第549話 実は、少し
見つけたソレが助けを待つ冒険者でないと判断するのは、簡単だった。
一見、小人のようにも思えるシルエット。
しかし近付くと、たちまち細長い本体が姿を見せる。
ケンタウロスに似た姿をしているせいかと思ったが、そういうわけでもない。
「《魔斬》」
先手必勝。
地を這うように突き進み、こちらに気付いたそれが行動に移るより早く剣を振り切る。
「っ、と……」
ソレの横を通り抜け地面に降り立った時にはもう、魔結晶以外の何も残されていなかった。
「……どういうことだ?」
魔結晶を拾い上げた時、真っ先に抱いたのは疑念だった。
他の魔物に比べたら、動きは鈍くなかった。
ここに連れ込まれたであろう魔物達が遅すぎたのはあるが、今の魔物はそれらに比べたら反応も良かった。
餌代わりに使うならあえて1匹だけを徘徊させていてもおかしくはないが……どことなく、様子が違っていたように思える。
(……なんて、考えても仕方がないか)
近くに冒険者の姿はなく、本命が姿を見せる様子もない。
今の魔物だけがどうして1匹だけでそこにいたのか……不思議で仕方がない。
すれ違いざまに見た姿は、これまで見た魔物のどれとも異なっているものではあったが……。
「そういえば、この場所は……こら。いくらなんでも言い過ぎだ」
念のために来てもらった不思議生命体に見覚えがあるか確かめたが、見事に空振り。
それどころか『こんなに汚くない』だのなんだの……ここの主が聞いたら激怒しそうな言葉が次から次へと飛び出した。
この妖精にしてみれば、こんな場所と間違えるなと言いたかったからこその反応だろうが……俺以外に意思が伝わらないことをこれほど感謝したことはない。
いつの間にか剣の口の悪さが移ってしまったのか。
大人しくなるまでエルナレイさんにでもこの子を預かってもらおうか。
「……そんなことをしてもどうにもならないでしょう」
思考がばかな方向へと移っていくのを自覚しながら、あえて加速させていると――呆れを隠す気のないイリアのため息に止められた。
頭の中にメッセージを寄こすでもなく、わざわざ姿を現して。
見るに見かねて、なんて言葉が頭に浮かんだ。
おそらく実際その通りの理由で姿を見せたイリアはまたしても、今度はこれ見よがしにため息をつく。
「いくらなんでも気を抜き過ぎですよ、桐葉。ここにいる魔物とやらが取るに足らない相手だとしても」
「言ってない。誰もそこまでは言っていない。こう見えても大真面目に探している最中だ」
そこに続いた言葉は、失礼どころではなかった。
ここへ連れ込まれた魔物たちの多くは、本来の能力を発揮できていない。
それを指して雑魚と評するのはあんまりだ。
……平時でも一方的にやられることなんてことは天地がひっくり返ってもあり得ないが、それはそれ。
既にイリアの意識は、俺の腰の剣へと向けられていた。
「だったらそれを宿に置いて行けばよかったのではありませんか? 考えなかったわけではないでしょう」
「……まあ、少しだけ」
ぽつりと漏らすと案の定、置き去り候補だった剣からの苦情が頭の中へ馬鹿みたいな勢いで流れ込む。
まさに今、自分自身の行動で証明していた。
そういうことになりかねないと分かり切っていたから、その選択肢を頭に入れざるを得なかったというのに。
この世界ならではの、なんて言ったことをこんな形で後悔する羽目になるなんて。
イリアのため息も、この短時間で既に三度目。
「……とにかく、今は迷った冒険者の人を見つけてしまうことにする。この調子だと、かなり奥まで迷い込んでいるかもしれないから」
苦情は捻じ伏せ、今度こそ意識を切り替える。
今こうしている間にも《小用鳥》は洞穴のあちこちを飛び回っている。
が、細かい分岐が多すぎて手が足りていない。
おそらく、鳥たちも警戒されているのだろう。
先に見つけた冒険者達が、姿を隠していてもおかしくない。
あれらに戦闘能力などないに等しい。
その事実は、遠目からでもすぐに分かる。
が、そういう魔物を追った末に逆に追い込まれてしまった冒険者が同じような餌に手を出す筈もなく。
こちらから声を届けるような機能は備わっていない。
当時はそんな能力を持たせなくとも、こちらの意思を伝える手段は多様に存在していたから、検討すらしていなかった。
もっとも、自らの手で一から開発したわけでもない子の魔法へそれだけの改変を行えるのかという問題もあるが。
何にせよ、1人プラスαで続ける理由もなくなった。
「イリアも。あんなやりとりで呆れるだけ呆れて帰るつもりはないだろう?」
「訊くまでもないことでしょう?」
「それもそうだ」
分かり切っていた答えを聞いて、小さく頷く。
相談するまでもなく、足を進めた方向は一致していた。
今、イリアはこの空間を好き放題に弄り回すような力を持っていない。
もしそこまでの力を持った状態だったとしても、使ってもらうつもりはなかった。
先日の一件のように、あってはならない介入があったわけでもない。
ただ、しらみつぶしに探して回るだけで済む話。
障壁に阻まれようと、全て取り除いてしまえばいい。
「それにしても……アレに負けず劣らず、不義理のようですね。以前、誰に助けられたかさえ覚えていないとは」
「ヘレン曰く、あの時は姿を見せもしなかったそうだが」
「だとしたら、何か?」
「大ありだろう。……わざわざ喧嘩を吹っ掛ける方もどうかと思うが」
なんてことのないやり取りを続けながら、ひたすらに進む。
近くの魔物は、全て切り伏せる。
小さな隙間があれば、隅々まで調べて回る。
自らの存在を誇示するように魔力をまき散らしながら、進み続ける。
足取りが軽くなっているのを、自分でも感じていた。
やるべきことはそのままでも、先程までとは大違いだった。
その中で疲れを感じることなど、ある筈がない。
「桐葉」
「ああ」
疲れたところをつけ狙うであろうその魔物に隙を見せることなど、万に一つもあり得なかった。




