表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
XI 異つの刃が揃う時
452/691

第452話 そろそろ、この町を

「しかし……そうですか。そろそろ、お二方もこの町を去られるかもしれないのですね」


 いつも通りの美味しさを味わっていると、ふと、厨房の方から名残惜しそうな声が聞こえた。


 ナターシャさんもおらず、今晩は完全な貸し切り。

 どこからともなく聞こえてくる笛の音色に紛れて、そんな声が聞こえてきた。


 理由など考えるまでもない。

 店主さんの言葉が答えだった。


「ストラで待ってくれている人達がいますから。……それに、そろそろ家のベッドが恋しくなってきてしまって」


 名残惜しさのようなものは、俺も感じていた。

 とはいえ、さすがにいつまでもこの町に滞在するのは難しい。


 ……サーシャさんが来ているそうだが、どんな状況になっているのやら。


「でしたら、急ぎませんと。ここからストラまでとなると、時間もかかるでしょう」

「まったくです。一気に飛んで帰ってしまおうかと思うくらいには」

「またまた、ご冗談を」


 店主さんが言った通り、もちろん冗談。

 実際にはやらないという意味で。


 飛んで帰れるのなら帰ってしまいたいが、生憎まだその手の許可は取れていない。


 ……この店主さんに飛ぶところを見せたらどんな反応をするのやら。


「ただ、おそらく……町を離れるのは別々のタイミングになると思います。実はもう一つ、依頼を受けている最中でして」

「おや。でしたら、まだ休んではいられませんね」

「はい、お願いしますね」


 話をしているうち、皿は空になっていた。

 これで明日からも動けるというもの。


 とはいえ、内容的にさほど時間はかからないだろう。


 俺がこの町にいる時点で目的を達成できているのだから、内容自体は何でもよかったのかもしれないが。


「では、私からも。――こちらを、お願いいたします」


 何にせよ、休む前にもう一つ、やっておかなければならないことがある。






「……そのために引き返してきたの? わざわざ?」


 思わず、彼に聞き返した。


 キリハが持って来たカゴを見れば見るほど、不思議で仕方なかった。


「わざわざ、なんて言われるようなことじゃありませんよ。ほんの少し寄り道をしただけなんですから」

「……ここからあの店まで、それなりにかかる筈だけど」

「ですから、言う程でもありませんってば。現にこうして戻ってきたじゃありませんか。俺が」

「どうだか……」


 また来ますから、と言って部屋を出たのはついさっきのことだった。


 もう、外も明るくない。

 戻って宿で体を休めてた方が、絶対にいい。


(……そのくらいのことはさすがに分かってるって、思ってたんだけど)


 ――『いざとなったら夜にでも』


 ――『大丈夫ですよ。これでも自分の限界くらいは分かっていますから』


 ――『俺のどこにそんなお行儀のいい要素があるんですか』


 ……そうでもないか。


 これまでの言動を振り返ってみると、むしろ逆だった。

 どうして自分が最初にあんなことを思ったのか、不思議になるくらい。


(あり得ないくらいに、無頓着……)


 自分のことを後回しにしておいて、代わりにこんなことをするなんて。


 だから『心配をかけたくない』と思うことはあっても、自分のことを案じないのかもしれない。


(……苦労しそうね。本人がこんな調子だと)


 私たちは勿論、[イクスプロア]も。


 彼の手を借りることになるのは多分、戦闘が絡んでくる状況。


 そうなったら、きっと同じような行動に出ると思う。

 しかもそのまま突破してもおかしくなかった。


(……能力の高さが本当に厄介ね)


 普通なら無理だって諦めそうなところで、諦めない。


 今回だってそう。

 自分の依頼が軽いからって、結局、リリの探し物の他にも次から次へと手を出した。


 ……そんなことばかりしてたら、いつか自分に返ってきそうなものだけど。


「心配性ですね。ナターシャさんは。こんなことまで気にしていたらそれこそ疲れかねませんよ?」

「そう思うなら行動を改めて」

「ではまず、ナターシャさんにお手本を」

「……どうして私が」


 どうしてそこでそうなるの。


 彼は真顔で言った。

 私に『疲れかねない』って言った表情のまま、言ってきた。


(……どうして、私が)


 意味が分からない。


 言って納得するとは思ってなかったけど、こっちにつき返してくるなんて。


「ナターシャさんだって人のことは言えないでしょう。自分が倒れたばっかりなのに、そんな心配ばかりして……。ナターシャさんこそ、もう少し他のことを後回しにするべきでは?」

「……。…………私はいいの」

「そんな無茶苦茶が通って堪りますか」


 ……思ってたより、普通の理由だった。


 てっきり、また躱すために言ったと思ってた。

 この町にいる間だけでも何回も聞いたから、そうだとばかり思ってた。


(……まさかここまで心配するなんて)


 自分のことを後回しにして。


「だって、あなただって言ったでしょう。言う程でもないって。私も同じよ」

「ああ……やはり今日はゆっくりお休みになってください。言っていることが滅茶苦茶ですよ。さっきから」

「なんですって」

「俺は客観的な事実をお伝えしたまでのことです」


 ――どこが?


 やっぱり、違った。

 ちょっとでも納得しかけたことが失敗だった。


 どうして言い返しただけで病人扱いをされなきゃいけないの。


「……本っ当に、生意気……」

「えぇ、まあ。おかげで師匠にも毎日のように折檻されましたよ。ははは」

「笑いごとじゃないでしょ」


 しかも、訊いてもないのに、そんなことを言い出した。


 ……それでも矯正できなかったんだから相当ね。


「別にそんな、命の危機に瀕したわけでは――……まあ……ギリギリないと言えないこともないでしょう。おそらく。……いざとなれば元凶がどうにかした筈ですから」

「普通は命の危機になんてならない筈だけど?」

「そちらはそちら、うちはうちですから」

「そんな馬鹿な話が……」


 さっきから、どこまで本気なのかも分からない。


 リリにはあれだけ優しくできるくせに、どうしてこうも――


「まあまあまあ、その話はまたいつか。ひとまず今は、美味しい料理を食べてたっぷり栄養を取ってください。さすがに邪魔はしませんから」


「…………そういえばそんな話をしてたんだったわね」


 ……忘れてた、わけじゃないけど。


 後回しになったのも、仕方ない。


 キリハがおかしなことばかり言うんだもの。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