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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
II 歩み出すリヴァイバー
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第41話 微笑みながら

 ――……今回ばかりは、少々危なかったようですね。


「お前が見誤るなんて珍しい。俺があんなものにやられるとでも?」


 ――……わざわざ私の口から言わせるつもりですか? あまり気乗りはしませんが、どうしてもというのなら考えてあげますよ?


「……それもそうだな。悪い、忘れてくれ」


 ――お断りします。


「何故そこで否定する。俺の発言はひとつ残らず記憶している、とか言うんじゃないだろうな。昔みたいに」


 ――それは桐葉も同じでしょう? こればかりは理解を得られないと思っていましたが、どうやら続けた甲斐があったようですね。


「違う。そんなわけあるか気色悪い。ストーカーだと公言するようなものだろう」


 ――今の発言はさすがの私も許容できませんよ。誰が、誰のストーカーですって?


「自覚があるなら少しは自重したらどうだ。…………ここまで言っても、まだ俺があの男の発言に引き摺られていると思うか?」


 ――いいえ、全く。ですが、いい機会です。一つ忠告しておきましょうか。あんなモノの出鱈目を間に受けていて気が滅入るだけですよ、桐葉。


「分かってる。……お前にも、心当たりは?」


 ――ええ、ありませんね。残念ながら。分かっていればすぐにでも存在ごと消滅させたのですが。


「止めておけ。どうせ力で叩き潰してもあの手の輩は永久に理解しない。お前が向かう程の相手でもない」


 ――……面倒なものですね。残り滓の分際で。


「まったくだ。どこの誰かは知らないが」


 ――おそらく、大元となった存在も同類でしょうね。


「だろうな。間違いなく。無駄に均衡を乱すような馬鹿でないことを願うしかない」


 ――…………


「? どうしたんだ。急に黙り込んだりして」


 ――……今更隠し事をしても仕方ありませんね。それなら、いっそのこと――


 言葉を帰す猶予もない。

 いつものように遠ざけられ、送り帰されていく感覚。

 しかし、今回はそれだけではなかった。







「……まさかこんな時間に顔を見せに来るとはな。どういう風の吹き回しだ? ――イリア」


 まるで俺が部屋を出る瞬間を待ち構えていたように、あえて一瞬遅らせ顕現した。


 一点の穢れもない瞳は真っ直ぐ、俺だけを見ていた。

 艶のある黒髪を一部だけを左右で束ね、かき上げる

 暗闇の中でも見失いようのない確かな存在感。

 美しいという言葉がこれ程までに似合う相手を俺は他に知らない。


「深い意味はありませんよ。ちょっとした気まぐれです」

「……気まぐれか」

「ええ、ただの気まぐれです。それとも、何か別な想像でもしていましたか?」

「冗談。誰が今更そんな事を」


 まして、こんな状況で。

 新月の夜の密会。そう表現するのであれば多少の背徳感も得られるだろうが、あんな雰囲気の後では気休めの冗談にもならない。


「さすがに考え過ぎだ。あの男と『奴』に繋がりもなかったんだろう?」

「あっていい筈がないでしょう。……これ以上あなたが苦しむような事など、決して」

「亡霊が出てきたらその時はその時だ」

「楽観的にも程がありますよ」

「警戒してどうにかなる話でもないだろう?」


 何もしなくていいとは思っていない。

 だが、準備をしたからと言ってやる事を大きく変えられるわけでもない。

 散々罵倒してくれたあの男とは比べ物にならない。

 やらなければこちらがやられる。和解など考える余地もない。

 遠い昔、その道は既に途絶えている。俺が生まれる以前から。


「――……彼女達には、本当に感謝すべきかもしれませんね」

「……イリア、お前……本当に大丈夫か? 色々と」

「……あなたの私に対する印象の方が余程不安です。現在進行形で不安しかありません」

「そうじゃない。それもないとは言わないが、今話しているのはそこじゃない」


 今までの発言を全て覚えていないからと言って、それで誤魔化せるわけがないだろう。何年の付き合いだと思っているんだ。

 大体、ついこの前あんな発言をしたばかりだろうに。


「私とて、あなたや『彼女』が相手でなくとも感謝はしますよ。今回の件を除けば少なからず影響があるのは否定のしようがありませんから」

「その嫌そうな顔がなければもっとよかったがな」

「私の個人的な問題です。それが何か?」

「ならいい」


 どうせそんな事だろうと思った。

 それを聞いて安心してしまっている自分が恨めしい。


「それよりさっきの話だ。あんな馬鹿な話、さっさと忘れてしまえばいいだろう」

「これはまた随分な言い草ですね。彼女達の前でやるつもりですか」

「『あんなモノの出鱈目を間に受けていたら気が滅入るだけ』だろう?」

「……あなたはあなたで、意地が悪いですね」

「生憎これは生まれつきだ。今更無理に直すつもりもない」

「ええ、それは是非そうしてください。中途半端に捻じ曲げたあなたを見たくはありませんから」


 それが何を指しているのか、分からないわけではなかった。

 別にイリアが言う程無理に変えていたつもりはない。

 必要な振る舞いを場面に応じてしていただけ。それでも何度か、似たような言葉を投げかけられてしまったが。


「……そういう意味では、あれらとの交流も……」

「そこまでだ。それ以上は言わなくていい。変なことはするなよ、さすがに」

「失礼ですね。この私がまさか本気で手を出すとでも?」

「…………。……ない」


 おそらく。きっと。

 さすがにそれは大丈夫だろう。いくらなんでもそこまではしない。

 今までもなかった。今更する理由もないと思いたい。


「その間は……まぁいいでしょう。今はあなたの身体の調子が先です。あれとの戦闘で一部の制限が外れたようなことがあればすぐに言いなさい」

「ない。見ての通りだ。悲しいくらいに何もない」

「卑下することはありませんよ。《万断》も《一穿》も、力そのものは再び手にできたでしょう?」

「本当に形だけだがな」


 やはりどうしても比べてしまう。

 多少はマシになりつつあるかもしれないが、マシになっている程度では駄目だ。

 あの男か、それ以外の何か。どちらにせよ必要になるのは目に見えている。


「……そうですね。確かに今は形だけかもしれません」


 嘆息。

 軽快なステップと共に距離を詰めてくる。微笑みを浮かべながら。


「……随分、ご機嫌だな」

「そう見えますか?」

「そうにしか見えない」


 一瞬引きそうになった右手を抑える。それを見たのか、イリアはまた笑みを浮かべた。


「……いつかきっと、かつてのあなたすら上回る力を手にする日が訪れるでしょう。それが真剣に悩んだ末に選んだ道であるのなら、私は――……」


 そっと、撫でた。

 壊さないように。慈しむように。


「期待していますからね? 私の桐葉」

「当面は程々にしてもらえると助かる」


 目を合わせてもそうとしか答えられない自分が恨めしい。

 特に今は、まだ全てに応えられそうになかった。


「それと、一応言っておくが、別にお前のものになった覚えはない」

「あら、照れ隠しですか?」

「どうしてそうなる」

「さぁ、どうしてでしょう?」


 何故こういうところではポジティブシンキングを発揮できるのか。

 むしろ人の話を聞いていない。素でエンジンが入り始めたのは間違いない。

 聖母のような微笑みはいつの間にか小悪魔の笑顔に変貌を遂げている。


 どことなく満足そうな背中を見送る一方、ある意味でいつも通りの釈然としない感覚が残っていた。

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