第438話 雨の中で
あまりに似ていると、そう言われた。
空の様子が、町の雰囲気が。
言葉では言い表せない何かが、否応なしに当時を思い出させるのだと――そう言われた。
きっと、忠告以上の意味を持ってはいなかっただろう。
あの怪物が復活するなどとは思っていなかった筈。
実際、そこまでの事態に発展することはないだろう。
あっていいものかという、個人的な感覚があるのは否定しない。
だが、どう考えてもあり得ない。
いくら出どころの分からないモノとはいえ、そのようなことは。
「……そんなことまでできたのか」
――ただ。
「それ以上、町には近付かないでもらおうか。その姿には嫌な思い出のある人が大勢いる」
それと同じように得体の知れないナニカは……町のすぐ近くにいた。
(偶然、では……ないんだろうな。どうせ)
その姿を目の当たりにして、キリハは密かに舌打ちした。
淡く光を放つ身体。
しかしそのシルエットは、およそヒトのそれではない。
右へ、左へと揺れながら、ソレは四本の足で前へと進む。
聞こえる筈のない唸り声が、キリハには聞こえた気がした。
ゆらりゆらりと進むソレから、餓えたけだものにも似た何かを感じた。
「行くなと言っている」
――その進路を、キリハは土の壁で遮った。
魔力から新たに作り出すのではなく、周りにある大量の土を利用して進路を閉ざした。
そうして自らが作り出した土の壁から顔を覗かせ、キリハは怪物を見降ろした。
「どういうカラクリがあるのか知らないが、その姿……昔この地域に出たという怪物のものだろう。そんなものに化けて、何をするつもりだ」
四つの足の怪物を、睨みつけた。
そう。今のキリハの目の前にいるそれは、確かに四足歩行をしていた。
キリハも件の怪物を直接見たことがあるわけではない。
しかし、四つ足のそれと相対した時、彼は確信した。
目の前にいるそれがかつて恐怖に陥れた怪物なのだと。
(……リリより先に見つけられただけ、よかったと思うしかないか)
複雑な感情をならし、自らを納得させた。
合流はできていないが、怪物の姿をリリが見ることもない。
捜索は《小用鳥》に続けさせるほかなかった。
もし妙なものを見つけたらすぐ知らせるよう言いつけ、町の内部も外も捜索を続けさせた。
リリと怪物が鉢合わせることのないように。
「一体、誰がお前をそうさせた? この前、無理矢理に融合させた誰かか?」
そうして自ら時間を作り出し、キリハは再び、怪物を睨んだ。
ヒトガタと戦いを繰り広げた場所へと戻ったのは、再び現れる可能性を懸念していたからだった。
実際、キリハの予感は正しかった。
全く同じ姿ではないものの、光を放つそれを再び見つけた。
「まさか、肝試しのつもりでもないだろう。……何を考えている?」
見つけてしまったからこそ、キリハの表情は険しいままだった。
(ストラの時とは、状況が違うとはいえ……これだけの拡張性が残されているという時点で、大問題……)
結晶は一つ残らず回収していた。
その上で今日、ヒトガタと戦った地点へと赴き――結果、見つけた。
しかも、よりにもよって、この町で恐れられている姿に近い個体を。
(悪趣味なやつ……)
そのことを思えば、悪態をついてしまうのも仕方のないことだった。
(……やはり、リリとこいつが接触する可能性を残すわけには……)
何よりキリハには、もう一つ懸念があった。
「とりあえず、そいつのもとに案内を――」
そこまで言いかけ、すぐさま飛び退いた。
彼が降り立った数歩手前に、何かが落ちる。
「ち……ッ」
直後、壁が音を立てて崩れ去る。
真ん中に穴を開けられた壁が崩壊するまで、一瞬だった。
更には、目の前の落ち葉が形を失った。
(毒――いや、溶解液か……)
その正体は、すぐに分かった。
同時にキリハは、目の前のソレが他の力を持っていることを悟った。
「阻め」
それを理解した上で、今度は土の壁で取り囲んだ。
飛び越えられる高さではない。
すり抜けられるような隙間も、キリハは残そうとしなかった。
四つ足のソレに壊させるために、その状況を作り上げた。
再び溶解液を吐かせるために。
「《旋風》」
放たれたそれを、光を纏った化け物に返すために。
四つ足を閉じ込めた籠の中に、風を吹かせた。
押し返せると踏んだ上でそうした。
「《針氷》」
しかし、キリハはその場に留まろうとしなかった。
小刻みに後退しつつ、氷の棘をあちこちに置く。
見え透いた罠を置きながら、後ろに下がる。
(――っ、やはり……!)
怪物が飛び出すまで、そう時間はかからなかった。
自らが吐いた溶解液を直に浴びた筈のソレに、響いた様子はまるでない。
「落とせ」
――その時、空から大量の礫が降り注ぐ。
地面の土を固めて作られた、弾丸の雨。
キリハの手で上空に待機させられていたそれらが、いま一斉に降り注がれた。
ちりばめられた氷の棘達を避けるよう、降り注いだ。
【!?】
――全く同じ道筋をたどっていた四つ足のソレが、逃れることはできなかった。
弾丸が淡い光を貫き、次から次へと地面に突き刺さる。
次から次へと突き刺さる。
そこに一切の容赦はなく、当然、途切れることもない。
「――……」
他でもないキリハが、自分自身にそれを許さない。
雨に打たれる四つ足の姿を視界に収めながら、次の弾丸を込めていく。
(……悪いな。こんな、時間のかかる方法しか取れなくて)
弾丸一つ一つに魔力は込められていなかった。
弾丸に魔力が働きかけたタイミングは大きく限定される。
持ち上げられていた間と――放たれるその瞬間だけ。
ほんの少し後押しをしただけだった。
【~~ッ!?】
その後押しが、四つ足の怪物の自由を完全に封じた。
その身を震わせようと、雨を振り払うことはできなかった。
いかなる抵抗も、土の雨には意味をなさなかった。
それでも土の雨が止むことは、やはりない。
(……あくまでも、やるつもりか)
やがて、体中の穴は四つ足から抵抗する力さえも奪っていった。
振り払おうとするそぶりさえ見せない。
「……眠れ、もう。これ以上は続けても無駄だ」
四つ足の姿が解けるように消えたのは、それから間もなくのこと。
残されたのは、小さな凹だけ。
降り注いだ弾丸も、その多くが砕けて見分けがつかなくなっていた。
「……後は――」
それでも、気を抜くことはできなかった。
冷たい涙は、今も止んでいなかったのだ。




