第478話 解除をさせようにも
(なんともまあ、賑やかな……)
おそらくユッカに断りを入れることなくこちらに生中継しているであろうやり取りを聞いて、真っ先に持ったのがそれだった。
2人のやりとりの内容がいいかどうかはさておくとして、ヘレンが合流できたこと自体は朗報。
ヘレンに限って、ただお喋りをするためにユッカを動けるようにしたなんてことはさすがにない。
少しばかりその時間が長すぎるというだけで。
……ユッカの気を紛らわす目的もあるとは思うが。
(となると、俺は――)
空中の氷を足場に、赤が混じった黒いソレを打ち返す。
おかげでまだまだ、右手からの苦情は止みそうにない。
そこまで文句を垂れるのかと思わないでもないが。
『……その余裕そうな表情は、見ていて気分のいいものではないな』
「町をこんな風にしておいて、よくもまあそんなことを。こんな光景を見せられた当事者の気分がよくなるとでも?」
『仕方のない措置だった』
「ほう、これが。面白くもない冗談だ」
次々と飛来するソレは、ため息をついている本体から切り離されたというわけではなさそうだった。
何十発と処理をしても、向こうに消耗した様子は一向に見られない。
東西南北に飛び去りそのまま消えていくソレを再び取り込んでいるわけでもない。
ただ、さすがに、無制限に打ち出せるというわけでも、なさそうだった。
『壊されるわけにはいかない』
「だったらあれがどういうものなのか、せめて話をしたらどうだ」
『言えば退くのか』
「内容次第とだけ言っておく」
『ならば拒否する』
「そいつは残念」
多くて、20。
どれだけ数を増やしても、そのラインを上回ることはない。
その20発でさえ、全く同時に射出されたというわけでもない。
防御させないためにタイミングを変えている、というだけではなさそうだった。
(町の外の木は揺れているから、止まっているのは限定的な区域だけ……。こいつに解除をさせるのが、手っ取り早い上に確実だったが……)
攻撃が完全に止むことは、やはりない。
通用するかどうかの問題では、おそらくなかった。
交渉のために切ることのできるカードがない今、あまり大それたこともできない。
まして、例の炎を壊そうとするなどできるわけがなかった。
(あれへの防護のおかげで、町への被害も抑えられている部分はあるが……)
実際には、おそらく壊せない。
完全に静止した街の中。
行動可能な面々以外へ危害を加えることは、おそらくできない。
少なくとも、あの炎に関しては確実にそう。
あの靄が触れても、炎はその形を全く崩さなかった。
この停止空間を完全に吹き飛ばすような力を振るえばその限りではないのかもしれないが、そんなことをしてもどうにもならない。
「《凍結》」
――今はとにかく、時間を稼ぐしかない。
飛来しようとしていたそれが、次々氷の足場へと変わる。
小川にに並ぶ飛び石のように。
『っ、また……!』
「悪いな、見飽きた手ばかり使って」
それを足場に駆け抜けたとき、やはり靄はそこから消えていた。
「《凍牙扉》」
大きく口を開かれた方へ、そうとは知らずに向かっていった。
『ッ……!?』
それに気づいた時には、もう、回避の選択肢が残っていない。
慌てて振り返ったところで――頭部の区別はつかなくとも、そう見えた――時すでに遅し。
その場でただ獲物を待ち構えていた口の中へ、結果的に飛び込んだ。
その時、確かに、靄の一部が切り裂かれた。
(やはり、実体は……)
そうだと確信を持った時にはもう、避けた部分は修復された後だった。
見えたのはほんの一瞬の間だけ。
しかし、そうだったということが分かっただけでも個人的には十分。
空で開かれていた《凍牙扉》を掠めたのは、確かに形のある何かだった。
『よりにもよって、氷の魔法使いとは……運が悪い……』
「まるでそうでなければ勝ち目があったかのような言い方をするじゃないか」
捕食されかけた当人はと言えば、動揺を声に滲ませながら言った。
『……少なくとも、こんなことにはならなかった』
その言葉も、正直、本心から出たものとは思えない。
あっという間に癒えたであろう部分をしきりに気にしている。
当人の様子を見る限り、言う程のダメージはなさそうだが。
「さすがにそれは、他の魔法への過小評価と言わざるを得ないな」
少なくとも、まだ例の塊を打ち出すだけの余裕はある。
威力も速度も、衰えたような様子はない。
(っ……。お前もいい加減に諦めろ。もう少しの辛抱だ)
おかげで剣からの悪態もほとんどそのまま。
本体を覆うそれとは別枠、というわけでもないだろう。
何かしらの力で俺の認識を無茶苦茶にしているとしても、だ。
「足場を作ることも、待ち伏せの罠を作ることも、できないわけじゃない。作り出した魔法が勝手に固まってくれるこの環境なら、猶更」
――他者からの認識を操作する前に、まず、自分の中にある意識を改めた方がいい。
確かに、もっとも手早いのが氷であるのは間違いない。
が、だからと言って、他の魔法では防げないというわけでもない。
「たとえば、こんな風に」
土の壁は勿論、水で丸呑みにしても、それごと勝手に固まってくれる。
行く手を遮るように炎を置けば、進んでそれとぶつかり向こうが消える。
これまで見てきた限り、風は少々厳しいかもしれない。
強いて挙げるのであれば、そのくらい。
飛んでも跳ねてもも、先ほどまで吹いていた筈の風の感触がまるでない。
風を切る感触というものがない。
その辺りがどういった仕様になっているのか、詳しいことは分からから断言することまではできないが。
「そもそも、どれも魔力の塊を作り出せばできること。足場にされて面倒だというなら、解除してしまえばどうだ?」
『……そんな言葉に乗せられるとでも思ったか』
「いいや、全く」
光の魔法さえ、線上に放てばそれが触れられる形となって残る。
そんな環境下で、氷の魔法使いでなければなどと言ったところで何も変わらない。
氷の魔法でなくとも触れられる形として残るのだから。
あの魔法の上を飛び回る変質者でなければと言うのなら、まあ……分からなくもない。
そんな評価を下されて喜ぶかは、また別の話だ。




