第441話 まだまだ、他にも
大したものだと、思っていた。
人によって接し方をあからさまに変える件について、思うところがないわけではない。
特に、自分を前にした時の彼の態度については。
ただ、自分にないものを持っていると感じたのも、確かだった。
戦闘能力に直結するようなものではない。
調査の場面において役に立つとは言いがたい
場合によっては、不要とさえ言われかねないようなもの。
それをキリハは確かに持っていた。
人並みの域では到底収まらないものを。
リリに対して本気で接していたのは、ナターシャにも分かっていた。
少女の探し物を、彼は夜間にも探していた。
奇妙な魔物の出現によってそれと頃ではなくなってしまったものの、それさえなければ探索を続けていたのは想像に難くない。
リリがキリハに信頼を寄せるようになっていったのも、少女の事情だけが原因ではなかった。
そんな在り方は、ナターシャから見ても、立派と評するほかない。
だからこそ、予想外だった。
キリハに負けず劣らずの――いや、半分ほどであろうと、リリから当てにされていたということが。
「町まで戻らなくても、リリなら、大丈夫から……だめ?」
ナターシャは、その言葉を最初、魔物を恐れるあまりに出てしまった言葉として受け止めた。
理由はどうであれ、ナターシャに魔物との戦いを優先させるためにそう言ったのだと考えていた。
「別にリリを送り届けたくらいで遅くなったりしない。私といるより町の中にいた方が安全よ。さっきの一体だけどは限らないんだから」
そう思ってしまうのも仕方のないことだと受け止めていた。
ナターシャ自身、詳しく知らない魔物。
知らぬ間に樹木をも溶かす液体を体内に宿していた。
異常というほかない状況が、幼いリリから、冷静な判断力を奪ってしまった――そんな風に、想像していた。
「遅くなるとか、ならないとか……そういうのじゃ、なくって……」
「? それ以外にあるの? 何か」
そのように考えていたからこそ、リリの態度が妙に思えて仕方がなかった。
とはいえ現在、魔物の吐き出す液体は届かない。
ナターシャが軌道を逸らすまでもなかった。
そもそも打たれた痕跡さえ見当たらない。
「町の中なら、侵入されない限り絶対に安全。入れそうな場所自体、多くない。……。それなのに、外に残るつもり?」
ここまで引き離しておけば――……と、ナターシャはもう一度、リリ訊ねることにした。
やあ強めな口調も、意図的なものだった。
この状況で街の外にいたところで、リリにとっては何らメリットがないのである。
「こ、ここがいい……。ここが、いいの」
「……」
しかしリリも、引き下がろうとしなかった。
ナターシャの腕の中から、少女は真っすぐ見つめていた。
無論、そこにナターシャに対する恐れなどまるでない。
(……)
そんな少女の姿を見ているうち、ふと、疑問が湧いた。
「もし、キリハと合流したら? その時はどうするつもり?」
気付けばそれは、言葉となって口から飛び出した。
「…………。……おねーさん」
「急に歯切れが悪くなったわね」
予想していた通りの答えに力が抜けてしまったのは、ほんの僅かな間を置いた後。
実に正直な答えが返ってきた。
「ち、違うの。おねーさんのことがイヤとか、そんなのじゃ、ないの」
「そんなこと言わなくていいわ。ちゃんと分かってるから」
意地悪な質問をしてしまったという自覚は、あった。
少なくとも少女の弁明に目くじらを立てる気にはなれなかった。
このような状況とはいえ、自身に全力で媚びるようではその方が心配とさえ、ナターシャ
当然、少女に向かってはっきりとそのことを伝えるような真似はしないが。
「それじゃあ、キリハを見つけたらあとは彼に任せるから。リリも、それでいい?」
「ん……うん……」
やや遠慮がちではあったものの、頷く少女に迷いはなかった。
(……彼の居場所が分かれば、そっちに向かえるのに)
問題は、当のキリハの姿が全く見当たらないことだった。
声も聞こえず、更には魔力の反応さえ掴めない。
リリを連れて戻るよう頼みたくても、頼みようがない。
そう遠くへは行っていない筈なのに、だ。
(……まさか、迷ってるなんてことはないと思いたいけど)
ナターシャの中にそんな懸念が浮かんでしまうのも、仕方のないことだった。
彼の弱点については知っている。
不慣れな土地故に迷ってしまった――なんて話では到底すまされないようなものであることも。
「おねーちゃん、どうしたの……? 何か、探してる?」
「ちょっとね。……近くにいないのは分かってるけど、念のため」
あの魔物に負けたとは考えられない。
敗北の可能性を排除した時、真っ先に浮かび上がるのがそれだった。
困ったことに、今は要因になりえる要素があちこちに転がっている。
(彼の方もいっぱいいっぱいなんてことになってないと、いいけど……)
しかし仮にキリハと合流できたとしても、状況が改善されることはない――そんな気がしていた。
リリの安心は得られても、それ以外に余計なものがついてくる。
それもきっと、いろいろと。
「……サーシャのあれも、冗談じゃなかったのね」
具体的にそうなっているというわけではない。
ただ漠然と、ナターシャは感じていた。
自分たちにとって最も望ましい展開を迎えることはないだろう、と。
「お、おねーさん……っ」
「分かってる」
この森の中にとどまる限り、淡く光る魔物と顔を合わせてしまうに違いない。
事実、またしても魔物が彼女たちの前に姿を現した。
「シプコス」
――素早く二階、地面を叩く。
魔物の口から液体が吐き出されるよりわずかに早く、軽やかなリズムを左足で刻んだ。
(……やっぱりいたのね。他にも)
自身を避けるように飛んで行ったそれをちらりとだけ見て、ナターシャは小さくため息をつく。
前方から、両脇から、魔物は跳び出してきた。
無論、最初に姿を見せた一匹は今もナターシャのことを追っている。
(ここだけでこの数なら、全体で倍はいる筈……)
個々の能力に、大きな差は見られない。
少なくとも、魔物の口から放たれた液体はそれぞれ樹木を溶かしていた。
(一旦、離れた方がよさそうね……。囲まれながら戦うのと、リリが――)
それを見たナターシャが強行突破も視野に入れた、その時。
「渦巻け」
吐き出された溶解液は、舞い上がった。
旋風に絡まれ、渦を巻きながら昇っていった。
(……やっと来たのね)
それを引き起こしたのが誰か、ナターシャにはすぐに分かった。
「遅かったわね。まさかいいところどりされるとは思わなかったけど」
「別にそういうつもりじゃありませんよ。少し、見つけるのに手間取ってしまって」
言われて、その人物は肩をすくめた。
自身が舞い上げた危険物と入れ替わるように、降り立った。
「もちろん、遅れてきた分はしっかり働きますよ。……リリも、お待たせ」
「おにーさん……!」
リリのことを覗き込むようにして、キリハは柔らかな笑みを浮かべた。
キリハを見たリリに至っては、全てが解決したかのように安堵していた。
「安心するのはまだ早いわ。……いるんでしょ。他にも」
「残念ながら。できることなら、先に倒しておきたかったのですが」
「そこまでしなくていい」
「言われると思いました」
正確な数は、分からない。
しかし確かに、ナターシャが把握していない個体が、少なからず存在している。
「……話の続きは、あいつらを片づけてからにしましょうか」
未だに見えないそれらを見据え、キリハは刃を引き抜いた。
「幸い、向こうのやり口も分かっています。二人がかりならどうとでもできますよ」
「簡単に言ってくれるわね」
敗北のヴィジョンは、まるで見えてこなかった。




