第51話 夜中にこっそり
「《万断》」
探索中、偶然見つけた地底湖。
主を失った泉を貫く分厚い氷が二つに割れた。
しかしそれはあくまで水上の部分だけ。水の中でたちまち威力が殺される。
「……まだこの程度か」
呆れるしかない。
設置した岩の柱は内部からの補強等を施したもの。
持続的な魔力供給を受けながら、的以外に使い道のないハリボテ。
最下層までは届かないように調整したつもりだった。だがまさか半分にも届かないとは……
予め同量の魔力を用いた《魔斬》では破壊できないことも試している。
つまり、間違いなく《万断》として放った一撃ということ。
話にならない。スライム擬きに使った時の方がまだマシだ。
的を修復してもう一度放ったが、結果はほんの少し深く食い込むのみ。
これでは魔力を大量に注いだ《魔斬》と大差ない。
想定外の火力で崩壊させるよりはマシだろう。
それ以外に擁護できそうな要素は一つもない。
余計な心配をかける前に戻りたかったが、どうやら既に手遅れのようだった。
「……呆れた。こんな時間にコソコソ入り込んで魔法の練習? 何考えてるのよ、まったく」
「大丈夫だ。ルークさんから許可は貰ってる」
「そういう問題じゃないわよ。ルークさんもなんで許可出したのよ……」
現れたのはリィルだった。
冒険者達に狩りまくられているとはいえ、ここまで来るのも楽ではない。
後ろで微笑んでいる特級冒険者様が手を貸したのだろう。その意図はさっぱりだ。
「それにしても、何故あなたが?」
「そんなに警戒しなくてもいいじゃない。洞窟へ入って行ったあなたのことを気にしていたんだもの。放っておけないわ」
「べ、別にあたしは心配してたわけじゃ……!」
「……分かりやすい反応ね」
今回ばかりは全面的に同意する。
さすがに分かっていてつつきはしないが。
「ところで今のが《万断》? 話に聞いていた程の威力ではないようだけれど」
「だから被害が出ない場所を選んで試していたんですよ。今のままでは倒せる相手も倒せなくなるので」
「あら、危険種とでもやり合うつもり?」
「その必要があるのなら」
ないとは言い切れない。
特にこの前のあの男。
今のところ動きは見せていないが、あの男ならやってもおかしくない。
そのつもりでいなければ向こうの策に一々驚かされてしまう。
「あんたまだ強くなる気? ほどほどにしなさいよ? それに危険種ってあんた……」
「勿論それもある。だが今はそれ以前の段階だ」
危険種の脅威は聞いている。
本来、個人で相対するものではないということも。だがそんな事情を向こうが汲んでくれるわけでもない。
この迷宮の最奥部にも、ひょっとしたらそれらに匹敵するような怪物が潜んでいるかもしれないのだから。
「……まぁその辺りは分からないけど、無理だけはしないでよね? あんただって疲れることくらいあるでしょ」
「人並みには」
「じゃあもうちょっとそういう素振り見せなさいよ。分かりづらいのよあんた」
「……善処はする」
どの程度を目安とするべきか。
その辺りは追々考えていけばいい。少なくともあんなものを《万断》とは呼べない。
最低限、セーフティがかかった状態であの的を両断できる程度にはならなければ。
【クスクス……】
……今度は、何が?
どこからか響く笑い声の主の姿は見えない。
大きな音ではないのによく響く。
見落としたのかもしれない。
目を凝らして泉を調べるがやはり見つからなかった。
それでもと《小用鳥》を飛ばすべく見上げて、やっと見つけた。
【クスクスクス……!】
まるで幽霊のよう。
青白い光を放つ靄。
目が光っているわけでもなく、空に浮かびこちらを見下ろす。
どこから音を発しているのかさえ分からない。
「ちょ、ちょっとやめてよ。あんたまた……」
「いや違う。今回は俺じゃない。念のため後ろに。――《火炎》」
もし勘違いだった時の事も一応考えて、軽めに三発。
距離はあるから避けられてもおかしくない。そのつもりで撃った。
(すり抜けた……?)
