第493話 なにゆえ
「……なにゆえ、そのようなことに?」
さすがに、首を傾げずにはいられなかった。
「それを僕に聞かれても、ちょっと答えてあげられそうにないなぁ……」
ルークさんも困り顔。
……原因が分かっていれば、こんな深夜に呼び出すようなことはしないか。
「相当の異常事態、ですよね? 何かしらの情報くらいは、さすがに……」
「あるよ。そのくらいは、あるんだけどね……」
この歯切れの悪さ、なかなか愉快なことになってしまったのだろう。
こんな時間にわざわざ協会の、しかも部屋を確保して話をするくらいだから相当だ。
……さぞ、頭の痛い思いをされていらっしゃることだろう。
「全くない、というわけではありませんよ。過去に何度か、確認された現象ではあります」
同様の事例が他に存在しているのが、せめてもの幸いか。
気休め程度にしかならないとは思うが。
……それでもせめて、もう少し間が空けばと思わなくはないが。
「やけに好奇心旺盛なあなたのことですから、そのくらいの知識は、仕入れているものだと思っていましたが」
「知っていますよ。えぇ、一応。知識としては。好奇心旺盛というわけではありませんが」
俺が持っている知識などたかが知れている。
好奇心とやらも、言う程のものでもない。
俺なんてまだまだ、必要になるだろう情報を集めているだけに過ぎない。
「そうではなくて……実際に、しかも自分が初めて足を踏み入れた迷宮で起こったとなれば、受け取り方も変わりますよ。さすがに」
しかもこんな、立て続けに。
関連性は……さすがにないと思いたい。
今の時点ではまだ、絶対なんて言いきれないが。
たとえいつ起こるかわからないとしても、こんな押し寄せるように起きなくてもいいだろうに。
「いつどこで起こるのか、それは誰にもわかりませんから。あの姉様でさえも」
――あの迷宮で、全く新しい区画が見つかった、なんて。
「……お前、あの鎧と連絡は取れたり……ああいや、いい。無茶を言った。……やろうと思えばいくらでも? 見栄を張るんじゃない」
町々へ直接的な被害が出そうにないのは、せめてもの救い。
気を抜くのはさすがに早い。
反則と承知で頼んでみたが、やはり厳しいようだった。
「……傍から見ると不審者ですよ」
「こうして声に出さないと、無視を決め込もうとしやがるもので。……それを聞かせようとすると、色々手間が」
「私はむしろ今のあなたとその剣の現状に『何故』と問いたいですね」
もともとあそこにいたのだからと思ったが、やはりそんな都合のいい力はないらしい。
案外、中に入った後ならその騒々しさで声が届くかもしれないが、それはそれ。
……真面目な話、迷宮の主に聞きましたと言ったところで納得してもらえる筈がない。
気楽に済ませそうな内容が返ってくるという保証もない。
「……じゃあ、僕からもひとついいかな」
――どうしたものかと頭を悩ませていた、その時だった。
「なんで、[ラジア・ノスト]の彼女が……?」
サーシャさんがここにいる事への疑問を、ルークさんがぶつけてきたのは。
「ほら、この前の時間停止の。あれに気付いて、大急ぎで戻って来られたそうで」
「あぁ、例の。……でも、確か、トレスの支部にも最低限の話は伝わっている筈だよ。あの件なら」
「信じ難いと言われても仕方のない話ですから。ルークさんのように納得してくださる人ばかりではありませんよ」
質の悪い冗談か何かと思われても、仕方がない。
話は伝わっているだろうし、共有もされている筈。
しかしそれを現実として受け止めてもらえるかというと……微妙なところ。
ひとまず受け止めはするだろうが、簡単に受け入れてはもらえないだろう。
何より、それでサーシャさんが来てくれたのならむしろありがたい。
「それに、ここへ来てくださったということは……そういうことです。俺が強行突破するより、色々確実だとは思いませんか?」
「そういう開き直り方は感心しないなぁ……」
「妙な真似をしたらその時は即座に姉様へ通報しますので、そのつもりで」
「……肝に銘じておきますよ」
……が、どうやら、ありがたいという思いは上手く伝わらなかったらしい。
何の冗談でもなく、来てもらえるのは本当に助かる。
経験の差があるのは、疑いようのない事実なのだから。
「ひとまず、その話はこのくらいにしておきましょう。……以前見つかったあの迷宮で何が起きたか、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
――新しく発見されたエリアに隠れているのが、厄介な魔物だけとは限らない。
「そう、あそこだよ。キリハ君が剣を手に入れ……いや、授かったといった方がいいのかな? とにかく、あの迷宮だ」
「あの時のことも懐かしいですね。今となっては」
そういえば、チームの名前を決めたのもあの時だったか。
登録に必要だからと言われて、そのまま。
後で変えることもできると聞いていたが……どうするのか、その辺りの話もいつの間にか有耶無耶になってしまった。
「詳しく、と言われても話せるようなことはあまりないけど……キリハ君、あれから、あの迷宮には?」
「深いエリアには、全く。近々行こうかと考えていたくらいです。以前の戦いで崩壊した部分が元通りになりつつあるという話は聞きましたが……」
もっとも、俺は正常ない状態の内部を正確には把握していない。
正攻法で最深部へ辿り着くより早く、アクシデントで最深部へと引きずり込まれた。
本来辿るべき筈の道のりを、意図しない形で大幅にショートカットしてしまった。
それがなければ、きっと、ナターシャさん達が先に着いていただろう。
「うん、穴なんかはほとんど塞がれたそうだよ。……そこまで知っているなら、十分かな」
だから、今どのような探索が行われているかなど、全く知らなかった。
「あの時あんなことがあったから、かえって内部にまだ何か残っているんじゃないかと期待している冒険者も少なくなくてね。おかげで、かなりの冒険者が押し寄せていたんだよ」
ただ、理屈として、現状を納得するのは、そう難しいことでもなかった。
「姉様も、あの時は事態の解決を最優先にしておられましたから。手が届いていない部分があるのは、間違いないと思いますよ」
あの場であったことはそれなりに知られているだろうから、[ラジア・ノスト]の対応も当然把握している筈。
となれば、冒険者が集まるのは自然な流れ。
「……でしたら、単に未確認だった区域が存在するというだけではありませんか? 」
ただ、未確認区域にせよ、少し騒ぎ過ぎなような気がしていた。
見落としなんて、それこそ真っ先に思いついているだろうに。
「勿論、それも考えたよ。……ただ、場所が場所でね……」
「? まさか、入口の近くなんて言いませんよね?」
――何か、この対応に至った理由がある筈。
「…………そのまさかだよ」
……それがまさか、その場で思いついた通りのものとは、思わなかったが。




