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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
XIII 一度ならず二度までも
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第529話 夢なんかじゃない

「……まるで私が常日頃から私欲のためだけにあなたへ会いに来ているかのような言い方をする必要など、なかったと思いますが?」

「本当のことだろうに。そのためだけにもっともらしい理由をでっちあげておいて何を今更」


 帽子の男が然るべき舞台へと送り届けられるのを見届けたかと思えば、イリアがそんなことを言い出した。


 不満を隠そうともせず、頬を小さく膨らませながら。

 わざとらしく、子供のような拗ね方をして見せた。


「事実だとしてもですよ。一体どうして、あんなものに話そうだなんて思ってしまったのか……。不思議で仕方がありませんね」

「挙句の果てにもの呼ばわりか……」

「それこそ今更の話でしょう?」

「開き直るな」


 しかしそんな仕草を見せたのも、ほんの一瞬。

 瞬きする間にいつもの澄まし顔に戻っていた。


 発言の内容を考えれば、むしろ悪化していると言えるのかもしれない。


「それに、ものという表現もあながち間違いではないでしょう。……まさか、気付いていないだなんて言いませんよね?」

「可能性の域を出ない。……それに、あいつが確かな自我を持っていたのも間違いない」


 ――連行させたあの帽子の男から、新しい情報などほとんど得られないだろう。


 戦闘の中で得られた情報以上に有意義なものが出てくるとも思えない。

 そもそも、あの男の身体がいつまで残っているかも分からない。


 無理に形を保たせようとしたところで、中身の方が崩壊してしまう。

 そちらを防ごうと思ったら、もうちょっとやそっとの作業では済まなくなる。


 今の時点では、連中も重い腰を挙げたりはしないだろう。


「それよりも、問題はあの銃だ。一体どうやって対策を練ったものか……」


 あの腰の重い連中が動き出すのを待っている暇はない。


 こちらでも警戒して置かなければならないことは山のようにある。

 あの銃はまさにその筆頭だ。


「あら、あなたには必要ないでしょう? あなたの今の仲間の安全も、あれにも最低限の知識さえ与えておけば問題はありませんよ」

「ヘレンを過労で倒れさせる気か。おい」


 不可視であるが故に、その攻撃方法がどのようなものであるかも判別できない。

 自らの五感を頼りに対処せざるを得ない。


 既に複数発同時に撃つことも可能だと証明されているのに、事情を把握しているのが俺達だけというのはさすがに問題があり過ぎる。


 そのくらいのことはイリアも分かっている。その筈だ。

 だというのに、イリアの態度は相変わらずで。


「案外、いい薬になるかもしれないでしょう? あなたに求められてからというもの、少しばかり生意気が過ぎますから」

「……また何かあったな、さては……」

「はてさて、何のことでしょう」


 とんでもない暴君もいたものだと嘆かずにはいられない。


 さすがに、本気で実行することはないだろう。

 俺の考えていることなんてとっくにお見通しだろうから、今のもきっと、ただの冗談。


 ……不穏な気配を感じたのは俺の気のせいだ。きっと。そうに違いない。


「いずれにせよ、あなたの今の仲間にアレの対策をさせるなど不可能ですよ。そもそもあの速度に対応できないのではありませんか?」

「……随分と手厳しいじゃないか」

「客観的な評価と言ってもらいたいものですね」


 バッサリと切り捨ててはいるものの、イリアの分析は何も間違っていない。


 おそらく同じ速度で刃を俺が振っても今のアイシャ達では反応が間に合わない。

 それ自体は、覆しようのない事実。


 今回と同様に魔法の無効化をセットしてくれやがることまで考えると頭が痛いどころではない。


「確かに、量産可能な代物である可能性を考えれば、警戒心を抱くのも理解できますが……そんなところばかり焦らせても仕方がないでしょう。少なくとも、攻撃側が見えないなどという限定的な状況を想定をするべきではありませんよ」


 全体的なレベルアップ。


 アイシャ達が望んでいないわけではないそれを、イリアは、必要なものだと言いきった。


 具体的なことは何も言わない。

 詳細は俺達自身で決めるべきだと、細かい指定はしなかった。


「それよりも」


 その代わり、というわけではないが。


「今はその騒々しい剣を癒すのが先ではありませんか?」


 イリアは呆れを隠そうともせずに、俺の腰でガタガタと揺れるそれを指さした。






「……解せませんね」


 キリハの話を聞いて、やっぱり、悩んでいるみたいだった。


「いくらなんでも納得がいきません。そもそも例の侵入者はどうなったんですか? あなた、見張っていたんでしょう?」

「それはもうしっかりと。その上で言っているんですよ」


 私達が起きる前から、キリハはずっと起きてくれていたみたいだった。


 ……だから、多分、あの時に見たものも……


「例の侵入者もどうにかなったようですよ。さっき、俺達の前に来て報告してくれたじゃありませんか」

「私達に解読できない方法でやりとりをされたというのに、納得できると思いますか? できませんよ。できる筈がないんです」

「またそうやって無理難題を」

「あの状況で疑うなとでも??」


 私達が起きてから少しして、あの光が出てきたのは本当。

 私達も、ちゃんと見たから。


 でも、あの時、キリハがどんな話をしていたのかまでは……誰にも分からない。

 ヘレンちゃんがいてくれたら、いつもみたいに不思議な力で教えてくれたのかもしれないけど……


「とにかく、サーシャさんを含め皆の不利益になるようなことはありませんよ。何一つ」

「そんなものは大前提です。それすら成り立たないのなら議論にすらならないんです。そんな話をしているわけではないんです。私は」


 迷宮の意思が、私達をここまで連れて来たってキリハは言った。

 ここは、教えてもらった場所にも近いから、って。


 一気に下に降ろされたって、キリハは言った。


 ちょっとだけ、怒った顔で。

 さっき、迷宮さんと話していた時にはそんな顔なんてしてなかったのに。


「そもそもあなた、姉様に協力すると言ったのでしょう? 言いましたよね? だとしたら当然、報告する義務があるんです。分かりますか? 分かりますよね?」

「ですから、言っているじゃありませんか。特別変わったことは何もなかった、と」

「減点10」

「そんなことを言われましても。ないものはないんですってば」


 だから、多分、キリハは嘘をついてる。


 私が見たのも、夢なんかじゃない。

 あの時キリハは、誰かと戦ってた。


 どこの誰かも分からないし、あの時、私に声をかけた人のことも分からないけど……キリハは、何か隠している。


(でも……)


 キリハは、不利益になることはないって言った。はっきり言った。


 あの言葉まで嘘だったとは思えないっていうか、あんまり嘘っぽくなかったっていうか……とにかく、不思議な感じ。


「どうしても納得できないのなら、嘘を見抜く魔道具でもなんでも持ってきてください。逃げも隠れもしませんから」

「あなたがここで白状してしまえばいいんです。そもそも、その気になれば防げますよね? できないとは言わせませんよ?」

「失礼な。俺がそんなことをするとお思いですか」


 ――でも、キリハにもそうしなきゃいけない理由があるのは、なんとなく分かった。


「これまでの言動を思い返してはどうですか??」

「出来るって言ってる時点で駄目じゃないの……」

「今ので言質もとられた、ですね」


 聞いてみないと、その理由は分からないけど。


「ですから――……おい、お前も乗るな。……俺が追い込まれている様を見ていたら元気が出てきた? そこまで言うなら、それっぽっちでは回復しない程度に疲れさせてやろうか……?」


 キリハの様子を見ていたら、きっと大丈夫なんだろうなって、そんな気がした。



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