第53話 破壊力
「《流穿》」
「爆炎よ――《ブレイズキャノン》」
二つの魔法は平行に突き進み、鎧を砕く。
追って、一際大きな爆発。
あえて破壊した壁の残骸を飛び越えた鎧共はこちらを目指していた。
「《魔斬》――《魔打》」
懐へ潜り込み、切り裂く。
返す一撃は両手持ちの巨大な槌で。
地面に叩きつけたまま引き摺り残りも薙ぎ払う。
「《サベージスパイラル》」
「《連氷槍》」
一発の魔法を複数並べるのではなく、連なった九つの氷の槍を一つの魔法として。
壁の向こう側に現れた渦が鎧を押し潰し、逃れた三体を一気に破壊。
数をこなせばその強度に嫌でも慣れる。
当然、討伐のために必要な魔力の目安も。
問題はそれだけの数を仕留めてもなお終わりが見えないという点。
魔結晶すら残さない鎧の魔人は既に五〇〇を超えていた。
その多くは残骸すら残っていない。俺も正確に数えているわけではない。
「もう、埒が明かないわね。小出しにせず一〇〇体くらい纏めて呼び出してくれないものかしら」
「そうしたら今度はその頻度で襲い掛かるだけかと。いよいよ洞窟を埋める以外の手が残らなくなりますよ」
「それか、我慢比べね。もう少し待ってくれたらあの子達の手も借りられるのだけれど……」
「稼ぎましょうか? 時間」
「もしものときはお願いするのも悪くないわね」
怖いやら、頼もしいやら。
そんな耐久戦を仕掛けたところでメリットはほとんどない。
その程度で全滅できるならとっくにいなくなっていただろう。
エルナレイさんの魔力は相当のものだが無限ではない。それに何より。
「リィルは平気か? さっきからかなりの頻度で魔法を撃ってしまっているが、魔力酔いも……」
「ま、まだ大丈夫。ほんと、あたしのことばっかり気にしなくていいから」
やはりそこまで余裕は残っていないか。
リィルに限らず『殴り合い上等。全滅するまでかかって来い』なんて過激派は冒険者全体で見ればそう多くないだろう。
何よりこんな調子でバカスカ魔法を撃っていては本当に魔力酔いを起こしかねない。
「エルナレイさん、少し試してみたい事が」
「倒さず放置した際の変化、かしら? いいわ。試してみましょう」
「……ありがとうございます」
読んだのか。人の思考を読んだのか。
考え付いていたのなら先に提案してくれてもいいだろうに。進軍を止められないとは言わせない。
文字通り無限に湧くのなら一度完全に閉じ込めてしまうしかない。
だがもし、もしも、一度に呼び出せる数に限度があったとしたら。
迷宮全体のリソースの上限。キャパシティ。どんな理由でも構わない。
そこが分かればやりようもある。
少なくとも現在、最奥部からわざわざ出向いたりはしていない。どこかで生成されていることになる。
「閉ざせ」
今度は僅かな隙間も残さないように。
魔力の供給を断ち切り、かつこちらからの攻撃があってやっと破壊に至った。
あの鎧連中の攻撃手段の中にこれを一撃で破るものは現状ない。それは確信を持って言える。
「どう? 上手く行きそう?」
「おそらく。まあ問題が起きたらその時はその時だ。なんとでもなる」
「……ほんと、頼もしいわね」
勿論、起きないのが最善。
望みは薄い。向こうもそこまで馬鹿ではないだろう。
最悪、俺達の手前に呼び出すことも出来る筈。
「はぁ……ちょっと様子見に行こうと思っただけなのに……」
「すまない、俺も軽率だった。次は気を付ける」
「次ってあんた……そういう問題じゃないって分かって言ってるでしょ?」
近場までの往復とは異なり、見張りを立てる必要はない。
正確には、協会の巡回がある。場合によっては何人か冒険者に声をかける事もあるそうだが。
「それにね、あんたに文句があるわけじゃないのよ。あんな場所選んだのも被害が出ないように、とか色々考えたからなんでしょ、どうせ」
「そのつもりだった。それにしても……リィルは皆の事をよく見ているんだな」
「別にこのくらい普通よ、普通。あれこれ用意して用心してるあんたに言われたくない。まあ、そのおかげで助かってるんだけど……」
それもバレていたのか。
だが俺が見ているのはどちらかと言えば接近する外敵。リィルとは方向性からして違う。
「二人とも? 仲がいいのは結構なことだけれど、程々にね?」
「んなっ……!? ち、違います! 違いますから!」
「あらそう? じゃあ仕方ないわね。キリハ、隣に来てくれる? 少しお喋りしましょうか」
「!?」
「ご自身の言葉をもう忘れたんですか」
リィルもそんなに慌てなくていいだろう。こんなあからさまな冗談に。
変な提案なんてするものじゃない。こんなことならどちらか一人だけが残るようにしておくんだった。
「本当に冷たいわね。リィルさんとの態度の差は何? アイシャさんにも言われていなかった?」
「聞き耳を立てるなら俺の返答だけスルーしないでください」
