第487話 軽く流して
「な……なるほど?」
やはりというか、困惑気味だった。
例の火の玉の話を持ち込んでくれたレイス達にはせめてと思っていたが、微妙に判断を誤ったような気がしなくもない。
調査を注視してもらう以上、やむを得ない部分もあったとは思うが。
「時間停止ねぇ……やるならキリハ君が先だと思ってたのに」
「生憎その手は専門外だ。逆立ちしたってそんなことはできやしない」
「その止まった時間の中で動くことも、普通はできないんだけどね?」
「まあ、その辺りは色々と」
「そういうこと言われるから期待しちゃうんだよ。レイス君が」
「また巻き込まれた!?」
幸い、本人達はあまり気にしていないようだった。
危険が完全に取り除かれたかと言われると、微妙なところ。
魔結晶のような物的証拠が残っているわけでもない。
「無理なものは無理だ。強制的に眠らせて、本人の時間を飛ばせというなら出来なくもないが」
「それ強制的に吹っ飛ばしてるだけじゃね?」
「そうとも言う。――とにかく、俺にできるのはそのくらいだ」
協会にも報告はしておいたが、ルークさんの反応を見るに、追加の調査等は期待しない方がいいだろう。
幸か不幸か、完全に動き出すまでの間にストラへ近づいた人物もいなかった。
外部からの計測が行われていれば、余所から誰かは派遣されるかもしれないが……簡単な調査が精々だろう。
さすがの支部長も、時間停止を跳ね返すような魔法はお持ちではないらしい。
「んー……でも、それをされても、似たような感覚になるのかもね。そんなことがあったなんて、今でも信じられないし。画像とか残ってない?」
「無茶言わないでくださいっ。変な黒いのも出てきて大変だったんですから」
「あはは、だよね。ごめんごめん」
それでも寝言だと一蹴せずに聞いてくれたこと自体に、感謝するべきだろう。
にわかには信じがたい話。
話をした俺自身、ああして体験していなければ、きっとすぐには受け入れられなかったと思う。
「ったく、そんなことになってんなら全員引っ張りだしゃよかったでしょーに。人数かけりゃ少しは叩きやすくなるでしょーが」
「……さすがにそこまでは、出来なかったんだろ」
「そういうことだ。今回に関しては気持ちだけ受け取っておく」
考えようによっては、悪いことばかりでもない。
少なくとも不要な混乱は避けられる。
被害を出さないという前提での話ではあるものの、余計な不安をあおらずに済むという見方もできなくはない。
……もっとも、それがあると知れ渡ってしまうと、かえって不安を駆り立てることにもなるのだが。
時間が停止していることを認識できなければ、使われていない確信を持つことができない。
常日頃から見えない影に怯えながらの生活を送るとなると……一日過ごすだけでも途方もないストレスだろう。
ある程度緩く受け止めてくれるのなら、俺としてはむしろありがたいくらい。
「さっきまでのあれこれを見た感じ、できるようになってもやらない方がいい気もしてるんですけどねー? 誰かさんが強引に片づけちゃって、骨折り損なんて嫌ですし?」
「俺がやらなければやるつもりでいたくせに」
「実際にやったのはリーダーさんですから私は無罪でーす」
「どっちがやっても変わりませんよっ」
ただ、いつまでもそれに甘えてばかりはいられない。
停止した空間の中でも動ける手段を確保するにせよ、何にせよ、対応は必須だろう。
勿論、ヘレンやイリアに頼る以外の方法で。
せめてその心当たりだけでもあればよかったのだが、困ったことにそれすらない。
真っ当な手段で得られるかも疑わしい。
早々に片づけてしまえばそれでいいという話ではないというのに。
(……とはいえ、いずれはどこかで直面していた問題、か……)
ひとまず抑えつけはしたものの、ギルバリグルスと手を組んでいたあの男が原因でそうなる可能性だって、ゼロではなかった。
他の連中の目があるから使えないだけで、そういった能力を持つ者が1人もいないわけじゃない。
なりふり構わずに力を振り回す阿呆が出ないとも限らない。
(……危険指定種にも、探せば1匹くらいはいるんだろうな。きっと……)
何にせよ、警戒しておいて損はない筈。
できれば、“首長砦”より脆くあってほしいところだが――
「そんなことないですよぅ。さすがにリーダーさんみたいな力業じゃないですし?」
「「「あぁ……」」」
「揃いも揃って頷くんじゃない」
……ひとまず、そこのお喋りに黙ってもらう必要がありそうだ。
「ほらぁ、見ました? こういうところで普段の行いの差が出るんですよ。不満ならまずは自分の行動を改めましょうねー?」
「お前にだけは言われたくない」
「今日だっていきなりでしたよね。あれもこれも」
何が普段の行いの差だ、この野郎。
ここまでくると、普段の行いによくもまあそこまで自信を持てるものだと感心しそうになってくる。
「仕方なかったんですよぅ。止まってる間はお話のしようもないですし?」
「じゃああの魔物みたいなのをどんどん倒していったのはどうなんですか。わたしから見えないようにして」
「「「……うわ」」」
それ見たことか。
「はいそこ、揃って呆れた目を向けるのは止めましょうね? そんなことしてるとうちのマスターみたくなりますよー?」
「言われるのも致し方なしだろう。せめてそういうモノがいると伝えておけば違っただろうに」
「はぁあああ~?」
回りくどいのは間違いない。
あんなことをしなくても、ユッカが動くことくらい分かっていただろうに。
「なーに『自分はそんなことやってません』みたいな顔してるんです? 忘れてるならリプレイ見せてあげましょうか?」
「先に今日の件を見てもらったらどうだ?」
「あ~、ごめんなさぁーい。撮ってないから無理ですねー。リーダーさんが飛び回ってるとこしかなくってぇ……」
「うそばっかり……」
……なんて、俺もあまり人のことは言えないか。
さっきの件も、俺の方でどうにかできる問題とは言い難い。
後で話だけでも――
「ちょっとちょっとー? いくらなんでもそうい決めつけはよくn」
「――面白そうな話、してるわねぇ?」
(…………あぁ……)
――うっすらと、そんな予感はしていた。
「別にそんなことないですよ。ちょっとおかしなことがあっただけですから。」
「へぇ、そう。……で、あんたはどこまで知ってるわけ?」
理由は自分でも分からない。
ただ、声を聞いても、驚きはまるでなかった。
「どこまでって――……え゛っ……」
ただ、ユッカはそうではなかったようで。
「どこに出かけたのかと思ったら……さっきから、面白そうな話をしてるじゃない。ねぇ?」
「あ、や……それは……」
ついついそのまま答えてしまい――気の毒なくらいに、冷や汗を流していた。
「あっ、ごめんよリィルちゃん。実は私、何も見てなくて」
「詳しいことならそっちの3人に聞けってんですよ」
「そ、そうそう! 今キリハ達から聞いてたところなんだよ。な、トーリャ?」
「……気付いたときには、終わってたからな」
「はい!!?」
とはいえ、俺にとっても他人事ではなく。
「う、裏切者ぉ――――っ!!?」
その後のことは、語るまでもないだろう。
軽く流してくれるはずがなかった。




