第54話 一時閉鎖
「なんですかそれ。羨ましいんですけど」
「じゃあ一回同じ状況になって見なさいよユッカも」
翌朝、朝食の席で事の顛末を話した結果がこれだ。
今の話を聞いて羨ましがる理由が分からない。何か空想物語でも作り上げたのだろうか。
「いいですよ? 行きましょうキリハさん。リィルが言ってた魔法見せてください」
「あ、魔法だけでいいんだ……? でも、ユッカちゃん? その魔物倒せる?」
「…………キリハさんが倒したから出ないんじゃないですか?」
「さっきキリハ、何回も復活したみたいって言ってたでしょ? また出てくるか分からないし、行かない方がいいと思うよ」
「ふ、不可能はないって……言うじゃないですか」
「ユッカちゃん……」
ほとんど自白しているようなものだった。
いくらなんでも無理だろう。
こんな事を言うべきではないが、今の段階で遭遇してもこの中で戦えそうなのはおそらく俺だけ。
相手の防御を突破する手がない。継続的な戦闘もかなり厳しい。
「分かりましたよ! やめます! やめますから! いいですよ別に。あとで見せてもらいますしー」
「なんでそんなことで拗ねてるのよあんたは」
「拗ねてないですっ!」
そんなに見たいものだろうか?
今まで《万断》の事すらあまり聞いて来なかったから優先度が低いのだとばかり思っていた。
しかし今のところその要望には答えられそうにない。
「あー……ユッカ? 追い討ちをかけるようで少し言い辛いんだが、多分あの魔法を使う機会はしばらくいと思う」
「な゛……」
特に《雷雹流渦》は。
「どうしてですか。どうしてですか!? なんでリィルはよくてわたしは駄目なんですか!」
「そういう問題じゃない。あの魔法が必要になるような相手がいないんだ」
「そんなぁ……」
昨日は数が纏まっていたからよかったものの、サイブルに撃てば抑えても後方数メートルが藻屑になるだろう。
その先もどれだけ被害が出るか分かったものではない。
しかもそれなりに魔法を乱射して感覚を確かめた後。
もう二、三回繰り返せばあの魔法は問題ないとはいえ、まだ気軽に撃てるものではない。
「ユッカもそれくらい待ちなさいよ。そもそもあんた、魔法あんまり使わないでしょ?」
「使いますよ少しくらい」
「少しでしょ? いいことじゃない。あんな威力の高い魔法見なくて済むんだから」
「それだけ安全ってことだもんね」
「わたしにとっては大問題なんですー!」
別に見て楽しめるようなものでもないだろうに……
そこまで言うなら《魔斬》の練習でも初めてみようか。それか《加速》。
ひとまず考えるのはエルナレイさんの用を済ませた後か。
「ユッカさんにもう一つ残念なお知らせよ。今日の探索は原則中止。ついさっき決まったところ」
「……えっ?」
昨夜の時点でその可能性は聞かされていた。
翌朝――つまり今朝の話し合いの場でその決定が下されるだろう、と。
ものの見事に予想通りだったわけだ。
「あの鎧については分からないままですか」
「残念なことにね。一部でも持ち帰る事ができたらまた違っていたんでしょうけど、倒した瞬間消えてしまうんだもの。さすがにお手上げよ」
氷漬けにするか土を詰め込むかして完全に動きを封じてしまえば連れ出せないことはないだろう。
問題はその時、残りの九十九までもが洞窟外に出てしまう可能性があること。
あの鎧の上限が一〇〇体だとして、洞窟そのものが持つ力の何割を消費しているのか分からない。
偶然発生したというにはあまりに不自然。
極端な話、何者かによって作り出された一つの巨大な生物と考えてもいい。
その場合でも力尽きるまで攻め立てるのはあまり現実的ではないだろう。
「開いてすぐ閉鎖になってしまった以上、不満の噴出は避けられないでしょうね。何か矛先を逸らすようなものがあればいいのだけれど」
「こういうこと、よくあるんですか? 初心者を守るにしたって何も全員立ち入り禁止にする必要はないでしょう」
調査の人員を絞り過ぎるのではないだろうか。
ライザが魔物を呼び出した時とは違って、ここには今大勢の冒険者が集まっている。調査隊を複数組むことだってできる筈だ。
「滅多にないわね。応戦した中に私が混じっていたせいじゃないかしら? 一緒にいた冒険者の階級が低くても、討伐に時間がかかったと言うだけで一大事だわ」
「難儀な立場ですね。特級というのも」
「慣れると恩恵の方が大きいのよ? ――なんて、今あなたに言うような事ではないわね。また時間があるときに話しましょうか」
「機会があれば是非、お願いしまう」
今の、どころかこの先もないだろう。
早く見積もっても一〇年は先。実力云々以前に出身地の問題が解消されていない。
本登録させてもらったとはいえ、まだまだの段階だろう。
「キリハお前さぁ……何やったらあの”精霊騎士”に気に入られるんだよ? 羨ましいなんてもんじゃないぞ?」
「それを俺に聞くか。なんだ羨ましいって」
「羨ましいかは関係ないが、妙なのは事実だ」
こればかりは答えようがない。
そもそも俺自身の意思によるものではない。
「誤魔化さなくていーですよ尻軽共。思いっきり見惚れてたじゃねーですか」
「えー……ちょっと見ただけでここまで言われの?」
「とりあえず言い方だけ変えよう? 少しでいいから直らないかなぁこの言葉遣い……」
しかも平然と。
目を奪われていたという点に限ればイルエも同じだろうに。……おや?
