第43話 偶然見つけたもの
「んー……右? 左? 今度はどっちなんだろ……」
手持ちの明かりを頼りに暗い道のりを進む中、今度はY字路に直面した。
左手側の道幅は狭く、詰めても二人並んでは通れない。
逆に右手側は随分と広く、両手を広げてもまだかなり余裕があった。
どちらも下へ続く道。
一見右側が正解のようにも見えるが既に三回、似た状況で外れを引いている。
あくまで洞窟のような装いをしているのだから、妙な隠し扉もないだろう。多分。きっと。
一応これまで調べた範囲にはなかった。
「かなり奥まで来てる筈よね。……迷う前に一回戻らない?」
「なんのために地図作りながら探索してると思ってるんですか。ね、キリハさん」
「――ここが現在地なら……そこがああなっていて……」
「キリハさん?」
今は少し話しかけないでくれ。追っている場所が分からなくなる。
下手に道が繋がっていたりしなくて本当に良かった。少なくとも永久機関にハマることはなくなる。
あくまで今探索した限りでは、の話だが。
「地図の報告もできるじゃない? 報酬だって出るんだしやらない理由がないわよ」
「この辺りのならもう出揃ってるんじゃないですか? かなりの人が来てるみたいですし」
「その時はその時でもっとしっかりした地図になるでしょ。見落とした罠とかもあるかもしれないじゃない」
罠。しかし人為的なものではない。
例えばこの前の洞窟にあった転がる岩のようなもの。押せば滝のような水が押し寄せる、なんて事もない。
妨害のための罠を冒険者が仕掛けようものならたちまち協会から罰が下される。
現状はリスクに見合うリターンはないというのが一般的な認識だそう。
「――なぁなぁみんな! なんかあっちに凄いものあった!」
……自ら自然の罠に飛び込むケースは除く。
「ちょっ、なに先にバラしてやがるですかレイス! こういうのは発見者の特権って決まってるですよ!」
見落としはなかったと思っていたが、やはり分からないものだ。
隣のトーリャの顔を見てみるとそこにあるのは疑念が九割。
「……嫌な予感しかしない」
「ほんと大丈夫だって! これくらいの小さな穴からさ、きらきら光る液体が……」
「「危険物だろうから触るんじゃない」」
「いやいや、今回だけは騙されたと思って! な?」
「そーですそーです! 揃いも揃って何ビビってやがるですかいい歳して!」
むしろ経験を積めば危険だと分かりそうなものだが……
さすが幼馴染。過ごした時間が違う。トーリャの呆れぐらいを見るに一度や二度ではないのだろう。
「(念のため確認させてくれ。トーリャはどう思う?)」
「(……この流れでまともなものが見つかった試しがない)」
「(だろうな)」
失礼だが目に浮かぶようだった。
「ちょっと見るだけでいいから! ちょっとだけ!」
「何故そこまでして……」
「だってさ、折角こんなところに来たんだぜ? 何か一つくらい成果みたいなもの見つけて帰りたいじゃんか」
「それなら他の方法をお勧めするとだけ言っておく」
自分から危険に飛び込まなくてもいいだろうに。
勿論無視はできない。できないのだが……お宝を期待している二人の予想は裏切られるだろう。ほぼ間違いなく。
「行くだけ行ってみてあげたら? ここまで言ってるんだし。危なかったらあんたが止めるとか」
「そう言うリィルは行かないんですか」
「むしろあんたはなんで行く気なのよ」
俺が答えるより早くレイス達へ助け船を出したのは意外にもリィルだった。
一体どうしたというのだろうか。てっきりもっと止めるものだとばかり。
「――放置は放置で危険、か。よし、行ってみよう」
「そういうことならわたしも。いいですよね、キリハさん?」
「……いいのか? リィル」
「ごめん、お願い」
「二人して子ども扱いしないでくれません!?」
さすがに擁護できない。
見つけたレイス達の反応も中々子供っぽいものだったがそれに乗っかるとは……
他にも言いたことはあったがひとまず保留。改めてレイスに案内を依頼する。
来た道を数歩引き返した結果、見つかったのは。
「うぇえ……なんですかこれ。気持ち悪い……ニュルニュルしてますよ。ニュルニュル」
「ことさらに繰り返すんじゃない。気色悪い物体なのは間違いないが」
