第46話 事前演習
「ムリ、狭い。さすがに狭い」
前回と同じ日程で辿り着いた洞窟の入り口。
レイス達の反応はあまりいいものではなかった。
「今更だけど本当に大丈夫なのかな? ルークさんはもう罠は残ってないって言ってたけど、もしかしたら……」
「念のために今調べさせているところだ。何の反応もないからひとまず信じてもいいと思う」
「あの鳥そんなに重くないでしょ」
「さすがにその辺りは調整した」
今回は形状から手を加えている。具体的には球体。
所定の位置につき次第洞窟内を徘徊する的の役目を担わせることになっている。
時間も短縮できて一石二鳥。いいことづくめだ。
「大丈夫だって。オレらも別に初めてじゃないし、狭ささえなんとかすりゃあイケるだろ」
「だったら何人かのグループに分けたらいい。分断された時の訓練にもなる」
「キリハのトコだけ難易度超下がりやがりそーですね」
「それを言ったら始まらない。さ、遅くなる前にグループ分けしてしまおう」
八人同時にグーチョキパーでチーム分け。
やはり何かと便利なのだろう。全く同じとは思わなかったが。
そして、結果は。
「……キリハさんだけ別ですか」
「オレ達は、二人なんだな」
「その辺りは後で話す。ちゃんと三人で向かってもらうから心配しなくていい」
アイシャとユッカ、そしてリィル。
レイスとレアムさん、ついでに俺。
トーリャとイルエ。
「条件は奥に設置したカシュルを取って戻ること。時間制限は特になし。徘徊している的は何度壊しても構わない。……他に何か、聞いておきたい事は?」
ある理由から一番手は俺達に譲ってもらった。
以前見つけた罠はひとつ残らず協会に報告して、撤去が完了したという話も聞いている。
罠の調査はあくまで念のためだ。ここまでやって見つからないものが他にあるとは思えない。
攻撃はないにせよ、一応的も徘徊させている。
挑戦と意気込む程ではないが、気を抜く理由もない。
「――どわぁあああっ!?」
そう思っていたのだが。
「少し落ち着け。もう倒した。……なんというか、色々と大丈夫か?」
「お、おう……なんとかな……そりゃまあ、いきなり飛び出してきたのには驚いたけどな……」
開始一〇分。早くもレイスの顔に疲労の色が現れ始めていた。
今もそう。物陰から現れた《氷象》に大声を上げて驚いていた。
肉体的な疲労ではない。肝試しを始めたつもりなんて微塵もなかったが、状況的にその方が近いように思える。
「いやさ、だってさ、いきなりデカいのが飛び出してきてさ、攻撃されないって分かってててもさ……」
「分かった。分かったから少し落ち着いてくれ。一旦休もう」
本当に大丈夫だろうか。
開放日に間に合うよう出発する方向で予定は立てていたが、少し考え直した方がいいかもしれない。
索敵と迎撃。不慣れな状況と考えればやむなしと言ったところかもしれないが……
「大丈夫。レイス君、やるときはやるから」
「……そこまで顔に出てしまっていたか。申し訳ない」
「謝ることなんてないよ。おかげでこんな練習もできるんだもの」
「そ、そーだぜ……うぷっ」
「レイスは無理しなくていいから」
しかし何故酔ってしまったかのような反応を。
少し数が多かったかもしれない。それとも、移動範囲を狭めて対処するべきか。
迷宮の正確な難易度を今の時点で把握している人物などいない。だからこそ、こんなところで無茶をする必要もない。
……起き上がったレイスの目が若干変な方向を向いてしまっている今、やや手遅れのような気もしていた。
「へ、へへへっ。さすがにこれだけ見た後なら大丈夫だろ。どこからでもかかってこいよ!」
「だったら上は?」
「……うん?」
「だから上だ、上。具体的には少し先の天井」
もうこんなところに。
全自動の弊害とでも言うべきか、こちらに近付く標的。
正面からではない。しかし徐々に、着実に迫る。
「天井って……えっ」
「あれは……」
見上げた二人の視線のその先。
「なんで張り付いてるんだよあんなところに!?」
天井を緩やかに滑る氷の塊。
何かこれと言って分かりやすい形をしているわけでもなく、薄く伸びたまま天井を這う。
不気味さを軽減しようと思っていた筈が、目がないためにかえって怪しさを増してしまっていた。
「なんだよあれ! なんだよあれ!? あんな魔物いたか!?」
「ああやって張り付くんだったら……ダークリザードとか?」
「いるのかよ……」
名前だけでも容易にその姿が想像できてしまった。
レイスの反応を見るにそこまで数の多い魔物ではなさそうだったが、洞窟で遭遇する可能性は十分にある。
「あれはあえてあのままの状態にさせておいた。見つけた時点で遠くから仕留められるように」
「……なんか動いてね?」
