第49話 華麗な見参
(……少し攻めるか)
埒が明かない。
水上にタツノオトシゴめいた顔を見せる事すらなくなっていた。
飛び回ったところで水中に突撃しなければさすがにバレる。余計な横槍がないだけでもマシと考えるべきだろう。
「《凍結》」
壁を貫通しない程度に攻撃を抑えてやればいい。
角度も範囲も統一性のない水流が次々地面から飛び出す。
(それにしても……)
何だったんだろうか。地上から感じたあの魔力は。
最早『膨大』という言葉ですら足りない。
おそらく先発隊。この世界に限れば俺が知る誰よりも強い。
しかもこちらに近付いているような……いや。
「《魔斬》」
奥まで飛ばす必要はない。水面を抉るだけでいい。
無作為に。威力を都度都度変えながら。
「《旋風》」
狙いは水流が飛び出した地点を含む数メートル。
全長も分からない。多少大雑把にしておいた方が巻き込む可能性も高くなる。
(……あくまで頭を出すつもりはないか)
湖の底から一直線に身体を伸ばすなんてことをしていなければ。
少なくともそれはない。目に見えていないだけで、湖の中では確かに輪が作られている。
時に波打つように身体をうねらせていた。しかしやはり器用に逃げる。
「……だからと言って尻尾を出さなくてもいいだろう」
ようやく見せた最後尾。針のように鋭く尖った先端が虚空を突き刺した。
誰もそんな事は言っていない。
まるでこちらの思考を読んだ上でおちょくるような動きだが、おそらく偶然。
鰭を飛ばすようなこともない。そのまま再び水に潜ってしまった。
加えて、目や代わりとなるような器官は備わっていない。
突き出した時点では頭部も水の中。だったらやる事は決まっている。
「《氷槍》」
だが同じ手だけではきっと通じない。
回転させ、更に勢いを上乗せして次々撃ち込む。
シンプルだからこそ使い勝手のいい魔法。水中で白蛇が暴れているのが分かる。
そしておそらく、次は。
「だろうな」
また、甲高い絶叫が洞窟内に木霊した。
細く尖った白い尾が宙を舞う。
あんな攻撃、誰が二度も見逃すものか。
回避したその瞬間に《魔力剣》を軽く振るだけ。
奇妙な鱗に覆われているわけでもない尻尾を切り離すのは簡単な事だった。
水の中に消える前に掴んでおきたかったが、やはりというか残らない。黒い粒子となってたちまち消える。
(それでもまだ、本体は――)
いよいよ本格的にその身を水中に隠した。
水中からの乱射。これまでと違って狙いも粗い。わざとやっていることを差し引いても。
しかしこのまま手を出せないのはこちらも同じ。
一方的に攻撃できるだけ向こうの方が有利かもしれない。
体力切れを狙おうにも目安がなく、どれだけ時間がかかるか分からない。
熱湯は冗談にしても、水の中で仕留める以上に早い手がなかった。
教わって以降数える程度しか使わなかった魔法だがここまでの戦闘で範囲も掴めた。
まさか湖の水全てを使って天井をブチ抜くわけにもいかない。
「《渦――」
「水の精よ」
「……何?」
穏やかで、気品のある声。
湖の中心を起点に起こる渦。
だがそれは俺が起こしたものではなかった。
白い波が集まり荒ぶる。決して狂うことなく渦を巻く。
こうなってしまってはもう、俺が手を出す余地などない。
必要以上に荒さないよう魔法を解いて静かに見守る。
湖を埋め尽くす程の白い巨体が浮かび、魔結晶に変わるまで。
「――お疲れ様、ありがとう。また何かあったらお願いね」
防壁を使って侵入できないようにしておいた筈のその場所には人がいた。
白金に近い金髪の美女。煌めく鎧を纏うその姿はまさに聖騎士。
彼女が語りかけた周囲に集まる力は、おそらく精霊と呼ばれる存在のもの。
「余計なお世話だったかしら。無鉄砲な、魔法使いさん?」
一瞬感じた強大な力の持ち主。
その人は、見た者をたちまち魅了してしまいそうな微笑みを浮かべていた。
「「「…………」」」
辺りは異様な空気に包まれていた。
落ち着きのないアイシャ達。
遠巻きに眺める冒険者達含めた全員の視線を一身に集めるその人はそれでもなお堂々としていた。
「改めて、初めまして。エルナレイ・ルーリア・シュヴァルコートよ。それとも……精霊騎士、と名乗った方が分かりやすいかしら?」
