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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
III 迷宮探索
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第52話 大きな変化

「もぅ……まだなんか掴まれてる気がする……最悪……」


 まとめて斬り落とした真っ黒な触手を焼き、足を掴んでいた手の部分を取り除いてもリィルの嫌悪感は拭いきれないようだった。

 不快なぬめりのようなものはなかったが、そういう問題ではないのだろう。


「一体何が目的だったのかしらね。逃げられたのは痛手だわ」

「捕縛する手立てがなかった以上、遅かれ早かれこうなっていたとは思いますが」

「せめて有効打の一つでもあればよかったのだけれど」


 腕が本体だったとも思ない。

 もしそうなら切断した時点で靄も消えていた筈だ。


 しかし実際には消失するまで数秒ほどラグがあった。

 残っていた力で存在を維持していたという可能性もなくはないが、それを今更証明できる筈がない。

 完全に消えたという保証がどこにもない。


「……あら? リィルさん、足に何か……」

「うそっ!? ど、どこ? どこですか!?」

「右膝の少し下の――ごめんなさい、ちょっと失礼するわね?」


 まだ何か?

 手の部分を取った時におかしなものは何もなかった。

 その後で現れたのならそれはそれでホラー現象だろうが、リィルには言わないでおく。無駄に怖がらせる意味がない。


 そうしてエルナレイさんが回収したのは糸とも蔦とも取れる奇妙な物体だった。


「これは……文字、みたいね?」

「すみません、横から失礼。……『タチサレ』? 立ち去れと伝えようとしていたのか……?」


 しかし他にどうとも読めなかった。

 声を発する事ができなかったのか、それとも。


「あんなお化けみたいなのが? ないでしょさすがに。たまたまそれっぽくなっただけとかじゃない?」

「その可能性は低いわね」


 リィルの言い分はもっともなものだった。

 諸々を踏まえても矛盾が生じる。俺達が見落としている何かがあったとして、都合よく解消してくれるとは限らない。

 一応、妄想の塊のような可能性もなくはないが……


「よく見て。少し歪ではあるけれど、偶然にしては出来過ぎているのが分かるでしょう? しかも形を変えられない。意図的なものと考えるのが自然だわ」

「ただ、代わりにあの幽霊がいよいよ魔物でないことになってしまいますね。既に魔物の範疇を越えていたとはいえ」

「さしずめ迷宮の意志、といったところかしら」


 しかもリーテンガリアの公用語を。

 分かっていなければそれはできない。まさかあの一瞬でリィルの記憶を読み取ったとでもいうのだろうか。


 馬鹿げた可能性。しかし今、俺の手元に否定できる材料は何もない。

 一瞬感じた寒気がそれだったとしたら。勿論、最初から知っていた可能性もないわけではない。


「でもおかしくない? だったらどうしてさっき閉じ込めたりしたのよ。あんたがいたからよかったけど、あんなことされたら普通どうにもならないじゃないの」

「可能性としては低いが、メッセージだけ伝えて帰すつもりだったか或いは――」

「相反する二つの思念が存在しているか、ね」


 口にしたエルナレイさんもそこまで信じているわけではなさそうだった。

 無理もない。あまりに都合が良すぎる。


 腕と靄がそれぞれ別の存在と言う前提。かつ他に何も伝える手段がなかったのなら成り立たないこともないが。


「ところで、あなたは気付いてる? もうかなりの数になっているようだけれど」

「こうも分かりやすければさすがに。あの靄との関係性を考えている暇は……なさそうですね」


 洞窟の奥から迫る足音。

 一つや二つではない。

 他所の冒険者の一団のものでもない。

 一〇、二〇……いや、それ以上。


「ちょっとやめてよ。そうやってどんどん話進めるの。さっきからなんの話してるわけ?」

「その説明は後でする。とにかく今は入り口に」

「どこかである程度数を減らしておく必要はありそうね。その時は遠慮なく先に戻って頂戴ね」

「あの、だからそれどういう――」

「魔物だ。それも人型。何体いるか分からない。ほら、急いで」

「魔物って……あんたまたそんな――」


 俺とエルナレイさんに挟まれたリィルは後ろを見て、


「…………ぁああっ!?」


 信じられないとばかりに大声を上げた。


 視線の先には鎧のような何か。

 機械のように統率された集団。盾はなく、背丈ほどの長剣をそれぞれ右手に進軍を続ける。


 様子見の《土壁》も《氷壁》も力任せに押し破り、強めの《旋風》を浴びせてもビクともしない。


「思ったよりも速い……夜は随分と情熱的なのね? 不気味なほど寡黙だった日中とは大違いだわ」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよね!? このままじゃ追いつかれますよ!?」