しかし、空に浮かぶそいつが回避行動を取る事はなかった。
その必要がなかった。
「《火炎》、《氷塞》……やはりか」
「特定の魔法だけを透過するわけではなさそうね。そもそも実体を持っていないのかしら」
以前、ローブを着たライザとの戦闘で用いた手も通じない。
幽霊説もいよいよ現実味を帯びてくる。
それらしい話を聞いた事はないが、発見されたばかりの迷宮。何が出てもおかしくはない。
「え、何? なんの話よ? なんでそんなに落ち着いて分析できるわけ!?」
「そもそも魔物ではないかもしれないということだ。《旋風》、《雷撃》、《岩槍》――ち、属性を変えても駄目か」
隣からもの言いたげな視線が向けられるが答えている場合ではない。
威力にこだわらなければどの属性も扱える。どうしようもないくらい適性がない、というケースは除くが。
「一旦退きましょう。今ここで無理に対処しない方がいいかもしれません」
「追って来るなら迎撃も止む無し、といったところかしらね」
協会にも説明しておいた方がいいだろう。
そう思って引き返したが、すぐに足を止めさせられる。
「う、うそっ。閉じ込められて……!?」
「関係ない」
なめた真似をしてくれる。
幽霊が作り出したであろう不可視の壁を、力任せに。
超常現象という程ではない。極端な話、魔法の同類だ。そうでなければ拳一発で叩き壊せはしないだろう。
「今の内に。エルナレイさんも」
「……ほんとに素手で魔物も倒せそうね」
「その話はまた後で。――《煙幕》」
目くらましなど効果はないだろう。そのくらいは分かっている。
「ちょっと!? そんなことしたら見えなくなるわよ!?」
「何、ちょっとした実験だ。試しておかないと後々困る羽目になる」
とは言ったものの、最初の《火炎》を吸収しなかった時点で答えは見えていた。
あくまで確認。念のためだ。
可能性があるとしたらそのままの状態の魔力。紛れ込ませた量的に何の変化もないとは思えない。
そして、結果は予想通り。
「普通にすり抜けて来たみたいね」
「肥大化した様子もなし、か」
「怖いこと言わないでくれる!?」
「逆だ。魔力を吸い上げるならそれを利用して簡単に仕留められた」
たとえば、制御を放棄せず、吸収した瞬間に内部から崩壊させるとか。
多少のリスクはあるが《吸奪》も効いただろう。
未だに大きく形を変えない辺り、幻影の魔法でもない。
「エルナレイさんは何かご存じないですか? あの手の相手への対策。精霊の力は俺達のものとはかなり異なると聞きますが」
「ごめんなさい、あの子達も夜は眠っている子が多いの。特に光の精霊は夜が苦手だから……」
「でしたら、闇は?」
「あなたが魔法を試している間に呼びかけたのだけれど……気分屋なのよね」
そういうことなら仕方がない。
無理強いをしても機嫌を損ねるだけだろう。
気配を遮断するのではなく、一瞬だけ攻撃を完全に無効化しているわけでもない。
だったら、次は。
「《氷壁》」
道を完全に塞ぐ。隙間のないように。
今ならまだ、地底湖に続く道以外に影響はない。あの先に何かあるのならその時解除でもいいだろう。
しかし。
「すり抜けられてるじゃないの!?」
「想定の範囲内だ。《炎壁》」
砕いて、次は炎で塞ぐ。
まだ距離はある。追いつかれた影響もどうなるか――
「ひゃんっ!?」
突如、リィルが足を止めた。
「リィル? 」
「あ、足が……」
「足?」
視線を落とすと、確かにその通りだった。
幽霊と同じ、青白い触手のような腕。
何本も地面から伸びてまとわりついている。
(触れる? あの霊体とは別の何かだとでも?)
確かにあの壁には物理的な干渉も効いた。
それを考えればおかしなことではない。ないのだが……
「リィル、今何か他に違和感は? どんな些細な事でもいい」
「な、ない。それより取って! さっきから変な寒気がして……!」
「……痛かったらすぐに言ってくれ」
感覚の共有。
リィルの意思を無視して強制的に行うことも出来ないわけではないだろう。
慎重に魔力の刃を当てたが、リィルからの反応はない。
そこまで分かれば、もう他に躊躇う理由なんてなかった。