その名前には俺も聞き覚えがあった。何度も聞かされた。
若くして冒険者として最高の階級まで上り詰めた天才。
数多の精霊の力を借り受ける事ができる類稀な人物。
剣術や魔法もその道の権威から一目置かれる程。
見た者を虜にしかねない美貌の持ち主。
「い、いやいやそんな! エルナレイさんって言ったらそりゃもう有名ですかりゃっ! 一目見たらすぐ分かりましたょ!」
「バカレイス! もうちょっと言葉遣いちゃんとしろってんですよ!」
「それ言ったらイルエもだろ!?」
「二人ともだと思うなー、なんて……うん。それどころじゃないね」
逆に周囲からの嫉妬はなかった。困り果てた様子のルークさんの影響も少なからずあるとは思うが。
マユもすっかり困り顔。どちらかと言えばユッカと同じような理由だろう。
「いいわよ、楽にして。堅苦しいのは苦手なの」
この状況でそう言われたところでアイシャ達が落ち着ける筈もなく。
特にユッカはいつになくそわそわしていた。
以前は俺を『目標に一番近い』と言っていたが、当然この人の前では霞むだろう。
「……できることなら、あなたにも警戒を解いてほしいのだけれど」
「すみません、こういう性分でして。なるべく気を付けます」
先発隊の一人としてこの場所へ来ていた。それは分かる。
そのまま最奥部を目指していたことも。
当然その間に休憩は必要だろう。
しかしながら、それもこれもあの場に現れた理由にはならない。
無警戒でいられる筈がなかった。隣のリィルに小突かれようと。
「(このおバカ! 相手が誰だか分かってるでしょ? ストラの支部にいた悪い人とはわけが違うのよ!?)」
「(だからこそだ。協会の要請があったわけでもないのに何故あんな場所に来たと思う? しかも見つけてくださいとばかりに力を振りまきながら)」
「(力を振りまくとかは知らないけど今は止めなさいよ。話ならあとで聞いてあげるから)」
「(いや、別にそこまでしてもらう必要はないが……)」
地上で感知した。確かにそうだろう。
だがそれなら結果も見えていた筈だ。他のトラブルに備えた方がいいのは目に見えている。
わざわざ『華麗な見参』を見せつける必要はない。
「残念だわ。折角の機会だと思っていたのに」
「機会、ですか?」
「ええ、そうよ。立場的に噂の彼をこの目で見られる機会なんてそうそうないもの」
「噂の……」
「彼……」
視線が集まる。
本気で言っているのだろうかこの精霊騎士様は。
信じがたい――というよりかは、信じたくない。
「ストラ支部の一件は勿論、先日の誘拐事件についても聞いているわよ? とても新人とは思えない冒険者がいるって」
「でしたらこの話もお聞きになっている筈ですよ。『地元で自警団に入っていた』と」
「その当時を知るのはあなただけでしょう? 私達にそれを知る術がないもの」
左手を握る力が強まる。
少なくともアイシャが警戒しているような事にはならないだろう。エルナレイという人物にもそこまでのメリットがあるとは思えない。
おそらく今のは後付けされた理由。『ストラの新星』なんて妙な呼び名を一部で使い始めた誰かのせいだろう。
仮にそんなものがなくてもおそらく接触していた。根拠はない。直感がそう告げている。
しかし分からない。
この世界に渡って以降、精霊騎士と呼ばれるこの人との接点になりそうなものがない。
それ以前に関しては最早論外。あり得る筈がない。
「もしかして、手柄を横取りしてしまったせい? だったらごめんなさい。……私の方から口添えしておきましょうか?」
「キリハはそんなこと気にする人なんかじゃありません。……いいよね? キリハ」
「ああ、勿論。情報が行き渡るのなら別になんでも。誰かが怪我をしたわけでもないので」
「そ、そう? ……分からないわ、この二人……」
失礼な話だ。お金の問題と思われていたとは。
「でも、横取りしてしまったのは事実なのよね……特級として、このままになんてしておけないわ」
「いえ、ですから別に――」
「そう言わないで。私の我儘よ」
話を聞くつもりがないのだろうか。
「たとえば――そうね、私の奢りで食事なんてどうかしら?」
普通、あの流れでこんな提案はしないだろう。




