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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
III 迷宮探索
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第48話 地底湖にて

 そうして、見つけた地底湖。

 ほんの僅かな陸地から二メートルほど下。

 地上とはまた異なった色を映し出す大きな湖。


 水面から天井までの高さは目測二〇メートル。

 ドーム状になっていることを考えるともう少し低いものとして考えておくべきだろう。あくまで飛ぶのなら、の話だが。


 それはまだいい。問題は面積だ。

 正直、おおよその目安を付けるのも難しい。

 何故地下にこれだけの広さの水場が生まれたのか不思議で仕方ないのだが、そういう物だと割り切るしかないのだろうか。


「ここ……やっぱり行き止まりなのかな? 向こう側は全然見えないし……キリハは?」

「いや、陸地が見える。少なくとも何もないということはなさそうだ。道もありそうだが……まあ、十中八九待ち伏せされているだろうな」


 この距離から気配を探っても仕方がない。

 既に一羽、水面スレスレの高さで《小用鳥》を飛ばしている。何かあればすぐに分かるだろう――なんて考えている間に潰された。


「マジ? トーリャ見えるか?」

「……それっぽいものなら、なんとなく」


 泳いで渡るのも現実的ではないだろう。

 向こう岸までの距離は勿論、加えて深さも分からない。

 そこに装備の重さものしかかる。論外だ。


「どっちにしても引き返すしかないでしょ。……あんたも変なことしないでよ?」

「ああ、分かっている。向こう岸に届く橋を用意しても危険の方が多そうだ」

「思いとどまってくれて本っ当によかったわ」


 維持するだけなら問題ない。最悪魔力で全体を支え続けてやればいい。

 だがそれはあくまで他に一切の妨害を受けない前提だ。飛行も却下されるのが目に見えている。

 どうしても必要になるのであればそこで用意しても遅いなんてことはないだろう。


「でもキリハ君、飛べたよね? それで先を調べてもらうとかどう?」

「ダメだよそんなの。キリハには私がついて行くからいいけど、みんなが……」

「いやいや、渡るなら別に俺一人でも十分だろう。印をつけておけばさすがに迷うこともない」

「それはもっとダメ。道に迷うとか、迷わないとか、そんなの関係ないよ」


 ……やはりそうきたか。

 先行調査はなし。全員の移動も却下。となると残った選択肢はただ一つ。

 道中魔物を一撃で仕留めてきたとはいえ、移動した距離もそれなりのもの。俺達の階級で洞窟内にね泊るのはあまり推奨しないとルークさんも言っていた。


「どの道、今別行動をとるのはリスクが大きい」

「同感。リィルちゃんが言った通り、一回戻ろうぜ。さすがにちょっと疲れて来たし」

「貧弱って言ってやりてーとこですけど今回だけは賛成です。続きは明日にするですよ」


 それがいい。

 深さが分かっていないこともそうだがこの地底湖、明らかに何かがいる。

 おそらく一匹。この場所を住処にしているのなら真正面から挑むべきではない。


「……ん?」


 手を出さなければ向こうから仕掛けて来ることもないのでは。その予想が甘かったとすぐに思い知らされる。


「あの、なんか……あの辺り、水が揺れてません?」

「その辺の土とか気付かずに蹴っ飛ばしたんじゃねーですか。よくあるですよ?」

「そうじゃなくて。なんか、こう……中で暴れてる、みたいな……?」

「は?」


 湖の奥深く。細長い何かが荒れ狂う。

 丁度泉の中心部。小さな波紋が浮かび上がる。


「引き返せ」


 中心の波紋は次第に大きさを増していった。

 それだけではない。最初の波に共鳴するかのように幾つも浮かぶ。

 トドメとばかりに勢いよく泡が飛び出す。しかも、一度や二度ではない。


「引き返せって、さっきからそうしようって話してたじゃんか」

「……どのくらいか、分かるか?」

「すぐだ。とにかく今は少しでも距離を――」


 言い切る間もなく、特大の水柱が噴き出した。


 天井まで届くほど高く巨大な水柱。

 引き起こした元凶の姿は未だに噴き出した水の中。しかし、細い。おおよその形状はおそらく予想通り。

 飛沫が触れないよう、半球体の防壁で受け止める。


「……えっ」

「はい?」

「……何あれ?」


 すぐに引き返すようハンドサインを送るが誰も動かない。

 程なく広大な地底湖全域に降り注いだ突発的な雨が止む。

 防壁はそのまま、水柱の中から現れたそいつを見据える。


 そこにいたのは蛇だった。

 身体の大部分を地底湖の中に隠しながら、それでも5メートルを優に超える怪物だった。


 全身は白。大きく見開かれた眼は真っ赤。

 濁りのない二つの点が俺達を睨む。が、すぐには仕掛けない。

 派手な登場をしてきたかと思えば。ひとまず様子を見ながら皆を避難させるしかない。


「……に」


 頭部はおそらくタツノオトシゴが一番近い。このサイズではただただ不気味でしかなかった。

 断じてあんなかわいげのあるサイズではないものの、背鰭が見える。所謂『蛇』ではないだろう。


「逃げるわよぉ――――――――っ!!」


 リィルの合図で、全員一斉に駆け出した。

 それでも水蛇は動かない。こちらも防壁の展開のみに留めておく。


 あの身体で体当たりされるだけでもかなりのダメージになるだろう。しかも水の中から飛び出すおまけ付き。


