第56話 役割分担
ぶつかりあう二つの刃。
その一瞬で持ち主の身体さえも引き裂きかねない衝撃を起こす。
収まり切らない魔力をまき散らす光の剣。
崇める神から授けられた神秘の剣。
荒れ狂う混じり物の魔力を盾に空を駆ける翼。
全身に白炎を纏い降り立つ守護騎士。
聖なる嵐を裂く巨大な三日月。
灼熱と激流を蹴散らし猶際限なく伸び続ける光の柱。
瞬間、世界はたちまち暴力的な純白に包まれる。
荒れ狂う大気の中を突き進む影は轟く稲妻を、滾る流星を掻い潜る。
そうして充満した魔力はまた、刃と刃の衝突に吹き飛ばされた。
神秘の剣が肩を掠める。
光の剣が反吐の出そうな聖衣を撫でた。
烈火を纏った左足が虚空を薙ぐと、煌めいた指先が無を貫く。
聖衣に嵐を叩きつけ、駆け上る光に脇を撃たれる。
交叉した斬撃は海に×を刻み、迸る閃光が天を衝く。
そしてまた、二つの刃は交わった。
「……こんなものかしらね」
ため息をつくエルナレイさんの足元には意識を失った冒険者の姿があった。
動けたのは俺達のみ。手分けをしても全く足りない。
これでも先日の朝と比べればかなり少ない。
立ち入り禁止を予想して一度去った冒険者もいたのだろう。
近くの拠点を行き来している冒険者もいるだろう。
逆に新しく来た冒険者も混じっているのかもしれない。その人達にとってはとんだ災難だったわけだが。
そして、おそらく事態に気付くことなくまだ中に籠っている冒険者もいる。
特にそういう話は聞いていないが、まさか全員が行儀よく引き返したのは思えない。
「今のが最後の一人、です」
「ほんと、これだけの人数でよくやれたわ……」
「うん……このまま町まで連れて行けたらいいんだけど……」
全員の視線が一点に集まる。
そこだけではない。洞窟の入り口を中心に巨大なドーム状の結界が展開されていた。
「本当に……この世の不条理を見た気分だ」
気付いたのは干渉攻撃が収まった後。
ご丁寧に地下までしっかりと防護している。エルナレイさんが土の精と協力しても結果は同じだった。
「[ラジア・ノスト]の人はどこに行ったんですかまったく……普通、放置なんてしませんよね?」
「そうでもない。即座に原因を叩けるのならそれも手だ。次以降の被害を抑えられる」
「誰かが残って処置できるのなら、ね。私達が動けると判断したんじゃないかしら?」
「防御が間に合わなかったら世話になっていたのは俺達だろうな」
噂通りの集団だというならそう言った専門家の一人や二人、個別で抱えていてもおかしくはない。
加えておそらく、特殊な護符のようなものを所持している。
エルナレイさんも自己を守る事に徹するのならそこまで苦労はしなかっただろう。
もっとも本人曰く『自己保身に走るのは特級失格』だそうだが。
「それはそうかもしれないですけど……どうせ後でいっしょになるじゃないですか。手当もせずに行くのはちょっと……」
「は? いっしょって……ユッカあんた、まさか行く気?」
「そのつもりですけど。キリハさんもですよね?」
「ああ。そうするしかない」
「あんたまで!?」
リィルが難色を占めるのも分かる。
分かるのだが、この場で手をこまねいている場合ではない。
冒険者達のことをないがしろにしてもいいというわけではない。思ってもいない。
しかし現状維持の方が危険に繋がる可能性も低くはなかった。
「あの結界を破られた跡がなかった。そのくらい[ラジア・ノスト]も試していた筈だ。つまり――」
「簡単には壊せないってこと? でもそれなら、前みたいにキリハの魔力で魔法を強化するとか……」
「難しいわね。《ホーリーセイバー》と《雷雹流渦》を同時に撃って傷をつけるのがやっとだったもの。それもほんの一部だけ。かなりの時間がかかるでしょうね」
複数敵を巻き込むため、初期段階で範囲の広い魔法に決めた影響も全くないわけではないだろう。
それはおそらくエルナレイさんの《ホーリーセイバー》も同じ。
かといってあれ以上の出力のものをぶつけても簡単にはいかないだろう。
二つの魔法も決して弱いわけではない。それを合わせても破壊には至らなかった。
「じゃあ、みんなで他の人達の手当てを……?」
「いや、二手に分かれる。洞窟内に突入するグループと、近くの町へ救援要請に向かうグループ。あの壁に隙間を空けた後、それぞれ目的地へ向かう」
「はい? でもさっき、壊れなかったって……」
