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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
XIII 一度ならず二度までも
524/691

第524話 言われて止めるくらいなら

「《刈翔刃》」


 キリハが名を告げたその瞬間、ようやく形を成したそれらは小さな欠片へと姿を変えた。


 キリハの魔法に、瞬く間に切り刻まれてしまったのだ。


「……えっと、まだ何もしてないんだけど」

「お前が何かをやらかすまで悠長に待ってやる理由はない」


 困り果てた声の主に、キリハは淡々と返す。

 その手には、既に魔力の剣が握られていた。


「ちょっ、待った! 待った待った!」


 キリハの右手の《魔力剣》が光を宿した途端に、一転して、帽子の男は自らの両手を突き出した。


 その手に一瞬だけ目を向けて、キリハは《魔力剣》を握りなおす。

 刃に宿った光は当然、まだ散っていない。


「まずは自己紹介。うん、それがいい。そう言うのも全部すっ飛ばしていきなりっていうのは、さすがにどうかと思うんだよ」


 帽子の男の視線が魔力の剣へと向けられているのを感じながら、キリハは小さく息を吐く。

 焦ッ多様に言葉を紡ぐ男に、冷たい眼差しを向けながら。


「だったらお前は、ここを乗っ取る時にもご丁寧に挨拶したのか。……面白くもない冗談だ」

「いや、まあ……別に、その時にはしてないけど――」


 男の言葉は、それ以上続かなかった。


「あの……できればコレ、どこかにやってほしいんだけど」


 その首元には、淡い光を宿した小さな剣が、突きつけられていた。


 刃に気付いた男は、キリハからもはっきり見えるほどに頬を引きつらせていた。

 突如として出現した、小さくも鋭い刃に身動きを封じられていた。


「それはできない相談だ。どうしてもというなら、せめてここへの乗っ取りを中断してから交渉したらどうだ」

「……言われて止めるくらいなら最初からしないって」

「だろうな」


 キリハにとって、男の返答は予想通りのものでしかなかった。


 喉元に突き付けた《刈翔刃》も、いつ破られてもおかしくない。

 一時的に行動を縛ることはできても、長く抑え込めるとは微塵も思っていなかった。


「一応、そっちの話は聞いたんだからさ。できればちょっとくらいは、聞いてもらえないかなって思うんだけど」

「だが別に、お前がこちらの要求を呑んだわけでもない。……そもそも、何か、話せるようなことでも?」


 空間の歪みを感じたキリハは、予感を確信へと変える。


「《岩砕炮》」


 間もなく。広い空間のあちこちで急速に膨れ上がっていた魔力を、キリハの魔法はたちまち焼き切った。


 キリハを中心に、まるで円を描くように、炎の柱が次々と噴き出す。

 その全てが、彼らを標的としていた魔法を呑み込んでいた。


「……これがお前なりの話し合いか」


 全てかき消したことを確かめ、呆れたようにキリハは呟く。


 男の喉元に突き付けていた筈の刃も消えていた。

 代わりに、粒状の光が舞っていた。


「いやいや、別に、そういうつもりじゃなくてね? ただちょっと、落ち着いて話し合いができたらなぁって思っただけで」

「イリアや、アイシャ達のことを狙っておいてか。……お前はお前で、天条桐葉おれに対する認識を随分と間違えているらしいな」

「忠告どうも。次は気を付けるよ。……毎回毎回、こんな風に睨まれちゃたまんないって」


 ――膨れ上がった魔力の標的は、自身だけではない。


 そんな予感をキリハが抱くきっかけを与えたのは、魔法一つ一つに込められた魔力の量だった。


 防御を突破するためにせよ、明らかに過剰な魔力。

 それを、一点に絞り込もうとしなかった。


 守りがなければ、むしろ、アイシャ達の方が大きなダメージを受けることになっていたかもしれないと感じる程に。


「って、待った。どういうことさ、それ。他にもいるの?」

「ああ、いた。……お前と違って、乗っ取りを仕掛けるような人では、なかったが」


 声を一層低くし、キリハは告げた。


 その人物の名前を口にはしない。

 訊ねられても、答えるつもりは彼にはなかった。


「いやァ、分かんないでしょ。取り入っていざって時に戦力として使いたいのかもよ?」

「そう思っているのなら試せばよかったものを」


 あり得ないとはあえて言わず、キリハは再び《刈翔刃》に駆けろと命じた。


 地面から、先程よりも急速に成長していったモノが、瞬く間に切り刻まれる。


 そうしてそのまま、散った残骸を光が跡形もなく消し去った。

 空飛ぶ剣が姿を変えた光の魔法によって、消し飛ばされた。


「……無理ムリ。絶対に無理だよ。嘘とかそういうのは、得意じゃないから。もしバレたらと思うとぞっとするね」


 冷や汗を垂らしつつも、帽子の男の声の調子は相変わらずだった。


 代わりに数歩、後ろに下がる。

 数歩で止めざるを得なかったのは、氷の牙が、扉を閉じるように噛みつかんとしていたからだったのだが。


「バレて困るようなことをしなければいいだけだろうに」

「バレたら困ることはするなって、その台詞はそっちにも刺さると思うんだけどなァ……」

「否定はしない」


 痛いところをついてくれたと、心の内でキリハは呟く。


 実際、過去の戦いはまさしくそういうものだった。

 表沙汰にならないよう、隠蔽した経験は彼自身にもあった。


 目の前の男の境遇がそれと同一とは思わなかったが、それについては、キリハも何も言わなかった。


「……ねェ、ここはやっぱり、お互い引き下がるってことでどう? こんなところでやりあったって、損じゃない?」

「どこで何をしでかすかも分からないような輩を放っておけ、と? 他で被害が出ることを考えれば、ここでの疲労なんて屁でもない」

「そんなことは言ってないんだけどなァ……。酷い評価だ」

「お前がこの場所でしたことを考えれば真っ当な評価だろう」

「そうだけどさァ……」


 自らの言葉に項垂れる姿を見ても、キリハの中に加減をしようという感覚は欠片もなかった。


 この期に及んで引き下がるなどと言われても、違和感しかなかったのだ。


「じゃあ、分かった。そういうことなら、取引しよう。なんだっけ? おかしなことはしませんって、誓わせてくれてもいい」

「……それで代替案のつもりか?」

「まあまあ、最後まで話を聞いて。あれもこれも却下されたらこっちもどうしようもないんだから」


 人懐っこそうな表情も、キリハの警戒心をあおるのみ。


 無論、帽子の男がそんなキリハの内心に構うことはない。


「代わりと言っては、なんだけどさ」


 そこで一度、言葉を区切ると。


「その袋に仕舞ってるもの、渡してくれない?」


 一転し、険しい顔つきでキリハが腰につけたそれを指差した。



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