「同じ場所に待機させても意味がないだろう?」
「器用だなお前!?」
何を今更。
既に飛び回る鳥を見ているのだからそんなに驚かなくてもいいだろうに。
むしろ余計な動作を挟まない分、こちらの方が楽。
「――風よ、集いて敵を討て」
悠長な俺達を他所にレアムさんの風魔法が氷を砕く。
剣の先へ集約した風の弾丸。発生は早く、弾速も相当のもの。
一言で表すなら魔法剣士。風魔法自体、斬撃との相性もいい。
「……うん、このくらいなら私でも倒せそう。レイス君ならいけるよ、ファイト!」
「おう!」
果たして本人は気付いているのだろうか。
今、完全に乗せられたことに。
しかも話の流れが微妙に不自然だった。……いや、本人が楽しそうならそれでいいか。
「きっとその内出てくるよな。キリハがここにいるんだし」
「言っただろう、自律型だと。すぐに現れるとは限らないからな」
「……マジであの魔法もいろいろおかしいって絶対」
「使う時は気を付けた方がいい。加減を間違えると一気に魔力を持って行かれる」
「いいって。真似できる気がしない」
難しく考える程のものではない。
今回もそうだ。術式をほぼそのまま張り付けたようなもの。
「でもどうする? オレらはキリハに聞いたけどさ、張り付いたりとか、トーリャ達もビビるんじゃね?」
なんだ、まだ気付いていなかったのか。
まったく、最初の話をした時点で読めているだろうに。
「お、おいキリハ? なんだよ。急に肩ポンって……」
「何のためにわざわざ最初に来てもらったと思っているんだ?」
「優しい表情して言うことそれかよ!?」
むしろほかにどんな方法があると言うのか。
一番手にしてもらったもう一つの理由。最後に向かってもらうトーリャ達に同行するメンバーの休憩時間を確保するためだ。
「まあ今のは冗談にしても、トーリャとイルエに説明する役を誰かにやってもらう必要がある。初回はともかく次まで俺がやると……」
「あ、なんか納得」
「そういうことだ」
他にも個人的なものを含め幾つか理由はあるが、特に語るようなものではない。
アイシャには家で先に聞いてもらったから大丈夫だろう。予め相談して絶対同じグループにならないようにしたくらいだ。
「…………」
「レアムさん? 何か?」
「そうそれ。気になってたんだけど……イルエちゃんは『イルエ』って呼ぶんだ?」
「さすがに『さん付けなんて気色悪い』とまで言われて続けようとは思わない」
「なんてこと言っちゃってるの、あの子……」
「別にそこまで。もう慣れた」
「ふーん……」
あのくらい、さほど気にする事でもない。
少し言い返すくらいはあっても、逆に言えばそこ止まり。
多少気軽な方が俺としてもありがたい。
「そうしとけそうしとけ。イルエに遠慮なんてないからさ」
「さすがにそれはないだろう……?」
「甘いなキリハ。お前もそのうち分かるぜきっと」
本人に聞かれても大丈夫なんだろうか。今の発言。
まさかイルエも誰彼構わず突っかかるようなことは……喧嘩がどうこうという話を聞いたのは気のせいだろう。おそらく。
「それよりさ、私のこともレアムでいいよ。一人だけ呼び方違うとなんか疎外感あるから。……いいよね?」
「そういうことなら」
正直そこまでは考えていなかった。
特に断るような理由もない。
「さ、そろそろ奥に向かおう。……だが、その前に」
「分かってる。今回のはオレも気付けた。やっていいよな?」
「ああ、遠慮なく。盛大に」
「さすがにそれはちょっと厳しいって。けど――おらァっ!」
レイスの剣が《土偶》を切り裂く。
そこからはもう、流れ作業のようだった。
早い者勝ち。
切り裂き、砕き、幾つもの破片が洞窟に散らばる。
次第に《土偶》をレイスが、《氷象》をレアムが優先的に狙い始め、標的の高さでもそれぞれ役割分担。
ほんの数体の討ち洩らしの以外、ほとんど俺の元まで回って来なかった。
「ど、どうだ……ここまでやれば、なんとかなるだろ……」
夕暮れ時。
地面に書かれた『正』の字は一〇個を超えた。
組み合わせを変えながら繰り返し、最終的にカシュルを持ち帰ることができた回数。
しかし一度もギブアップはなかった。挑戦回数との差はない。
「さすがにちょっと、疲れましたね……どうします? 今日はもうこのままここで休んじゃいますか?」
「それがいいだろう。急いで戻るなら空からすぐにも向かうが」
「やめてください」
「きょ、今日はもうここで休もう? ね?」
別に強制連行したりはしない。
最初の一回がそれだけ悪い意味で印象深かったんだろう。現にレイス達は首を傾げている。
「な、なんで一番魔力使ったあんたが平気そうなのよ……普通、逆でしょ……」
そういう仕様だ。諦めてくれ。




