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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
XIV 有無を言わさず
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第554話 町のどこかへ

「なんなんですか、もうっ」


 町のどこかにいるだろうヘレンに向けて、ユッカは言った。


 いかにも納得していなさそうな表情。

 結局、強引に離脱していったヘレンのやり方を考えればそれも致し方なし。


 とはいえ。


「今回ばかりはヘレンは何も悪くないんだ。本当に。ユッカだって、話の流れである程度想像はついているんだろう?」

「……まあ、なんとなく」


 呆れのため息をつくのは、あいつのご主人様だけで十分。


 そのイリアも、今回に関してはそこまで強く言わないだろう。

 ヘレンの中にあるそれを気付くきっかけのひとつをくれたのは他でもない、イリアだったのだから。


 多少不満そうな顔をしているものの、この調子ならきっとユッカも――


「でも、キリハさんの秘密を広めようとしたことは別ですよね?」

「それは勿論」


 ……反射的に、頷いてしまった。


 今それを言わなくても、とか。他に欠けるべき言葉はいくらでもあった筈なのに。

 頷いてもまだ、間違いだという感覚が自分の中に沸いてこない。


「ただ、まあ、それはそれとして」


 小さく咳払いをして、そんな自分自身をできるだけ追いやる。


「いやです」

「まだ何も言っていない」


 しかしその続きを言葉にするよりも早く、ユッカがきっぱりと言った。


「だってキリハさん、今度こそ納得してもらおうとか言って何かするつもりなんですよね? いいじゃないですか。そこまでしなくても。大丈夫ですよ。きっと」


 確かに、ユッカの推測は正しい。


 これまでのことを踏まえて、俺がそう言うだろうと思ったんだろう。

 見事に俺が言おうとしていたことを当ててくれたわけだから、間違いない。


 が、ユッカのそういう返答を俺が予想することも不可能ではなく。


「リィルにこの話が伝わったとしても?」

「だ……大丈夫ですよ?」


 1人目の名前を出すと、やはり、ユッカの雰囲気が少し変わった。


 既に伝わっていたとしてもおかしくはない。

 リィルの話を聞く限り、それなりの頻度で顔を合わせているのは間違いない。


 そして、やっと帰ってきたユッカが早々に脱走をしたのだから……逃げ場の候補のひとつとして探しに来るのは当然だろう。


 その辺りはユッカも予想していたのだろう。

 ギリギリ何とか耐えているようにも見える。


「アイシャに、より詳細な内容を知られても?」

「だ、だだ、だだだ……だい、だい…………」


 ――が、それも長くは持たなかった。


「ど、どうしてそんな怖いことばっかり言うんですかっ! 絶対、絶対に言わないでくださいよ!? 絶対ですからね!?」

「俺が黙っても他の経路からいくらでも話は届くだろうに」


 アイシャの名前を聞いてからの変わりようは、凄まじいもの。


 そういう前振りかと訊きたくなる勢いで、ユッカは何度も絶対という言葉を繰り返していた。


 やはりというか、アイシャのアレは相当効いたらしい。

 帰るまでの時間で多少は和らいだかと思っていたが……さすがにそうはいかなかったらしい。


 確認とは名ばかりの脅しだったのは認めるが、まさかここまで効果を発揮するなんて。

 ……アイシャには別の意味で知られるわけにはいかなくなった。


 しかしユッカに、大失言をしてしまったという自覚まではなかったようで……すぐにまた、とんでもない言葉を口にした。


「キリハさん、あの権利を使ってお願いしたいことがあるんですけど」

「自分の故郷で何を始めさせる気だ、ユッカは」

「キリハさんこそなにするつもりですか!?」


 俺に言わせようだなんて、そんな鬼畜な。


 ユッカだって分かり切っていることだろうに。

 俺がその他の身を引き受けた後、どんな騒動になるかくらい目に見えているだろうに。


「ヘレンを捕まえてくれとでも言うつもりだったんだろう? ……逆に訊くが、ヘレンが大人しく捕まると思うか?」

「それはまあ、そうかもしれませんけど……ヘレンだって、キリハさんから本気で逃げたりなんて……」

「ストラを発つ前からリィルの意見には肯定的だったとだけ言っておく」

「な゛っ……」


 ささやかな捕捉を聞いたユッカの顔が、途端に青ざめた。

 どうやら今まで本当に分かっていなかったらしい。


 町に被害が出るようなことをしないのは当たり前。

 が、しかし、そのラインを守った程度で騒ぎを抑えられる筈もなく。


 町中に認識疎外の魔法をばらまこうものなら、かえってとんでもない騒ぎになるだろう。


 協会の中にそういうものへの対抗策が用意してあってもおかしくはない。

 そうでなくとも、外から観測されるのは時間の問題。


 俺自身の能力の不足だとか、そういう問題ではない。

 ヘレンもご丁寧に町の外へ逃げたりはしないだろう。


 まあ、結局のところは。


「そういうわけで、ご要望に応えることはできませんというわけだ。……正直、観念した方がいいと俺は思う」


 正攻法に勝るものなど他にないということ。


 後でリィルに知られても、片付いた後なら呆れのため息だけで済むだろう。

 あの手この手で誤魔化そうとしていた最中に見つかるのとは、雲泥の差。


「そこをなんとか! いつも大体のことはなんとかしてくれるじゃないですか。……ねっ、ねっ?」

「可愛く言っても無理なものは無理だ。俺がなんでもできるわけじゃないことくらい、ユッカならよく知っているだろう?」

「そうですけど! そこをなんとか! お願いですから~~!」

「そんな無茶苦茶な」


 お願いをされても。


 ……どうしてユッカは、あの手の権利をそういうことにしか使おうとしないのか……。


 一方の主張だけではやはり厳しい。

 親御さんの話を訊いてみないことには――


「……ユッカ姉?」


 分かるものも分からない。そう思って例の場所を目指そうと思ったその時、聞き覚えのある声がした。


「………………えっ」


 意外だったのは、その声の主がユッカのことを呼んだこと。


 同じ町に住んでいたのだから、面識があってもおかしくはない。


 昨日は別行動だったから、お互いが気付かないのも当たり前のことではある。


「って、あれ……?」


 しかしやはり、とんでもない偶然であるのも本当。


「兄ちゃん、昨日の……?」

「昨日はどうも。おかげで、いろいろいいものを見せてもらったよ」

「あ、そう……?」


 まさかユッカが、昨日の少年と知り合いだったとは。



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