に大きな負荷がかかる。


 作成に手間と費用の掛かる品を大量に消費してまで行われた実験は、そのデメリットにより悲惨な結果に終わった。


「トーリャ君は物知りだね? そんなに有名な話じゃなかったと思ってたんだけど」

「オレも、たまたま見つけただけです」


 トーリャの故郷の図書館。

 隅の本棚で埃を被っていた一冊にその実験の伝聞が残されていた。

 薄いノート一冊。他にそれを補足するような資料も全く残っていなかった。


「今の話から分かると思うけど、その疲労感は身体からの危険信号なんだ。それを感じさせないなんてどれだけ不自然なことか……」

「単に体力お化けなだけじゃねーです? トレスまで飛んで行くよーなヤツですよ?」

「勿論それもあるにはあるんだろうけど……」


 移動時間に速度。一切道具に頼らない方法としてはルーク達の常識とかけ離れたもの。

 更に探索魔法を展開していた事を考えれば魔法の大量発射ができてしまうことも説明できなくはない。


「――うん。でもやっぱり、それだけじゃなさそうだね。顔色一つ変わってない」


 今回使った魔力がトレス近辺の探索の際に費やされた量を大きく上回っていることは想像に難くなかった。

 だからこそ、ルークは不穏な予感を完全に否定できない。


(……何か、大事な枷が壊れてしまったみたいに)


 魔力の制限がなかったとしても、ルークにはキリハと同じように魔法を使えるとは思えなかった。

 まさしく、異常。そしておそらく、原因は既に彼が何度も語った通りのもの。


「怪物の様に言われるのは心外ね。これでも適宜休息を挟んでいるのよ?」

「……そういう風に見えないから言ってるんですけど」


 何があればあんなことになってしまうのか。誰にも全く分からなかった。

 唯一この場で事情を知っている可能性のあるエルナレイも、本人以外にその話題を振ろうとしない。


「え、エルナレイさん? どうして……」

「少し試したい事があるそうよ。その間は少し休憩。勿論、終わった後はしばらく私に任せる条件でね」

「……試したいこと?」


 既にキリハは《万断》の乱射を行っていた。


 今になって何を。微かな期待と不安が辺りに立ち込める。


「――《魔乱崩波まらんほうは》」


 その答えは轟音と強烈な衝撃によって示された。


「あら……」

「……成程。溜まった魔力を……本当は一個人でやるようなものじゃないんだけどな」


 結界を揺さぶり、その一部を大きく抉った爆発によって。






「なんで今ので壊れないのよ……あたしたちの方が飛びそうな威力だったのに」

「いいじゃないですか防壁張ってもらってたんですから」

「それも結局あいつの魔法じゃないの」

「でも衝撃はかなり弱くなってた、です」


 ……戻る前から反応が聞こえているのも一概にいいとは言い切れない。

 一応皆には被害が出ないようにしたつもりだったが、完全に打ち消す事までは出来なかったか。


「それはエルナレイさんの防壁もあったおかげだろう。ですよね?」

「あら、言わなくてもよかったのに」

「そういうわけにはいきませんよ」


 エルナレイさんが更に防壁を展開してくれていたから意識のほとんどを破壊に回す事ができた。

 破壊には至っていないが想定内。今までの進み具合を考えれば上出来だろう。


「壊れなかった件に関して言えば当然だ。あれだけ魔法を受けても耐えていただろう? むしろ思った以上にダメージが通ったことに驚いた」

「……過小評価も、大概にしろ」


 今の一撃で壊れるのならこれまでの集中砲火で穴の一つや二つ空いていた。

 多少のズレはあってもかなり狭い範囲に攻撃を限定しても耐えていたのだ。軟弱な筈がない。


「本当にね。てっきりまたとんでもない魔法でも試すのかと思っていたのだけれど……まだ危険域には遠かったでしょう?」

「最初はそのつもりでしたよ。発動する気配が全くなかったので諦めざるを得ませんでしたが」

「……その悩みに関しては分かってあげられそうにないわね」

「いえ、お構いなく」


 今の一撃が常識の範疇だった――というよりは、別の魔法を期待していたのだろう。

 心当たりはある。まだこちらで一度も使っていない、使いたくても使えない魔法は幾つもある。


「そんなことより今のだよ今の。あれもう一回やれば壊せそうじゃないか? 皆の魔法使って魔力を溜めたらいいんだろ?」

「レイス君、それ私の解説そのまま」

「ごめんって。……で、どうなんだよ?」

「その通りではあるんだが……次はないかもしれない。あれくらいならエルナレイさんと俺が魔法をそれなりに撃てば壊せる筈だ」


 今までのダメージの蓄積も考えれば、確実に。

 勿論一発や二発では済まないだろう。だがはっきり終わりが見えた。


「その前にあんたは休みなさいよね。そういう約束なんでしょ?」

「まったく、です」

「分かってる。勿論分かっているとも。そんなに疑わなくてもいいだろう……」

「夜中こっそりやってたくせに何言ってるのよ」


 それを言われてしまうと反論できない。


 最終的に試すことはできた。

 役に立たなかった上にこうしてリィルに呆れられてしまった事を考えるとマイナスにしかなっていない。

 気付かれないようにやるつもりだった、なんて言い訳にもならない。


「……何それ?」

「どうしても試しておきたい事があったから、その時に少し。すぐに終わらせて――……いや、すまなかった」

「謝ってほしいわけじゃないけど……駄目だよ? そんなことしちゃ」


 最初の権幕がなくても言い返せないことに変わりはなかった。

 罪悪感に直接攻撃を仕掛けられる分、この方がやりづらい。


「(あんまり変なことしないでくださいよキリハさんっ。ああなったときのアイシャすごく怖いんですからね!?)」

「(分かっているとも。……さすがに軽率が過ぎた)」


 追撃も確実に控えているから、余計に。

 ユッカの言い分も分かる。聞き返した時のアイシャの表情は特に。


「(ほんとですよ。誰かいっしょにいるなら別ですけど)」

「(俺が勝手にやっていることだ。寝ている相手に頼めるわけがないだろう)」

「(ならそんな時間にしないでください)」

「(ごもっとも)」


 そろそろ死体蹴りはいいだろう。

 悪かった。ああ、俺が悪かったとも。


「(どうしても試したいなら朝の特訓前とか、もっと他にあるじゃないですか。今朝みたいにレイスさん達が起きる前とか)」

「(バレた時、止めなかった件でユッカも何か言われる可能性があったとしても?)」

「(やめましょうか。やっぱりよくないと思うんですよ。隠しごとなんて)」


 ユッカの手のひら返しも、とてもじゃないが笑って流せるものではなかった。

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