第44話 自覚、無自覚
「あ゛ー……」
「…………」
ゾンビのような声を出すレイスと、最早一言もしゃべらないトーリャ。
地に伏せたまま微動だにしない二人。
この惨状を作り上げた犯人としては、申し訳なさ以外何も感じない。
「情けないですねウチのヤロー共は。なーに二対一でコテンパンにやられてるですか」
「……無茶、言うな」
「お前も一回やってみろよイルエ……」
後ろから見ていただけとは思えない態度だった。
別に参加してほしかったわけではない。参加していなかったにしては随分態度が大きいと感じるだけで。
二対一の模擬戦。
武器はユッカとのトレーニングに使っているものと同様、土製。
魔法は無し。武器が壊れるか、相手が動けなくなるまで。
最初は魔法の有無で談議になったが、開始早々の《旋風》で勝負がついてしまうためにこうなった。
どちらがよかったのかは分からない。色々な意味で。
「か弱い乙女の扱いがなってねーですね揃いも揃って。なんで魔力タンクのバ火力と戦わなきゃいけないんですか」
「……か弱い?」
「……乙女?」
「二人ともそこ動くんじゃねーですよ。すぐ楽にしてやりますから」
さすがに今のは二人が悪い。
魔導書が開かれ指揮棒にも似た杖が二人に向けられる。
額に青筋を浮かべそうな勢いだった。
果てしなく失礼な単語が聞こえたのは多分、気のせいだろう。
どちらにしても完全には否定できない。少なくとも現在の階級を考えれば確実に。
「あっ、キリハさ―――…………え、なんなんです? この惨状」
いつも通りの時間にユッカが来ても状況はそのままだった。
さぞ驚いただろう。
普段と同じようにトレーニングを始めようと思ったら草原の上に知り合いが寝転がっていたのだから。
しかもそこに向かって杖を突き出す仲間。変な夢を見ているのかと思いたくもなるだろう。
「レイスとトーリャが俺と模擬戦をして、その結果をイルエさんが呆れ気味に煽っていたところだ」
「なんで煽ったんですか意味わからないんですけど」
「普段もあんな感じなんだろう」
「それとイルエさん、今にも魔法撃ちそうですけど」
「……普段もあんな感じなんだろう?」
「そういう問題じゃないですよね止めましょうよ!?」
別にそこまでしなくても。
本当に魔法を撃つならさすがに防ぐ。
レイスもトーリャもそこまで慌てていないようだから、本当に普段からこんな感じでやっているのだろう。最初の呆れ挑発も込みで。
「うるせーですね。なんですか。遅れて来たくせに」
「わたしはいつもこのくらいの時間に始めるんです。あと、イルエさん達の方ですからね? 割り込んできたの」
「やりあってたのはそこに転がってる身の程知らずのバカ二人ですよ」
「先日の件で色々思うところがあったからだそうだ。……イルエさん、分かっているにしてもそこまで言う必要は……」
「キリハもその気色悪い『さん』付け止めろってんですよ。気色悪い」
「何故わざわざ繰り返した?」
レイス達があんな事を言った理由も今ならよく分かる。
いつもこんな調子でいて喧嘩にならないわけがない。
まあいい。そういうことなら遠慮なくそう呼ばせてもらうとしよう。
「いや、それよりさ……あの話覚えてたなら加減くらいしてくれよキリハ……」
「これ以上落としても訓練にならないだろう」
「……鬼め」
「何とでも言え」
サイブルでも軽々倒せるなら甘えたことも言ってはいられない筈だ。
ましてこの前――自らの価値観を絶対と信じて疑わない大馬鹿と同等以上の力を持った敵を相手にするならまだ生温い。
「鬼は言いすぎですよ。確かにちょっと何言ってるのかよく分からないことはありますけど。見てもさっぱり分かりませんけど」
「ユッカがトドメ刺してどーするですか」
……自覚はある。あるとも。
ユッカから《魔斬》を《吸奪》で回収・再利用した件を聞かれた時もそうだった。
俺が真面目に答えたつもりでも傍目からは非常識な物しか思えないのだと。
だが、アレに関しては偶然の産物をある程度形にしただけだった。何か言われても仕方がないのかもしれない。
「あ、いや、違うんですよ!? そのくらいすごいっていうか、人間やめてるっていうか!」
「……言葉のチョイス、もうちょっとどうにかした方がいーですよ」
「はい?」
ユッカの方は無自覚か。
イルエが人の事を言えるのかはこの際気にしないものとして、すぐにその単語が思いつく辺りユッカの中のイメージも想像がつく。
まさか巡り巡って自分にその言葉が返って来るとは。何の感慨も湧かない。
「もう一日分の体力全部使った気分……はー、何もしたくねー」
