第488話 開かれた扉
「――大丈夫ですか!!?」
突如響いた激しい音に、思わず一同は何者かが押し入ったのかと錯覚した。
各々がそう感じてしまう程に、扉が勢いよく開かれた。
駆け込んできたその人によって、蹴破るような勢いで開け放たれたのだ。
「……あの勢いでよく壊れませんでしたねー? 扉」
「そんなのどっちでもいいじゃないですか」
突如響いた音に一度は飛び跳ねたユッカも、来訪者の顔を見て腰を下ろした。
一方、扉の耐久性に感心していたヘレンは全く動じていない。
開け放たれる前からその人物が近付いていることを、ヘレンは知っていた。
大した問題はないだろうと、あえて黙っていた。
無論、そのことを堂々と口にはしなかったが。
「いらっしゃい、です。この間ぶり、ですね?」
「また何か、用事でもできたんですか? ……あいつなら、今ちょっと町の方に出かけてますけど」
音を聞いて厨房から出てきたマユとリィルも、訪ねてきたのが彼女だと知るや否や警戒を解いた。
マユは思いのほか早く訪れた再会を素直に喜び、リィルは予期せぬ来訪の理由を訊ねる。
彼女がストラに滞在していたのは、比較的最近のこと。
キリハが遠方への依頼に赴いていた頃やってきた彼女が、まさかすぐにストラへやってくるとは思ってもみなかったのだ。
「……はて……??」
しかし、当の本人は、自らへ向けられる反応に首を傾げていた。
心底わけが分からないといった様子で、家の中を見回していた。
今のこの状況そのものに、疑問を抱いている様子だった。
「何か、変なところでもあった? いつも通りだと思うけど……」
「あ……あぁ……なるほど、いつも通り。はぁ。そのようですね……?」
「へ?」
アイシャ達の生活に、異変などなにひとつない。
キリハが帰って程なくちょっとした騒ぎは起きたものの、それもすぐに解決した。
大多数の住民に有事だと悟らせることなく、解決した。
それもあって、平穏な生活を送ることができていた。
「…………何を呑気にしているんですか! 皆さん揃って!」
しかし、突如として舞い戻ったサーシャは、穏やかな時間を過ごしている場合かと、声を大にして言った。
(な、何かあったっけ……? お昼前に戻った時も、何も聞かなかったけど……)
無論、アイシャ達も依頼を受けていないわけではない。
とはいえ、ストラに大きな依頼が舞い込むことなど本来は滅多にない。
難易度の高い依頼は、他の町まで移動しなければならないことがほとんど。
キリハが受けたような破格の条件の依頼など、ある筈がない。
「家で何してようと自由でしょーが。んなことまでごちゃごちゃ言われる筋合いねーですよ、ったく」
「だからって全力でだらける必要はないからね、イルエちゃん。一応お客様なんだからさ」
「一応じゃなくて、ちゃんとお客さんだからね……?」
だからアイシャも、サーシャの態度には違和感を覚えていた。
レアムの言う通り、ソファの上で寝転がる必要はない。
それはその通りだが、気を張り詰めなければならない状況でないことも確かだった。
「それはそうだけど、アイシャちゃんとはなんだかんだ仲良くお手紙してるみたいだし。ねぇ?」
「……余計に、駄目だろ」
「というか、レアムもイルエも好き放題言ってるけどさ、この人が[ラジア・ノスト]だって忘れてないか……?」
「ならまず最優先で言わなきゃなんねーのがいるでしょーが」
「そうそう。まずはキリハ君からだよ。お手本見せてもらわないと」
「こういう時ばっかりあいつに擦り付けるんじゃないわよ。まったく」
少しばかり注意した方がいい部分もあるとは思っていたものの、逆に言えばそのくらいしかなかった。
「……人の話は静かに聞けと教わりませんでしたか? 皆さん…………!?」
本当に、どうしてサーシャがこれ程までに余裕のない様子なのか、アイシャでさえ分からなかった。
「ま、まあまあ……皆、会えて喜んでるんだと思うよ? 私もそうだから」
「……あれが喜ぶ者の態度ですか?」
「た、多分……」
せめてと思って話題を変えようと思ったが、内容の選択が悪かった。
途中でアイシャの方が自信を失くしてしまった。
(せ、せっかく来てくれたのに、どうしてこんなことに……)
キリハなら何か知っているのではないかとアイシャは密かに期待していたが、生憎彼は出掛けている最中。
早ければ、そろそろ戻ってくる頃。
この町の中なら彼も早々迷うことはない。
「ただいm――……あぁ、サーシャさん。いらしていたんですか。お久し振りです」
そう思っていた矢先に、キリハも戻った。
手荷物袋の重さを微塵も感じさせない様子で、帰ってきた。
「あっ、キリ――」
ひとまず、アイシャが事情を説明しようとすると。
「……何も起きていない!?」
「このストラをどんな町だとお思いで?」
何とも失礼な発言が、サーシャの口から飛び出した。
「あぁ……やはり、外からは観測できましたか」
事情を聴いてみると、サーシャさんの突然の来訪は意外でもなんでもなかった。
この前の一件があったのなら、むしろ当然。
強いて言えば、それを観測できる位置にまだこの人が留まっていたことくらい。
時間の差があったから、本当にすぐ近くで待ち伏せていたというわけではないのだろう。
「えぇ、そうです。その通りです。……まさか早々に解決してくつろいでいるとは思ってもみませんでしたよ……!」
「長引くよりはいいでしょうに」
今回に限って言えば、待ち伏せていた方がよかったようにも思えるが。お互いにとって。
「それに、町の皆さんもいつも通りだったでしょう? 危険がないことくらい、サーシャさんならすぐに分かった筈では……」
1人で大急ぎで戻った結果がこれでは、サーシャさんも報われない。
切羽詰まった様子だったと、アイシャは言っていた。
それだけ心配してくれていたんだろう。
連絡した方がよかったとアイシャが言ったのも頷ける。
「えぇ……勿論、解除された時点で、ひとまず落ち着いたのだろうとは思っていました。状況を確認しに来たのは、念のためです。……あれ程平然としているとは思いませんでしたが」
「俺としては、ありがたい限りですよ。ああいう風に受け止めてくれるのは」
「……なるほど、そういう考えた方もできますか」
話を聞く限り、とても念のために確認に来ただけとは思えなかったが、そういう言葉は飲み込んでおく。
大急ぎでこの町まで戻って、何もないというのもおかしな話だろう。
せめて、俺が知っている限りのことだけでも話してしまおう。
内容によっては、むしろサーシャさんの方が適任かもしれない。