「なななななんですかあれ!? 見たことないんですけどっ。あんな魔物、見たことないんですけどっ!!?」

「知らねーですよ逃げるが勝ちです!」

「こんなのいるなら先に言っといてくれよほんとさぁ!?」

「そういうのを調べるための――わわっ、喋ってる余裕なさそうだねこれ!?」

「当たり前だ!」


 ……口から水まで吐くのか。


 最初に展開した二つの防壁の隙間を器用に狙い撃ち。当然狙いは手前の俺。

 滝に打たれているかのようだった。防壁にかかる重圧も相応のもの。


「《魔斬》」


 しかし太刀打ちできないようなものではない。

 上から下。縦の斬撃が水流を裂く。生憎本体には水中へ逃げられてしまった。


「ばっ!? おまっ……お前さぁ!? なんでまだそんなとこにいるんだよ!?」

「いいからレイス達はそのまま戻れ。飛んで引きつけておく。リィル、悪いが皆を連れて上に」

「みんなってあんたは!? 何してくるかも分からないのに――」

「……大丈夫なんだよね?」

「アイシャ!?」


 さすが、話が早い。

 状況的におそらくこれが最善。あの白蛇が地底湖からどこまで攻撃できるか分からない。


「当然。アイシャも、頼んだ」

「分かった! 行こっ、リィルちゃん!」

「ちょっと!?」


 あとは入り口を防壁で固めておけばいいだろう。間違って誰かが入ってしまわないように。

 飛び上がると、待っていましたとばかりに水面から細い線が幾つも伸びた。

 狙われはしたが恐れる程の威力でもない。念のために受け止める。


「《魔ざ――……ちっ」


 また水中に。

 ようやく顔を出したと思ったらこれだ。一応放つが、当然届かない。

 水中の移動が速い。大してこちらの魔法は水中で勢いを削がれてしまう。


(さすがに水中まで追いかけるのは危険、か……)


 どこか外部に通じているとは思えない。完全に逃亡することはないだろう。

 かといって湖を割るだの、蒸発させるだの。そんな荒業は使えない。

 洞窟の強度が不安だった。こんな環境で下手に暴れたらどうなるか。分かったものではない。


【――――】


 再び飛び出す水の針。追って、耳障りな甲高い叫び。

 場所が場所だからかやたらと響く。他の冒険者にも聞こえているだろう。

 槍の刺突に載せて放った《一穿》も、水中で上手いように躱される。


「《凍結》」


 反撃の水鉄砲。

 多少動き回ったところで水蛇の身体は依然水中。身体が絡まるような馬鹿でもない。


 しかし一直線に伸びた水は防壁に触れることもなく氷の釘に成り下がる。

 凍らせたのはあくまで水面を出た部分だけ。落下する前に砕いてそのまま水面に撃ち込んだ。

 あえて範囲を広げはしたが、身体の大部分は水中に潜めたまま。掠る筈もない。


「いっそのこと、この水たまりを丸ごと熱湯風呂に……」


 おかげで一瞬、短絡的なアイデアが浮かんでしまう。

 論外。この巨大水蛇が熱湯に弱いかどうかなんて誰にも分からない。

 まだ氷漬けにした方がマシだろう。それも結局問題の先延ばしでしかない。






「あら……?」


 報告が寄せられ程なく洞窟の調査を始めた精霊騎士。

 再調査へ赴こうと思っていた頃、地下か魔力が大きく脈打つのを感じた。

 そんな彼女の元へルークが近付く。その表情はどこか不思議そうなものだった。


「どうされました? 何か気になることが?」

「いえ、違うわ。そろそろまた潜ろうと思って。私がいつまでもこの場所を使うわけにはいかないでしょう? 集まった人数を考えれば猶更、ね」

「すみません。ここまで来てもらったのにこのくらいしか用意できなくて」

「気にしないで。これが仕事だもの」


 本当に不満などなかった。

 ただ外の空気を吸いに来たに過ぎない。彼女と契約する精霊たちの希望でもあった。


「それに、私の情報がここに集まった人々の役に立つのなら――……」


 名簿を捲る。特級の肩書を持つ彼女にはそれが許される。

 そこで見つけた。


「……少しいい? この名前って……」


 彼女にとって参加者の確認はごく当たり前の事だった。

 その中の、後半部分の一ページ。普段は注視もしない部分。

 見慣れないチームのメンバーとして記された名前を見つけたのは幸運な偶然でしかない。


「ご存知ですか? 驚いたな。彼、まさかあの"精霊騎士"にも知られていたなんて」

「……やはり"彼"なの?」

「そうですよ。登録したてとは思えない成果を上げてストラの新星、なんて噂まで流れてるらしいあのキリハ君です」


 本来訊ねた意味とはやや異なっていたものの、彼女にとって朗報だった。

 おそらく本人は自らの肩書にいい顔をしないだろう。彼女が知る天条桐葉はそういう人物だった。


「キリハ、さんが、どうかした、ですか?」

「……あなたも、彼と?」

「色々ありまして、です」

「そう……ありがとう」


 先日の誘拐事件のことだとすぐに悟った。

 いよいよ彼女の予感は確信に変わる。


「マユちゃん、それ確かこの前キリハ君も言ってなかったっけ? ところで、一体どこで――……あれっ?」


 そこにもう彼女の姿はなかった。

 誰もが振り向いてしまうほどの美貌も構わず再び洞窟へと足を踏み入れた彼女は足早に奥を目指す。


(あの時感じた魔力は……)


 間違いない。

 その時また、彼の魔力が一際大きく脈打った。

 間違えるはずがない。

 迷いのない足取りで進む一方、彼女は小さく微笑む。


「そう……あなただったのね……?」


 待ち望んでいた邂逅の機会に、胸を躍らせながら。


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