第40話 話は通じず
それはある意味、偶然の産物だった。
故郷を旅立ってから積み重ねてきた経験。
魔物の討伐や、成り行きで組んだ冒険者達の戦いぶり。
そして身を以って味わった、キリハの斬撃。
直接肌に触れることこそなかったが、速さも重さもユッカの想像を絶するものだった。
男が放った光線もそれに比べれば大したことはない。
加えてキリハと男の戦いの中、その動きを何度も観察する時間があった。
無論、観察したからと言って誰にでもできる事ではない。
「こんなの、キリハさんに比べたら全然怖くないんですよ……!」
しかしユッカは、はっきりそう言い切ることができた。
魔力を纏った刃で一旦受け止め、そのまま地面に叩きつけるように逸らす。
短剣の一振りにほぼ全ての魔力を乗せることでユッカはその一撃を完全に防いだ。
地面に空いた穴から立ち込める煙がその威力を物語っている。
「ちょっとユッカ、大丈夫? あんた、今の……」
「へ、平気ですっ。いいからリィルは下がっててください。また次が来るかもしれないんですよ!」
二度目が自分達に届くことはない。
ユッカにはその確信があった。
男の光線は目の前に置かれた防壁を破れない。一度受け止めたからこそ分かる。
しかし。
(あ、あ、危な――――――っ!?)
決して余裕があるわけではなかった。
(ギリギリだったんですけどっ。めちゃくちゃギリギリだったんですけどっ!!)
無我夢中だった。
何をどのようにして防いだのか、ユッカ自身よく分かっていない。
結果がついてくる形で防ぎ切れたものの、次は分からない。
(なんなんですかあの威力……!)
今も手は痺れたまま。
得物を手放す事こそなかったものの、手の感覚は鈍ってしまっていた。
加えてすっかり彼女の手に馴染んでいた短剣は所々ひび割れてしまっている。
今のままではサイブルも倒せそうにない。
「……確かに、ユッカちゃんの言う通りだね」
もしあの防壁を貫くような一撃が襲い掛かったら。
不安がよぎったユッカの隣にアイシャが並んだ。
両手で握った杖の先端には既に魔力が集め、いつでも《水流》を放てる状態で。
「あ、アイシャ? なにしてるんですか、そんな前に出て……」
「次があっても大丈夫だよ。今度は私も手伝うから。ね?」
「……こないのが一番ですけどね」
「だね。でもそれなら――」
アイシャにつられて見上げる。
既に勝負は見えていた。キリハの拘束を男が逃れる術は残されていない。
(さすがって言うか……もう、ほんとにめちゃくちゃですね)
何が起こったのか、確かな事は分からない。
「――キリハさん、やっちゃってください!!」
だが、彼の勝利は決定的だった。
「理解できないなぁ……どうしてあんな無駄な抵抗を」
無駄な抵抗とやらに阻まれた男の聞くに堪えない呟き。
こんな状況では負け惜しみにしか聞こえない。
何より。
「お前の行動こそ無駄の極みだろう」
刻んで、蹴り飛ばす。
可変式のアームはいよいよ鉄くずとなって地面を叩いた。
あえて残した付け根の部分が爆発するより早く男の身体から切り離され、たちまち四方に散った。
「なっ……またあんな子達を――」
「同じ手を何度も食らうか」
そんな事だろうと思った。
隠していたであろう最後の小型砲の射線上に《加速》で割込み、魔力の槍でエネルギーを吸い上げる。
長さを考えて《魔力槍》に変えたが、これなら。
「――《一穿》」
ただ一点を貫く、この魔法で。
溜めた魔力を槍の動きに合わせ、解き放つ。
ある意味で《万断》とは対照的な魔法。状況次第ではこちらの魔法に軍配が上がることも珍しくない。
「な、なんてことを……!」
驚きはない。
胸部目掛けて撃てば、それこそ的確に心臓を貫いてしまっていただろう。少なくとも今回の目的はそれではない。
「何故、真摯に向き合おうとしてくれないんだい? さっきの蹴りに至っては不意打ちじゃないか」
「だったらどうした。何の問題がる」
「……本当に何とも思っていないんだな、君は。でもそうだよね。そうでもないとあんな手は使えない。他に幾らでも機会はあったのにさ。どうして自分を貶めるようなことをするかな」
「お前自身の注意不足だ。それにしても……本当に上辺の話だけを聞いたらしいな」
そうでもしなければ切り抜けられなかった。
相手が相手ならそれも通じない。組織のメンバーの助けがなければ本当に危なかった場面もあった。
そもそも、貶める程の価値などない。
