第503話 挟まれるくらいなら
「分岐点を見つけたらすぐに知らせろ。どんなに小さなものでも、先に行き止まりがあったとしてもだ。……分かったな?」
指示への返答の代わりに20羽程の《小用鳥》達は我先にと飛び立っていった。
(……期待通りの成果が上がるとは、限らないが)
正直、この区画が今どんな状態になっているのか見当もつかない。
昨日の段階で調べていたエリアの更にその先を調べておけば、きっと何かの役に立つ。
昨日向かわせていた方もまだまだ動ける。
全て合わせたらそれなりの数になってくれるだろう。
……昨日の残りを俺がまだ生かしていると悟られない限り。
「……あれらの行動がどれだけ評価に影響するか、理解しているんでしょうか。彼は」
「お願い、もうちょっとだけ待って。もうちょっとだけ。さすがにキリハも、本当にそこまでするつもりじゃないと思うから……ね?」
「とてもそんな風には見えませんが??」
軽く小突いてみたり、小さな破片を蹴り飛ばしてみても、反応はない。
音に気付いた魔物の類が近寄ってくる気配も、まるで。
鳥に紛れて放ったトカゲ型の方も、今のところ何かの罠にかかった様子はなかった。
(落とし穴の類はたまに見つかるそうだから、もしやと思ったんだがな……)
以前のようにショートカットできれば、なんて望みはさすがに強欲が過ぎたか。
多少目を凝らした程度で見つかるようなものも、ほとんどない。
どうにか絞り出しても、まだたった1つ。
「ああ、そういえば。あの光る岩のある辺りは気を付けて。ただ親切心で目印を置いたとは思えないので」
「何かあるかも、ですよ?」
「お宝以外だったら困るから後回しにしよう、今は」
ほんの少し、見た目に引っかかりを覚える程度のものしかなかった。
さすがに下を掘り返しても、ありがたいものが出てくることはないだろう。
隠し通路のスイッチ、にしては、近くに空洞らしきものもない。
「罠の心配はありませんよ。見たところ、ただ光を放っているだけですから」
その答え合わせをしてくれたのは、方眼鏡の位置を整えたサーシャさんだった。
「……さすがと言わざるを得ませんね」
「何故そこで悔しそうな顔をしているんですか」
「いえいえ、そんな。これっぽっちも」
何か、肉眼では見えないようなものが見えているのだろう。
そもそも[ラジア・ノスト]は探索を主にしている集団なのだから、当たり前と言えば当たり前。
きっと市場に出回っているような品ではないのだろう。
そんなことを考えていると、何故だか、アイシャが近づいてきて。
「ねぇ、キリハ? やっぱり……サンシャメンダン? は、止めにしない? 奥に行かないといけないのは分かるけど、さすがにそこまでするのは……」
「ついでだ、ついで。……勿論、そんなことのためだけに行くわけじゃない」
「またそうやって怒らせそうなこと言って……」
……今なら話ができるとでも思われたのだろうか。
さっきまで引き気味だったことを思えば、あり得ない話でもない。
勢いで飛び出た単語をわざわざアイシャが口したのもいい証拠。
(あんな態度を取ったことがそもそもの原因とは言え……ぐぬ……)
「いっそのこと、引き離してしまってはどうですか? 多少非効率でも魔力の剣の方がましですよ。あれでは」
「確かに、そう言いたくなるのも分かるんだけど……う~ん……」
「どうしたというんですか。まさか、他にも問題が?」
向こうは向こうで何やら話しているが、こちらはこちらで由々しき事態。
「あの剣さん、置いて行ったら、怒って飛んできそう、ですし」
「……まともに考えるだけ無駄そうですね」
一応、理由はある。それなりに、まともと言って差し支えのないものが。
ただ、話した時の本人の反応が目に見えている。
それか、言うなと抵抗されるか。
押し負ける気はしないが、そこまでする必要はないだろう。俺だって鬼じゃない。
「それにしても、何もないわね。魔物もそうだけど、もうちょっと何かあるものじゃない?」
「やっぱり、キリハさんが来たからだったり、して」
「そんなことある……? ……あるの?」
「なんとも言えませんね。その辺りは。こうして再度訪れること自体、決して多くはありませんから――」
「《魔力槍》」
いずれにせよ、直接向かわなければならないことに変わりはない――そう思っていた時だった。
「き、キリハ? どうして槍を……まさか、また……」
「いいや、違う。叩き落すならこっちの方が都合がいいからそうしただけだ。……あの辺りに、魔物はいない筈だが……」
正面から飛来した黒。
全て槍でたたき落としたはいいが、その方角に魔物の反応はない。
(いいから、お前は大人しくしておけ。……そんな調子のお前を振り回すつもりはない)
獲物と気付いた剣は、ひとまず抑えておくことにする。
いつもより力がない分、動きを封じるのは簡単だった。
「それから、マユ。今は後ろの警戒を頼む。……あの黒いのには、武器越しでも触らない方がいい」
「了解、です」
ひょっとすると、万全な状態でも、使うのは避けた方がいいかもしれない。
槍の先端から魔法を放ち、黒をかき消していく中でふと、そう思った。
放たれる間隔はそう狭いものでもない。
「《穿流星》」
渦を巻かせた槍を自ら手放しても、再び手に取る余裕は十分にあった。
(これでも、手応えはなし……呼び戻した《小用鳥》も、魔物を見つけたとは言っていない……)
それよりも、問題は、その一撃が何も貫かなかったこと。
「《薙焔》」
躱したのではなく、そもそもそこにはいなかった。
(この壁を使って跳ねさせているなら、まだ分からなくもないが――)
真正面から飛んできた黒の塊が辿ったであろう道筋を遡らせたにもかかわらず、だ。
「《雷雹流渦》」
続けて放った魔法も、結果は同じ。
(範囲を広げても当たった気配は依然なし、と……)
壁の凹凸を全て削り落とすレベルまで範囲を広げたら話はまた変わるだろう。
が、そんなことをしたらこの区画そのものが形を保てなくなってしまう。
(随分と、気まぐれな――)
ならばと、次の魔法を構えようとしたその時、気付いた。
「《刈翔刃》」
はるか後方から迫る、魔物たちの存在に。
「サーシャさん、後ろから」
「言われなくても分かっています。……あなたが討たなければ、私が撃っていましたよ」
「そいつはどうも」
――挟まれるくらいなら。
「《凍獄尋雷》」
選んだのは、正面突破。
「な、なに!? 今の音……!?」
「あの辺りを丸ごと氷漬けにした。――さ、今のうちに」
魔法の発生地点とその周辺を、一度完全に埋める。
内部に取り込まれたら、あとは電撃を浴びせられるのみ。
「待って。ちょっと待ちなさい。そんなことしたら入れないでしょうが」
「もちろん、すぐに取り除く。それより」
言いつつ、改めて後ろへ意識を向けた。
思い出したように姿を見せ、俺達を追いかけている魔物の団体様がいる方へと。
(……迷惑な方の気まぐれだな。これは……)
もっとも、それらが必ずしも気まぐれによるものとは、限らないが。




