第510話 なぜ閉じた?
「これがもう少し人工物に近ければ、パズルにするのも楽だろうが――」
言いながら、もう一度調べ直す。
しかしやはり、奥へ進む手掛かりのようなものは何もない。
壁に張り付くように向かわせた探索部隊のかの報告も未だにない。
「ねぇ、キリハ? どうしてそう言いながら、あちこち押してるの……?」
「この形状でも、全くできないわけじゃない。念のためだ。念のため」
なんて、言ってはみたが実際は違うだろう。
隙間があるのは間違いない。
が、ただ押せば通れるようになるというわけでもなさそうだ。
「マユとキリハさんが押せば通れるかも、です」
「試さなくていいわよ。怪我するかもしれないのに。……あんたも、そのくらいにしなさいよ?」
「ああ、勿論」
リィルが心配しているようなことをするつもりはない。
魔法に対する妨害はないまま。
使えるものを遣わずに、素手だけで突破を試みる必要はない。
勿論、馬鹿みたいな火力を真正面から叩き込む必要もない。
「いざとなったら、この辺りで掘り進めてしまおうかと」
「!?」
論より証拠と、魔力をそれらしい形にしたものを両手で掴む。
同時に使うことはないが、そういうものの用意も、出来なくはない。
「今の、今の……っ! もう1回見せてください、ですっ!」
「やめなさい!!」
普段なら絶対に手にしないようなものばかり作り出したせいか、マユの目が輝き――すかさず、リィルに取り押さえられてしまった。
「あんたも! 何よさっきの!? いつもの剣とか槍じゃなかったじゃないの!?」
「それ用に調整したんだ。剣や槍で掘り進めるのは、俺もさすがに」
「調整って……」
この壁に向かって《魔斬》を何発も撃ったところでロクなことにならない。
それならまだ、あれやこれやを組み合わせてドリルもどきでも用意した方がマシというもの。
……それはそれでとびっきりの反応が返ってきそうだが。
「忘れたか? あの武器の形は自由自在、その気になればいくらでも変えられる」
「さっきの、工事のおじさんが使う道具じゃなかったっけ……?」
「そのくらいの応用は利くとも。使う機会は滅多にないが」
理論上はできる筈だと、試したことはあった。
結局、どれも手には馴染まなかったが。
とりあえず、次は出さない方がいいだろう。
「……聞いたことがありませんよ。自力で穴を掘り進めるなんて……!」
少なくともサーシャさんの前では、絶対に。
「現実的な策だとは思っていませんよ。多少強引に進めたとしても、時間がかかりすぎますし」
「それが分かっているならわざわざ言わないでください。あんな物騒な見た目の道具を出さないでください。いちいち指摘する方の身にもなってください」
「お手数をおかけしました」
ここでいつまでも足止めを食らっていては、ユッカ達にも心配をかけてしまう。
「それにしても、どうしましょうか……見たところ、入口の壁を解除できそうな物はありませんでしたし」
「ですが、他に通路もありません。何か見落としているものがあるのは間違いありませんね」
壊すだなんだとシャレにもならない話ばかり続けるわけにはいかない。
「……ねぇ。こんなこと言うのはどうかと思うんだけど、閉じ込めてそれで終わりってことだって……」
「「それはない(ですね)」」
リィルが懸念したような状況でないとはいえ、待つのは愚策だろう。
これだけ経ってもまだ入口の壁が解除される様子もない。
「いくらなんでも長すぎる。行き止まりだということを悟らせないとしても、ここまでの距離を用意する必要はない」
ただ、閉じ込めるためだけにそうしたとは思えなかった。
「それに、あんな風に道を遮った割には何もありません。奥まで進ませることを強要したのなら、その先には何かがあってしかるべきです。……私達にとって脅威となるものだとしても」
「「「っ……」」」
サーシャさんが言うような『何か』も見当たらない。《小用鳥》を向かわせた時から、ずっと。
「何もそんな、脅すような言い方をしなくても」
「本当のことですよ。そう言うあなたも、同じことを疑っていたでしょう?」
「一応、可能性としては」
だから実際には、アイシャ達が心配しているような展開が訪れることも、おそらくならない。
(それなのに、どうして閉じる必要があったのか……)
サーシャさんの言う通り、退路を断ち切った割りには何もなさ過ぎる。
俺達を誘いこんで餌にしようとしていたのならまだ分かる。
迷宮がただ冒険者に利益をもたらすだけの存在でないことは知っている。
ただ、そのつもりがあるならとっくに動いていなければおかしい。
(そもそも、これだけの長さにする意味……大勢を巻き込めるのは間違いないが……)
まさか次を待っているわけでもないだろう。
仮にあの壁が外からの侵入のみを許すものだったとして、飛び込む無謀な冒険者がどれだけいるか。
大体、そんな大人数が都合よく集まってくれるとでも――
(……大人数…………)
――もし、ここが以前のように大々的に開放されていたら。
当時の参加者も、そうでないものも、きっと集まっていただろう。
そしてそのまま、内部へ足を踏み入れた。
それこそ、この道がすぐに埋まってしまうくらいに。
となれば、かなりの重量。
装備も含めたらどれだけのものになるか、想像もつかない。
(我ながら、また奇妙なことを……)
――が、試してみる価値はある。
解く何かを壊すというわけでもない。
違っていたら、その時は入口の壁諸共《解砲魔光》で吹き飛ばしてしまおう。
(数は、できるだけ多く……ついでに、できるだけ重く)
迷宮自体、常識が通じない場所。
だったら、少し非常識な突破方法があってもおかしくない。
「ねぇ、キリハ? ……もしかして、何か魔法使おうとしてる?」
「ああ。今からこの道に、冒険者の代わりの重りを用意してやろうかと」
「へ?」
「どうしてそこで冒険者が出てくるのよ。というか、重り……?」
多少強引だが、今この場で用意できるのはそのくらい。
「ちゃんと後で説明する。今はとりあえず、横の壁につかまっておいてくれ」
入口まで、俺達を含め、可能な限り重量は均等に。
「――《氷像》」
後は、少しでも多く並べてやればそれでいい。
像と言っても、造形に凝る必要はない。
用が済めば、後は片づけてしまえばいい。
(あとは――)
これで道が開けてくれるか、ただそれだけ。
「わっ……!?」
――そして。
「な、何? なんの音……!?」
「まさか、魔物じゃ……!」
「いや、それはない」
並べた《氷像》が期待通りの役割を果たしてくれたと、すぐに悟った。
「動いてる、です……っ!」
轟音とともに、地面は緩やかな降下を始めたのだ。




