第497話 道のりはまだまだ
それから、結局、隅から隅まで部屋のひとつで、休むことにした。
出入り口は、隣り合う部屋と行き来するための二か所。
地上から十数メートル、天井にも何もないことは確認済み。
ひたすら奥まで続くだけの洞窟でなかったのは、俺達にとっても好都合だった。
これだけのスペースがあれば、足を延ばして休むこともできる。
壁から魔物が出たという話は聞いていない。
俺とサーシャさんで調べもしたが、妙な仕掛けや擬態の形跡は見当たらなかった。
「い……いただいても、いいんですか?」
――そうして決まった、本日の寝床。
荷物の中からリィルが取り出したバスケットを見るや否や、サーシャさんの目の色が変わった。
ある意味、予想していた通りの反応。
まさかここまで露骨だとは思わなかったが。
「大丈夫、ですよ。リィルさん、いっぱい作ってくれた、ですから」
「い、言わなくていいわよ。そんなこと。簡単なものしか、作ってないし……」
しかし作ってくれたリィルはといえば、やや遠慮気味。
サーシャさんのあの食いつき具合を見れば、もっと堂々としてもいいくらいなのに。
……少し多めに作ってくれた原因は、おそらく自慢げに語っているマユがいるからだと思うが。
「またまた、そんな。こんなに美味しそうなのに」
「いろいろ準備してくれてたもんね、リィルちゃん。ありがとう」
「言わなくていいって言ったでしょっ!?」
リィルにはそれ以上言うなと言われてしまったが、美味しそうなのは本当。
サンドイッチの具材も色とりどり。
まさかこの洞窟の中でこんなおいしそうな料理にありつけるとは思ってもみなかった。
「……遠征時には、いつも?」
サーシャさんの疑問も、その出来栄えを見たからこそのものだろう。
「た、たまたまです。たまたま。今回はそこまで遠くないし、1回分だけなら、なんとかなると思って……。……あんなに喜ぶとは、思いませんでしたけど」
もの言いたげな視線を向けてはきたものの、リィルだって、そのつもりがあるからあんなことを言ったんだろう。
簡単なお弁当を作って持っていこうと言ったのは、リィルだった。
勿論、作ったのは当日の朝。
生憎、食べ物を何日も保存しておけるような魔法はない。
「リィルさんの料理はおいしい、ですから」
「はいはい、そういうのはいいから食べちゃいなさい。色々あるんだから、同じのばっかり食べるんじゃないわよ?」
むしろ、一度きりと考えた方がありがたみも増すというもの。
手分けをしても、この量を何日分も作るのはさすがに無理がある。
リィルのことだから、妙な妥協もしないだろう。
「さすが」
「だね」
そんな姿を浮かべながら、アイシャと2人で頷き合っていると。
「……あんた達、これ以上やるならそのお喋りな口塞ぐわよ……!?」
顔を真っ赤にして身体をプルプルと振るわせているリィルに、今度こそ睨まれてしまった。
「まあまあ、そう怒らずに。どうせならちゃんと味わいたい」
「だったら変なこと言うのをやめなさいよ……!」
さすがに、これ以上続けるのもリィルに悪い。
変なことを言ったつもりはこれっぽっちもないが、納得してはくれないだろう。絶対に。
「んっ……。……ですが、意外ですね。この前のように、分担して作っていたのかと」
――早速いただこうと思った正にその時、サーシャさんが禁忌に触れた。
「してた、ですよ?」
「…………はい?」
俺達からは言うまいと、決めていたのに。
「だから、分担、です。ちゃんとしてた、ですよ?」
「……と、いうと」
どんな反応が返ってくるかわからないから、黙っておこうと思っていたのに。
「リィルさんは持っていくごはん、で、キリハさんとアイシャさんは、置いておくごはんを作ってた、です」
「…………???」
そんなことに意識を向けなければ、せっかくの料理を堪能できたというのに……。
「作り置きですよ、作り置き。日持ちのする料理はアイナさん――アイシャの母親に、幾つか教えてもらっていたので」
「そうそう。お店に食べに行ってくれてもよかったんだけど……毎日それはよくないって、話になって」
「……私の記憶が正しければ、残っていたのはあなたたちと同年代だった筈ですが??」
凄まじい首の傾げよう。
俺もアイシャもリィルも触れまいとしていたそれに自ら目を向けたサーシャさんの反応は、やはり予想通りのものだった。
マユも、気付いた以上は隠し通せないと思ったのだろう。
……この反応も、覚悟の上で。
「でも、皆さん、あんまり料理は得意じゃないみたい、ですし」
「無理にさせて爆発するよりは」
ええいままよと、分担するに至った理由も早々に明かしてしまうことにした。
「……何故、料理で爆発が?」
「その辺りは、俺にもなんとも。ただ、以前実際そうなりかけたことがあるので。どうしてああなってしまうのか、俺が聞きたいくらいですよ」
残ったあのメンツにキッチンにキッチンに立ってもらうのは、避けようということになった。
相談した上で、全会一致で承認された。
「あの時も言ってたけど、さすがにヘレンちゃんも上達してるんじゃないの……? 器用そうだし」
「……だったらよかったんだがな」
器用そうだという評価に『皮肉が効いている』などとのたまう頭の声はひとまず無視するとして、肩をすくめる。
残念ながら、アイシャが期待しているようなことはない。万に一つも。
「っ……」
リィルのような料理ができることがあれば、奇跡どころではない。
「……リィル、さん? きょろきょろ見てた、ですけど……どうかした、ですか?」
「た、大したことじゃないわよ。全然。……なんか、その辺にヘレンがいそうな気がして……」
「あ、あははは……。さすがに、来ないと思うよ……?」
疑惑のその人を指して、小声で『ありそうだけど……』とアイシャが言っているのが聞こえた。
いつもなら、そうだったかもしれない。
俺達のやり取りを聞いて、何食わぬ顔で乱入し知多かもしれない。
が、この話題に限っては、よほどのことがない限り静観を決め込むだろう。
「でも、大丈夫かな……。そんなにたくさんは作ってないし、長引いたらなくなっちゃうよね……」
「さすがにそのくらいは何とかするでしょ。きっと。何回か食べに行くくらいなら、いいと思うし」
「様子を見て一回退くのもあり、です」
「……何故、調理を覚えてもらうという発想がないんですか。揃いも揃って」
事情を知らないサーシャさんだけが、俺達の言い草に首をかしげていた。
が、しかし、こればかりはどうすることもできない。
「無茶をおっしゃる」
「……それはちょっと、時間が足りないんです」
「皆、頑張ればできると思うよ? 多分……」
「道のりはまだまだ長い、ですから」
無理だとかやる気だとか……そういう問題だけではないのだ。