「そう言いつつ、完全に拒絶はしないのね」
「少なくとも敵でない事だけは確かなので」
それに関してはリィルの言う通りだろう。
仕掛けるなら幾らでも機会はあった。正直、もうそこまで警戒はしていない。
「(あんたね……相手は特級よ? もうちょっと態度なんとかならないの?)」
「(ユッカからは『いつもと違う』なんて言われるくらいには変えたつもりだが)」
「(もうちょっと変えなさいってば。似合ってないとかそんなの気にしなくていいから)」
「(……誰かにそう言ってもらえるだけでも気が楽だ。ありがとう)」
「(お礼言うようなことじゃないでしょ。あたしなんて何回言えばいいのってくらいなのに)」
それは大袈裟だろう。
リィルが思い浮かべているであろう事案も数え切れる程度にしか心当たりがない。
それ以上詳しく振り返るための時間もたった今なくなった。
「……当たりか。エルナレイさん、そろそろ準備を」
「あなたが言わなかったら私が提案しようと思っていたところよ」
分かっているとも。
丁度一〇〇体に達したところで増加が泊まった。
それから三〇秒、一分……未だに変化はない。
更にその奥からも、別の道からも現れることはない。
「――集え光よ。刃に宿り、穢れ払いの聖流を呼び覚ませ――」
狙いは壁を破壊したその瞬間。
既に魔力の供給は打ち切っている。
あとは連中が体当たりで破壊して雪崩れ込むところを待つだけ。
「解除」
それでも問題ないと分かった上で、あえて自ら壁を取り払う。
「《雷雹流渦》」
「《ホーリーセイバー》!」
支えを失い倒れ込んだ鎧を一掃するために。
無数の礫氷を内包する雷の運河。
薄暗い洞窟を照らす閃光。
範囲を絞られながらも道を埋め尽くしてしまった二つの光がたちまち全てを呑み込む。
洞窟が再び薄暗さを取り戻す頃にはもう、そこには何も残っていなかった。
「……どういう破壊力してるわけ……?」
「心配しないで、リィルさん。ちゃんと出力は抑えているから。あなたもそうでしょう、キリハ?」
「当然です。洞窟を崩壊させたら意味がありませんから」
「まだ全力って言われた方がマシよ!!」
そんなことを言われても。
あの魔法自体、俺が考えなしにその場で思いついたものではない。
さすがに誰でも簡単にできるとまでは言えない。だがやり方次第で類似した魔法は作成できる筈。
「なんなわけ? なんなわけ!? あんた本気で危険種とでも戦うつもり!? 威力が足りてないってあれのどこが!?」
「いや、さっきの柱を一撃で完全に破壊する程度の威力は出せないと――」
「言い訳しないっ!」
「せめて話を聞いてくれ」
あまり驚いていないエルナレイさん――を参考にしても世界の一般的な感覚とかけ離れた結果にしかならないか。
だが、ないとは思えない。それこそあの支部長ならそれだけでステージができるだろう。……あの人も『一般的』ではないが。
威力に関しては身も蓋もない話、魔力量の問題。
イルエではないが俺を比較対象に選ぶのはあまりおすすめできない。
「その話は明日の朝にしましょう。今は戻るのが優先――」
悪寒が走った。
鎧の残骸はどこにもない。
これまで通り跡形もなく消えている。それはさっきも確認した通り。
代わりに、黒い靄のようなものが集まっていく。
「えっ……」
「あら……まだやる気?」
「……愉快な真似を」
砲撃も間に合わなかった。いや、そもそも通じなかったのか。
そうして現れたのは。
「…………何よあれ!?」
「退くのが先だ」
三メートル程の人型。しかし、馬のような四足歩行。
ケンタウロスの真似事か。無言だったさっきとは打って変わってひたすらに騒々しい。
しかも相変わらず鎧姿。
様子見に撃った《火炎》の手応えからして強度は更に増している。
「なんて品のない……《リバースウインド》!」
剣も一本に集約されたのかと思えばケンタウロス擬きの方から砲弾のように次から次へと放たれる。
サイズはケンタウロス擬きの手にあるものと全く同じ。俺達より大きい。
「……大した重さね」
「軽く返しながら言っても説得力に欠けますよ。当たらない方がいいとは思います……がっ!」
これは好都合。《魔斬》でも壊せる。
上半身を後ろに向け放った斬撃はミノタウロス擬きの得物から刃を奪った。
「どうしましょうか? もう一度吹き飛ばしてもおそらく結果は同じよ?」
「コアを確実に潰す以外ないでしょうね。……エルナレイさん」
「お手並み拝見ね」
「お願いします」
ブレーキをかけ、反転。
後ろからリィルの声が聞こえたが今は答えられそうにない。
おおよその目安はついている。だが《魔斬》では心許ない。
大火力で押し切れないこともないだろう。しかしそれは洞窟の崩壊につながる。
(……少しは温まっただろう?)
この短時間に二度も醜態を晒す気か。そんな事ないだろう。
「――《万断》っ!」
狙いは、一点。