「ダメージは通る。一点に攻撃を集中させ続けていればいずれは壊せる筈だ。人が一人通れるくらいの隙間なら猶更」
幸い魔力切れの心配はない。
あいつにはいい顔をされないだろうが、アイデアを隠し傍観を決め込むなど言語道断。
精々、その辺りの考えも全部分かった上で小言を言われるくらい。
何もしなかったらその時こそ軽蔑の視線を向けて来るだろう。
「あの檻を壊すのは突入組の役目だ。ただし、それまでは全員がまとまって行動する」
「……キリハ君とエルナレイさんがいないと防げないもんね。次があった時に」
「そういうことだ」
防壁の外であれば影響を受ける可能性は低いという希望的観測に基づいたもの。
そもそも二度目、三度目があるのかさえ分からない。
いずれにせよ救援要請組には魔力・体力をしっかり残しておいてもらう必要があった。
道中なにがあるか分からない。ルークさんにも向かってもらう予定とはいえ、油断は禁物。
「それならここにいる全員で何回かに分けて町まで運べばいーですよ。元凶探しは潜った連中に任せ解きゃなんとかなるですよきっと」
「確かに[ラジア・ノスト]のメンバーの能力は高いわ。けれど、彼女達でさえ無敵の存在とは程遠い」
「まだ調査自体ほとんど進んでいない。調査をあの組織にだけ任せて何かあったらそれこそ一大事だ」
当然、俺達の身にも何かあったらさらに事態は深刻化するだろう。
一応エルナレイさんとは軽く打ち合わせもしたが、さすがに万全とまでは言えそうにない。
「……まさか、ですけど。またあの人の仕業とかじゃないですよね? なんかキリハさんにやたら執着してたじゃないですか」
「もしそうなら俺達の前に現れて意気揚々と出来栄えを語っていた筈だ。もし最深部で待ち構えているならそこで叩きのめす」
「少しは迷う素振りくらい見せたらどうなのよ……」
ここで『もしそうだったらお前の責任だ』なんて言葉が出ない辺り、皆の人のよさが伺える。
それとも俺がひねくれているだけだろうか。……両方か。
「で、結局突入組って誰なのよ。あんたとエルナレイさんは分かるけど」
「俺達二人だけだ。他は特に考えていない」
「は?」
「え?」
最悪二度目を仕掛けられても俺たち二人なら押し通せる。
魔物に間違えられてしまう懸念も消えたおかげで全域を《小用鳥》に探索させる事ができた。
速度の限界もあって[ラジア・ノスト]がいるであろうエリアからはかなり遠いが道中の安全は確かめられる。
「言いましたよね。わたし、言いましたよね!? 調べに行くって! あのときキリハさんなにも言わなかったじゃないですか!」
「あの場で完全に否定したら用件が片付かないだろう」
「そういう問題じゃなくて!」
黙って見ていろと言っているわけでもない。
むしろ今回に限れば町へ向かう役の方が重要と言ってもいい。
最初は《駕籠》に乗ってもらうことも考えた。
急ぐにせよ他の方法にした方がいい。俺が往復までしていては――と両側からやんわりと却下されてしまったが。
「ユッカちゃんじゃないけどそれはヤバくね? 二人だけかよ?」
「個人個人で向かうよりは安全だ。これ以上戦力を一方に偏らせるわけにはいかない」
エルナレイさんがいる今の時点で均衡とは程遠い。
それにルークさんなら協会とのやり取りを円滑を進めてくれる筈。既に相談も済ませた後だ。
「諸々踏まえて話し合った結果だ。今回ばかりは諦めてくれ。それより……」
「ええ、始めましょうか。……後の事もあるから程々にお願いね」
「勿論です。――《万断》」
「《ジャッジア》」
最初はエルナレイさんをメインに。
途中、回復を入れる間は俺が。それを穴が開くまで繰り返す。
集中したまま魔法の使用回数を重ねることで感覚も多少取り戻せる筈。
こんな事態だからこそ悠長に構えてはいられない。今だって一撃一撃の間隔は大きい。
「――《水流》っ!」
即座に魔法を割り込ませられてしまうくらいには。
手を止め振り返るとやはり、そこには杖を構えたアイシャの姿。
「アイシャ? 一体何故……」
「……これ、明日もやらなきゃいけないんだよね?」
「ああ、おそらく。今日中に終わらせるのは時間的に厳しい」
アイシャの考えていることはすぐに分かった。
それを退けるだけの言葉が全くと言っていいほど浮かばない。
「だったら、私もやる。……いいよね? キリハ」
その言葉にも、頷くしかなかった。