「よくあんな大見え切れたですね。『いつかはキリハだって超えてやる』ですっけ?」
「それトーリャが言ったヤツ」
「お前もだろう……」
個人的には悪くないと思ったのだが……そこは感覚の違いか。
俺でいいのかと思わないこともないが、その目標を誰に定めるかも各人の自由だろう。随時次を探せばいい。
「あの、さすがにそれは無理だと思いますよ……?」
「何も断言しなくても」
「この状況でそれ言っても嫌味にしかなんねーですよ」
「別にオレそんなこと思ってないって……」
「言いからレイスは少し休め。トーリャも」
思った以上に消耗が激しい。
急に手を抜くつもりはないが、明日からの事は考えた方がいいだろう。
「……あんた達、朝から何してるのよ……?」
様子を見に来たリィルも頬を引き攣らせたくらいだから相当だ。
「――それはキリハも、ちょっとやり過ぎだったんじゃ……?」
「分かってる」
アイシャの家での朝食。
男の一件も片付いて、ストラに戻ったのが昨日のこと。それでも状況が大きく変わる事はなかった。
「でもみんないたなら私も行けばよかったかも……。一人だけ仲間外れみたいだし……」
「それなら明日はアイシャもどうだ? ……多少事故は起こるかもしれないが」
「事故!?」
「ほら、今言ったような」
ある意味あれも事故だろう。
明日までに調整案がまとまればいいが、保障はできない。
「もう~、アイシャはその時間まだ寝てたでしょう~? キリハ君は出掛ける前に手伝いだってしてくれたのに~」
「大したことではありませんよ、あのくらい。……未だにお世話になっているわけですし」
「あら~、最近は宿代も入れるようになったでしょう~?」
そうですね。話し合いの末に宿代の半分程度をやっと受け取ってもらえるようになりましたね。
ユッカ達から聞いたものだから、俺くらいの階級の宿代の目安としては間違っていない筈。
「え、お母さんそんなことしてたの? なんで……」
「キリハ君たっての希望でね~。本当は普通の宿に泊まるって話も出たんだけど~」
「そ、それは駄目っ!」
「だと思ったわ~」
アイナさんの予想通りだった。
あっても多少残念がるくらいだとばかり思っていたのだが……その辺りはどうにも疎い。
「ちょっとした力仕事も頼めるから、うちとしても助かってるわ~。そのお礼じゃないけど、困ったときは相談するのよ~? 親御さんもこの辺りにはおられないんでしょう~?」
「はい、今も故郷に。と言っても、この辺りに来る前から一人暮らしをしていましたから今更頼るような事もないかもしれません」
仮に、あくまで仮に顔を合わせる事があったとして、話すようなことももうない。
「……仲が悪い、とか……?」
「アイシャ」
「あっ、ごめん……」
「それを言うのは私じゃないでしょ~?」
「気にしないでください。そういうわけではないので。普段は家を空けていても、子供の様子がおかしいと聞いたら休みを取ってくれるような人達ですから」
「……ならいいけど~……」
放任主義めいたところもあったのは事実だが、そこまで大きな不満を抱いた記憶もなかった。
俺の年齢を考えながらの判断だったのだろう。あの戦いを俺が知る前、わざわざ家族の休みを合わせたことも一度や二度ではなかった。
意見が合わないこともそれなりにあったが、総じて嫌な印象はなかった。
「ちなみに~、さっきの話は終わってないわよ~?」
「……うっ」
起きる時間の話だろうか。
決してアイシャが遅いわけではない。俺含めあの面々が早いだけだ。
てっきりレイス達はもう少し遅く来るものだと思っていたが。まさかほぼ同時とは。
「まあまあ、そのくらいで。俺にできる事ならやりますから」
「それはありがたいんだけど、そういう問題じゃないのよ~。お友達も増えたみたいだし、余計にしっかりしてもらわないと~。色々予定もあるでしょう~?」
「それなんですが、未だに魔物復活の話も聞かないままで。しばらくは採取をしながら魔法練習を続けよう、ということに」
町の外での活動もある程度は頭に入れているのだろう。
これから先、そういう機会も増えていくと。
「……あらあら~? もしかして、まだ聞いてなかったの~?」
「聞いてない、と言いますと……一体何を」
しかしアイナさんの反応は意外なものだった。
魔物の気配は今朝も感じなかった。
必然的に別の何かとなるわけだが、それが分からない。
「確か、昨日の夕方だったと思うんだけど~――」
そして俺達は、同時刻にそれぞれ同じ情報を手にした。
第三門の更にその先の地点で未踏領域――通称、迷宮が発見されたと。