「分かってる。だからというわけではないが、リィル。抱えて逃げる間、少し我慢してもらっていいか?」

「は、はぁ? 抱えるってそれどういう――」

「すまない」


 今、詳しく説明している時間はない。


「ちょっ、あんたそんな重――」

「《加速》」

「――――――っ!?」


 音になりきらないリィルの悲鳴。首に掛けられた手に力がぐっと込められた。


 地図とは別に置いておいた目印がこんな形で役に立つとは。

 おかげで迷う心配もない。代わり映えしない景色の中を突き抜ける。


 時間にしてみればほんの数秒。外に出さないことを考えるとこれ以上入り口へは近づけない。

 エルナレイさんの方は心配しなくてもいいだろう。ほぼ真横にずっと気配があった。


「大したものね。リィルさんを抱えて速度が落ちないなんて」

「軽すぎて心配になるくらいでしたよ。……リィル、降ろしても大丈夫か?」

「ぇ……あ、うん……」


 ……大丈夫だろうか。本当に。

 ふらつく事こそなかったが、どことなく呆けてしまっているような。


「すまない、驚かせてしまって。他にいい方法が思いつけなかった」

「い、いいわよ別に。そういうあんたは? 今ので疲れたとか言わないでしょうね?」

「俺は勿論、この通り。……それより、今は」

「ええ、すぐに見えるわ」


 俺達のペースアップを受けて連中も明らかに速度を上げていた。

 まだ入り口までに分岐は複数ある。が、迷いなく俺達へ向かって来る。


「リィルさんは念のため後ろの警戒をお願いね。あなたも、例の魔法を」

「もう展開しておきました。ここからは様子を見ながら少しずつ後退でいいですよね? 情熱的かはともかく、変化が大き過ぎます」

「そのつもりよ。もう私の考えが読み取れるようになったのね」

「いえ、別に」


 強引な殲滅は却下。情報伝達の必要もあるだろう。

 その辺りを諸々踏まえて俺なりに結論を出したに過ぎない。


「なんて素っ気ない……まあいいわ。まずは私から」


 引き抜いた剣も俺達が普段目にするそれとは比べ物にならない。

 無駄に複雑な作りをしているわけでも、過度な装飾が施されているわけでもない。

 それなのに、不思議と気高さのようなものを感じさせる。


 妙な違和感さえなければ、エルナレイさんの動きのみを見ていただろう。

 決して使い慣れていないわけではない。隠している、とでも言えばいいのだろうか。


「……彼女には悪いけど、いい機会ね」


 囁くような声が耳に届いた。

 効かせるつもりがあったのかは分からない。


「――《魔斬》」


 だがその真意は、結果を前にすぐ分かった。分からない筈がなかった。


「あの魔法……!?」

「ああ、間違いない」


 名前まではっきり聞こえた。

 見せつけるような魔力の斬撃が分かれ道から現れたばかりの鎧を一体切り裂く。


 残りは岩と氷の壁でまた足止めにかかる。《万断》の練習に使ったように、魔力で補強を続けながら。


「理屈さえ分かればそう難しい魔法ではないわよ? あなたの故郷にも少なからず使い手がいた筈でしょう?」

「……ええ、いましたよ。早い段階で覚えたと言う人もそれなりに」

「簡単なわけないじゃないの……」


 俺の故郷とは無関係の筈のエルナレイさんが使えている

 魔力による斬撃強化を行わないわけではないだろう。実際、レアムもそれらしいことを言っていた。

 俺のように斬撃を飛ばすとなると話は別だ、とも。


 実際《魔斬》の使い手もそれを基準に二分されていた。

 魔戦で用いられた刃物は《魔力剣》だけではない。氷魔法を利用したあの人は勿論、特殊な武具も作られた。

 他にも手刀を振るって発動させた事例がある。


(だが、今は……)


 ほんの一部、一体だけ通せるように開けた隙間。

 そこから出て来る筈の魔物の相手が先。


「《魔斬》」


 詰め寄り、振り切る。

 仕留められたのは二体。大目に魔力を使っていなければどうなっていたか。


(固い……)


 何かの合金? 一体どこからそんなものを。

 少なくとも魔法防壁を上掛けしているのは間違いない。


「《魔斬》、《衝撃波》」


 顔を出したばかりの三体目を裂き、体勢はそのまま続く四体目を吹き飛ばす。

 飛び退いたところへ再びエルナレイさんの斬撃。これで六体。


「《斬水》、《薙炎》」

「裂きなさい――《テンペストエッジ》」


 ……低級の魔物とは比べ物にならない。

 エルナレイさんの表情を見るにこれまで確認されていた魔物ではない。


「間違っても洞窟を壊さないで頂戴ね? まだ探索は終わっていないんだから」

「だったらこのままやってしまいますか? 強行突破。リィルを地上に送り届けた後で」

「魅力的な提案ではあるけれど……さすがにまだ情報が少な過ぎるわね」


 向こうも同じ意見らしい。

 壁を維持しつつ、頃合いを見て大火力を叩き込んでしまおうか。

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