アウトだ。誰の目にも明らかな程にアウトな代物だ。
岩壁の、丁度腰くらいの高さに空いた小指くらいの小さな穴。
そこから垂れ落ちる青い半透明の何か。途切れることなく伸び続け、地面にはいつくばっているようにも見えた。
その姿を見て一瞬、何故かイソギンチャクの触手が脳裏を過る。
何故レイスもイルエもこんなゲテモノを嬉々として見せようとしていたのだろう。
これを液体と呼んでいいのかも分からない。
(しかも、こいつ……)
ただのグロテスクな魔物かと思えばまた便利な身体を。
とりあえずやる事があるとするなら、
「《凍結》」
一秒でも早く処理を済ませるくらいだろう。
「ちょぉおおおいっ!?」
何が飛び出すか分からない。
無駄にウネウネと動く奇天烈な物体を根元まで氷漬けに。更にその外側からやや隙間を空けてもう一層。
「何してるんだよ!? そんないきなり凍らせて……!」
「凍らせるなら落ちたやつだけにしときゃよかったですよ! 持ち帰って売りさばくとか色々あったのに!」
「二人とも落ち着いてくださいよ。キリハさんが理由もなしにするわけないじゃないですか」
「その理由を説明しろって言ってるですよ!?」
「後で聞く。不満なら後でいくらでも聞くから一旦離れて。それと、耳を塞いだ方がいい」
「は? なんでそんなこと」
「いいから早く。三、二、一――」
ゼロと言おうとしたその瞬間、氷が砕けた。
爆発はせず、その場に音を立てて崩れ落ちる。中身の触手はもうどこにも見当たらない。
「「……えっ」」
それ見たことか。
ある意味声をかけてもらったのは正解だったかもしれない。
とりあえず穴の奥にも魔法を送り、根元を断つ。一部だけ残しておいたおかげで居所を突き止めるのは簡単だった。
「ば、爆発? なんで?」
「魔力の収束と意図的な暴走。大方、見つかったことに気付いてまとめて吹っ飛ばそうとでもしたんだろうな」
「…………マジで?」
「マジもマジ、大マジだ。凍らせた理由も一応話して――……いや、聞いてないならいい」
「マジかよ…………」
そこまで凹まなくてもいいだろうに。
きっと様子を見に来たトーリャも同意してくれるだろう。
「何だったんだ、結局」
「液状魔物の一部だ。誰かの魔法というわけでもないからそのまま潰させてもらった」
「……すまない。世話をかける」
「そこはお互い様だ。一応本体は中で凍らせておいたからまぁ大丈夫だろう」
「……凍らせた? あの穴からか?」
「他にどこから魔法を当てろと」
「普通はそれでも届かない」
そこは本人の腕前次第。
どこに飛び火するか分からないという問題点を無視するなら最悪、極細の《水流》を流し込むという手もなくはない。
ただ、思うところがあるのか進路を決めてもしばらく二人の不満は続いた。
「ちぇー、残念。折角いいもの見つけたと思ったのに」
「あれが新種の魔物とかだったらどうするですか。大損になるですよ」
どうせ爆発していただろう、なんて言ったところで納得してもらえるわけがない。
今見つかった一匹だけということもない筈。
その辺りに関しては俺の他に適任がいる。
「イルエちゃん。レイス君。やめなさい。彼、困ってるでしょう?」
様子見も兼ねて来てもらっているレアムが。
さすがに分が悪いのか、二人もすごすご引き下がる。
「あまり遠慮しない方がいいよ? 二人とも少しきつく言わないと聞いてくれないから。ごめんね、キリハ君」
「いや、俺も先に説明しておくべきだった」
「自覚あるなら先に言っときやがれってんです」
「イルエちゃん」
「……はい」
あの一件からそれなりに時間も経っている。
今日までの様子を見ても特に問題はない。
「もしこの場所固有の魔物なら放っておいてもおそらく次が出る筈だ。新種かどうかはそこで判断しよう」
「……その頃にはもう他の冒険者が倒した後じゃね?」
「他のグループが上手く遭遇できたのならな」
こればかりは運次第。
ただ下手をするとあの魔物、上級の冒険者でも厳しいような――
「――あれ? もしかしてあそこ……行き止まり?」
定まらない魔物への評価も、アイシャの声でどうでもよくなってしまった。
「……池?」
この場所の探索を始めて以来、初の水源が目の前に現れたのだから。