「弱かった頃の話かな? そんなものは関係ないよ。今の君とはあまりにかけ離れた存在だ」
「ああ、確かに変わった。それは認めてやる。だがあの頃の俺がなければ今はない」
「それはないさ」
知りもしない輩が何を。
当時を全肯定するつもりなど微塵もない。
それでも目の前の男の態度はただ不快感をあおるだけだった。
「まったく……あの頃の交友にどんな意味があると言うんだい?」
「……何?」
「かの強大な男との邂逅は君にとって必要なものだったと思うよ。彼の盟友もね。君の一時的な抑え役としては丁度いい」
その人を何も知らないとしか言いようがなかった。
何をどう見たらそんな言葉が出るのか理解に苦しむ。
「だけどそれだけだ。周囲の環境がどう変わろうとそこさえ満たせば天条桐葉は破天の刃になる」
あの人達は勿論、俺のこともおそらく力の付属物か何かとしか思っていない。それだけは分かってしまった。
自らが思い浮かべる通りの力を振るう操り人形と、それを動かす糸。
思考も何もない殺戮マシン。突き詰めたところでそれ以外の道はない。
だからこそ余計に分からなくなる。男の目的も、何もかもが。
「ああそれと、力を失った女神もだね。もっとも、今となっては君を縛る枷にしかなっていないようだけど」
だが確信した。どうしようもない程にこの男は俺の『敵』なのだと。
根本的に相容れない。たとえこの男が神聖に分類される力を持っていなかったとしても、絶対に。
「まして、ただ重ねた時間が長かっただけの――」
「言いたいことはそれだけか」
俺という存在そのものが男の発想の何もかもに拒否反応を示していた。
言葉を遮ったのも余計な燃料を自分の中に取り込まないためでしかない。
今の時点でもう、限界が近いというのに。
「うん? 君が納得するまで続けるつもりだけど」
「ならもういい。よく分かった」
「よくはないよ。君の様子からして全く――」
「お前の話に何の価値もないことがよく分かった」
この場にいない大勢を侮辱するだけの存在に用はない。
吐き捨て放った斬撃は届かなかったが、降り注ぐ雷が男を捉える。
その身を焼かせはしない。精神体だけを始末するならそれでいい。
両腕を《凍結》させ、肩に触れさせた《魔力剣》から力を吸い上げる。
「本当に解せないなぁ……君は本来一つの世界に縛られていい存在ではないんだよ。そろそろ理解すべきだと思うね」
魔力を吸われようとも男の口が閉じることはなかった。
聞くに堪えない戯言を繰り返し、乞うように俺を見上げる。
不快感を募らせるだけだと理解しているかも怪しい。
「こんな辺境の土地で、大した力もないちっぽけな子供とおままごとなんて……力を渇望する者達への侮辱だ」
「それを決めるのはお前じゃない。評価される筋合いもない」
力を求める気持ちまで分からないわけではない。
かつては俺もそうだった。己の無力さに腹を立て、もっと強くと何度も自分に言い聞かせた。
この男が言う『力を渇望する者達』もごく僅かな――本当に限られた人物だろう。
ただ『強くなりたい』と願う人々とは似ているようで異なる者達。
何よりそれ自体がただの建前。それならいっそ『自分が納得できない』と開き直られた方がまだマシだ。
「いま使っている身体もそうだよ。こんな個体が一つ駄目になったところでどうなるっていうんだい? 世界全体で見れば微々たるものだよ」
それを利用している者の発言とは思えなかった。
そういう意味なら、石を奪ったこの男が消えたところで大した影響はない。簡単に修正できてしまう程度のもの。
「君だってコレをどうにかするために向かうつもりだったんだろう? ならいいじゃないか。このまま潰してしまえば」
「何度も同じことを言わせるな」
ただただ不快だった。
身体の主を潰したところでどうにもならない。
偉そうなことを言うつもりはないが、直接的な関係のない状況に巻き込まれていい筈がない。
この男が重罪人であっても、そうでなくともある意味同じ。それはおそらく、身体を奪った思念からの扱いも。
何より乗っ取った本体には何の痛手にもならない。
「っ……急に力を吸うペースを上げて来たね。そんなに気に入らなかったのかい? 一体どこが? 怒らせたのなら謝罪するよ。だから――」
「言った筈だ。俺にとって、お前の話に価値などないと」
情けない事に、今ここで本体をどうこうする手段はない。
「――キリハさん、やっちゃってください!!」
俺にできるのは、話を聞かない寄生虫を完全に取り除く事だけだった。




