第499話 なかなか、思い通りには
「……そう思っていたのにあそこまでするなんて、あなたも意地が悪いですね」
ため息交じりに、サーシャさんは言った。
他の理由があるのではないかと言う俺の話を、否定しなかった。
もしなにもなければ、きっぱりと否定していただろう。
この人はそういう人だ。
とはいえ、何もかも問題なしなどと言うつもりは俺もなく。
「猛省していただこうと思ったのも本当のことですし」
「……そういう余計な言葉は、控えておくことをお勧めしますよ」
「難しい相談ですね」
言っておくべきことは言わせてもらう。
またしてもサーシャさんにジト目を向けれてしまったものの、事実は事実。
もっと上手くやれただろうに、という話もあるが、そもそもそういう問題ではない。
「アイシャ達にも話しておきたいなのかと思いましたけど、それにしては、話そうとするそぶりも見せなかったじゃありませんか」
「そういうことであれば、まずは見極めている途中かもしれないと考えるべきでは?」
「その必要を感じませんね」
そんなに余裕がないのかと、思わずにはいられなかった。
返答も鈍いというか、いつもと比べて弱いというか。
俺に余計な反論をされることなど分かり切っているだろうに、どうにも的確さと言うものがない。
「見極めるだなんて、それこそ今更の話でしょう。俺がストラを離れている間も、何日か滞在していたそうじゃありませんか」
――今の話なんて、特にそう。
俺がこう言い返すことなんて、目に見えていたことだろうに。
あの町にいた期間を俺が把握いていない――なんて、サーシャさんだって微塵も考えていないだろう。
勿論、あの時点でそのつもりがあったとは限らない。
限らないが、見極めるには十分過ぎるくらいの時間を共に過ごしたはずなのだから。
「アイシャとリィルとマユに頼んだのも、その時のことがあったからでしょう? ユッカだけは、先日の一件があるから外したようですが」
「……それに関しては、その通りだと言っておきますよ」
その程度のことを認めるだけでも、どこかしぶしぶといった様子だった。
(こうも分かりやすい……いや、むしろ分かりにくいか……)
一体、何がサーシャさんをこうさせているのやら。
こんな形で連れ出したことと、全く無関係ではないのだろうが。
「時間停止という現象自体、滅多にみられるものではありません。そんな中で動けば……どのような力を使ったにせよ、本来少なからず身体に大きな負荷がかかってしまいます。そんな状態の方に、無理はさせられません」
言っていること自体は、至極真っ当。
ヘレンもきっと気をまわしているとは思うが、それも限界がある。
ろくな補助もなしに放っておいたら、それこそ一体どうなっていたことか。
やり方が悪ければ、向こう一週間動けなくなってしまってもおかしくはない。
さすがというか、その辺りの事情についてはお詳しいようだった。
――とはいえ。
「つまり俺やヘレンはその対象外、と」
「これまでの言動を振り返ってみてはいかがですか??」
その時になってやっと、サーシャさんは笑顔を見せた。
同時に額に青筋を浮かべていらっしゃったが。
(……まあ、そうなるか)
俺達に関しては変に気を遣われても困る。
最低限の休養があれば、後はどうにでもなる。
「これまでの言動、なんて言われても。正直、サーシャさんにそれを言われるのは……」
「あなたがそういう態度をとるからですよ?」
「人に擦り付けないでください」
……この扱いは、その辺りとは何一つ関係なさそうだが。
本当に、この人に関してはお互い様だと思う。
アイシャとの関係が今のような形で落ち着いてくれてよかったと心の底から思ってしまうくらいには。
「あなた、子供相手でないと優しくなれない呪いにでもかかっているんですか? いくらなんでも目に余るものがありますよ?」
「姉妹揃って似たようなことを……」
ほとんど普段から、こんな感じだというのに。
(……そこまで話さなくてもいいだろうに)
ナターシャさんにでも聞いたんだろう。この前のことを。リリについての詳細は伏せた上で。
あの時も似たようなことを言われたのを覚えている。
……そんなに納得いかなかったんだろうか。あの人も。
「ナターシャさんといい、なにを見たらそんな頓珍漢な結論に行きつくんですか。子供相手に威嚇する方がどうかしていますよ」
「つまり私への態度は威嚇とみなしてよろしいということですね?」
「これっぽっちもよろしくありませんね」
あの時の説明はどうやら、ナターシャさんの意識の片隅にも残っていらっしゃらないようだった。
覚えていれば、その辺りも伝えていた筈。
それをサーシャさんが無視したとは思え――……なくもない、かもしれない。
「そんなに納得できないなら、今度抜き打ちで見張ってみたらどうですか? 1週間くらい。そうしたらわかると思いますよ。いかに失礼なことを言っているのか」
「私がそんなに暇を持て余しているとお思いですか」
「いえいえ。サーシャさんなら、多少の自由も利くだろう思ったので」
俺が年中無休でこんな調子だと思ったら大間違い。
今こうしてここにいるのだから、自由が利く立場にあるというのもほぼ間違いないだろう。
あんなことを言われる筋合いは全く、微塵も、これっぽっちもない。
「今の発言の時点で既にアウトですよ、キリハさん? やはり試すまでもなさそうですね」
「失礼な。今の発言のどこにそんな要素が」
「腹の内で何かを考えているのが見え見えだからですよ」
……腹の内でなんて、何も。
「あなた、私のことを友人か何かと勘違いしていませんか? あまりに目につくようであれば姉様にあることないこと吹き込みますよ?」
「あることだけでも十分でしょうに。どうしてまたそんな嘘を」
「その態度が原因に決まっているでしょうっ!!」
では一体何だというんですか――そう返している場合では、なかった。
「ん、ぅう……」
呻くようなアイシャの声が、聞こえてきたのだ。
「……大きな声を出すから」
「そういうあなたはまずその煽り癖をなんとかしてください。姉様にやったらヴェアリノクの火山に叩き落としますよ??」
「そういう物騒な話は、そちらの問題が解決してからでも遅くないのでは?」
――あれやこれやの反応から見極めようとしても、サーシャさんの反応そのものがいまひとつ。
なかなか、思い通りには進んでくれないらしい。