「あの人、前から知ってたみたい、です」
そこには朝食をトレイに載せたマユがいた。
こちらに来たということは、おそらく。
「ま、マユちゃん? どうしてここに……」
「やることがない、ので」
「保護しているマユにそこまで色々は頼めないか、さすがに」
こんな場所へ連れ出している時点で今更な話のようにも思えるが、協会の線引きなど俺に分かる筈もない。
「それよりさ、前から知ってたって? あの噂よりも前から?」
「なんかそんな感じの反応だった、です」
ああ、やはり。
驚きは全くと言っていいほどなかった。
勝手な想像を繰り広げているわけではないと分かって安心すらしている。
「実は知り合いだった、なんてオチじゃないでしょうね。あんたさすがにそれは酷いわよ?」
「それはない。あの人が”精霊騎士”と呼ばれ始めたのは数年前の話だろう? つまり登録したのは更に前。聞いた覚えがない」
「故郷の外よ、外。ずっと閉じ籠ってたわけじゃないでしょ?」
……一つの集落だと思っているのなら当然の疑問か。
特にリィルは《魔斬》を見た上に、俺の故郷を知っているかのような発言まで聞いている。
別の惑星出身と口にするのは簡単だが果たして信じてもらえるだろうか。まずないだろう。
アイシャやリィルならある程度は真剣に聞いてくれるかもしれないが、頭の心配をされかねない。
「そんなことどうでもいいじゃないですか。今日のことですよ今日のこと! このままじゃ喋って一日終わりますよ!?」
「どうせどこかで特訓する気でしょ、あんたは」
「そんなの当たり前じゃないですか。なに言ってるんです?」
走り込みくらいならできるか。
それでもここにいる全員がやるのは厳しい。
「実際、休息日というには早過ぎる。昨日見たあれこれについて考えたくても材料がないときた。……本当にどうしたものか」
エルナレイさんが言ったような『何か』も思いつけそうにない。
仮に思い付いたところでそんなもの、協会でとっくに審議されているだろう。
「魔法の練習する場所もなさそうだよね。昨日の夜ちゃんと診てもらったし、今日も頑張ろうって思って――」
その時だった。
派手な、それはもう派手な爆発音が聞こえたのは。
「なっ、なんですか今の爆発!? 近かったですよ!?」
「向こう、です」
魔物ではないが、悠長に朝食を食べている時間もなかった。
(……一体誰が……)
反応は近い。合わせて二人。しかし余波は全くない。
「た、戦ってる? こんなところで!?」
「そうらしい。こんな時間から何を考え――……て……」
思わず二度見した。
視線の先。洞窟入り口の手前。
舞うように刃を振るっていたのはエルナレイさんだったのだから。
地に足を着けたまま。一瞬で二度、三度と刃を振るう。
甲高い音は鳴りやまない。金属同士の衝突。余波が岩のような地面を抉る。
「何やってやがるですかあの特級冒険者は!?」
「け、ケンカ!?」
「仲裁に入っただけと思いたいが……相手がいないか」
気絶させられたわけでもない。
野次馬は集まっているが、止めるものは誰もいない。
魔法が飛び交うわけではない。が、割り込む隙を見せようとしていないのも事実。
実力的な問題だと言うなら猶更――
「大丈夫じゃないかなぁ? あれ、そういうイベントっぽいし」
「い、イベント? ああ、通りで……」
精霊に呼びかけることも魔法を使うこともないわけだ。
レアムが声をかけてくれて本当に良かった。あと少し遅ければ乱入してしまっていただろう。
お互いの首元であえて刃を止めたその瞬間にでも。
「それにしても、相手は一体……」
どの程度力を発揮しているかにもよるが、エルナレイさんと互角に渡り合っている。
魔法を使うわけでもなく、左手の武具のみで。
やや大ぶりな片刃の剣。柄も刃も再度の異なるグレー。
途中に妙な凹凸を持った剣を木の枝のように軽々と振り回している。
本人からは魔力を感知できない。見ているだけでも相当の実力者だということはさすがに分かるが。
「[ラジア・ノスト]のリーダーだよ。キリハ君も聞いた事くらいはあるんじゃないかな?」
「例によって初耳ですね」
「やっぱりかぁ……」
……まさか協会が主催したのだろうか。
できれば思い過ごしであってほしかった。
「……特級冒険者って、見世物か何かの類語でしたっけ?」
「その言い方はさすがに心外だなぁ……ハハハ……」
ルークさんも似たようなことは思っていたらしい。
時には盾のように構えてエルナレイさんの刃を弾く。それでもお互い体制は崩さない。
「あの中にキリハ混ぜたらどーなるんですかね。そこそこやれそーですけど」
「とんでもないことを言うんじゃない」
「へ、変なこと言わないでよイルエちゃん……キリハも、やらなくていいからね?」
「頼まれてもやるつもりはないから安心してくれ」
争いでないのなら急を要する事態ではない。
観客もいきなりどこの馬の骨とも分からない輩が出てきたところで興ざめするだけだろう。
そもそもこの方法が正しいのか、という話はさておき。




