第4話 不審者同然
「通せない!?」
「そりゃあな」
残念ながら、現実は甘くなかった。
こればかりは仕方がない。今の俺を素通りさせるようなザル警備はどこを探しても見つからないだろう。
「でもキリハはさっき、私を助けてくれて……!」
「そうなんだろうな。お前がそこまで言ってるくらいだしな。けど、それで通すわけにゃいかねぇよ」
「そ、そこをなんとか! お願い、おじさん!」
「駄目だ」
「絶対! 絶対大丈夫だから! ……ね?」
「無理なモンは無理だ」
「そんなぁ……」
……これ以上続けてもらうのはさすがに申し訳ないな。
「アイシャ、さすがにもう……聞いてもらえただけでも十分だ。さっきの疲れもあるだろうし、今日は休んだ方がいい」
「だ、駄目っ!」
一度戻ろうとしたところでアイシャに腕を掴まれてしまった。
時間を掛けて考え直すつもりだったのだが、何故に。
「あ、アイシャ?」
「それは、えっと……そう! 入れなかったら野宿するつもりなんだよね? 夜に一人なんて危ないよ、絶対」
明らかにとってつけたような理由だった。
間違っているわけじゃない。ただ、不思議なくらい後付け感しかなかった。
「話してるとこ悪いがなぁ、協会がないなんてそんな街あるわけないだろ。どこ出身だって?」
「ニホン、と言うんですけど……ご存知ですか?」
「ない」
「初耳だな。ニから始まる町自体近くにねぇよ。イロンの言い間違いか?」
「全然違います」
周囲の町はどうか知らないが、残念。
言い方を変えても、地球と範囲を広くしても、逆に狭くしても結果は同じだろう。
「それに、決められたやつを外へ出すしきたりってのもなぁ……お前、アイシャと同じくらいだろ? 今まで何やってたんだ」
「集落のコミュニティの一員として、不審者の取り締まりを」
「ってことは、警備隊か?」
「近い部分もあるとは思いますが、別物ですね」
「……ちょっとアイシャ。こっち来い」
「え? うん、いいけど……」
それにしても、年齢がアイシャと同じ? 微妙に視線が低いと思ったらそういうことか。
「(なぁ、アイシャ。お前あいつの話どう思った?)」
「(どうって……ちょっと変わってる?)」
「(ちょっとなモンか。この仕事も短くないがありゃ相当だぞ。騙されてることくらい気付けって)」
「だ、だまっ!? そんなことないよ! 絶対ない!」
「お、おい……!?」
状況的に色々言われても仕方がない。
だというのに、アイシャは大声をあげ否定した。アイシャの言う『おじさん』は勿論、俺やもう一人の門番の彼が思わず振り返るほどに。
「さっき助けてくれたし、泥だって落としてくれたし、戻ってるときも変なことされてないし、絶対、絶対違うもん!」
「だからってお前、そんなムキになるなって。余計に怪しいんだよ」
「なってない!」
……一体何が彼女をここまで突き動かしているんだ。
理由は分からない。しかしアイシャの反応ははっきり言って過剰だった。まるで何かを恐れているような。
「じゃあ、調べりゃいいじゃないですか。罪紋。ほら、なんかありませんでしたっけ。そういうルール」
思考は纏らず、アイシャの剣幕に呑まれかける。
聞き覚えのない単語と共にそんな空気を破ったのは、もう1人の門番の若い男だった。
「あ? って、あれか。そういやあったなぁそんなモン」
「へ? ざいもん……? キリハ知ってる?」
「いや全く。アイシャが知らないなら俺には見当もつかない」
アイシャが聞いたこともないものを俺が知っているなんておかしな話だろう。この世界の常識関係は特に。
「たまにあるらしいんだよ。丁度そいつみたいに協会のことを一切知らないヤツが迷い込むこと。つって、俺が知ってる限りこの辺りじゃそいつが初めてだけどな。おかげで今まですっかり忘れてた」
「まぁ年ですもんね、おやっさん」
「だ・れ・が・ジジイだこの生意気坊主。こちとらまだまだ現役なんだよ」
老け顔気味と言うのは分からなくもないが、おそらく実年齢は高齢と呼ぶほどでもない。とりあえず余計な事は考えないことにする。
「おじさん……?」
「悪い、あいつのせいで話が逸れちまった。――で、それでも大抵は記憶喪失だったりするんだが、中には本当に登録も何もしてないってヤツが出る」
同類か?
他に考えられそうなのはタイムスリップしたケース。
協会の登録の詳細が分からない以上、余計な推測は避けるべきか。
「で、その時には一応保護するってことになってるんだが……要は通すかどうかの判断材料になるのが罪紋ってわけだ。こいつばっかりはどんな手を使っても消せないからな」
烙印みたいなものか。
それなら問題はない。ない筈だ。きっと。おそらく。
「ほら、ついて来い。問題ないか調べてやる。アイシャもちょっと待ってろよ」
「お願いします」
「頑張ってね……!」
「ああ、善処する」
何を頑張るのかはさておき、先を行く『おじさん』の後を追う。日中だからか、町の方は随分活気立っているようだった。
「ぉぉ……」
門の先では、石造りの二・三階建ての家屋が立ち並んでいた。
ざっと見た限りではどこも何かしらの商売を営んでいるらしい。色々な看板が主張し過ぎない程度に町を彩っている。
客引きの声が飛び交う大通りを行き交う人数もかなりのものだった。カゴのようなものを手にしているみたいだから、買い物にでも来ているんだろう。
そして簡素な造りの露店には、それぞれ様々な商品が並べられている。それは武器であったり、外套の類であったり。
この辺りで食べられる植物を把握しておけば最悪、外で探すこともできるかもしれない。……さすがに無理か。
「ぼーっとすんな。お前の行き先はこっち」
「すみません、つい」
「そんな目新しいモンなんてないと思うんだがなぁ……」
そんなことはない。
全く見た事のない景色、と言うと確かに大袈裟なのかもしれない。
それでも、ここまで落ち着いて眺められたのは間違いなく今日が初めてだった。
結局急かされ、『衛兵所』と書かれた看板のある建物へ。赤い屋根を目印にしているらしい。
「さーて。アイツがあそこまで言ったんだ。ガッカリさせてくれるなよ。いいな?」
「勿論、大丈夫です。とりあえず脱げばいいですか?」
「潔いなお前。もう少し抵抗するかと思った」
「しませんよ、そんなこと」
苦笑い気味に答えたが、抵抗する理由がない。
何よりそんなことをしたらアイシャに迷惑がかかるだけだろう。
「ちょっと待て。なんだその魔結晶。しかも十二個も」
「さっきアイシャに説明してもらった通りです。納品できないという話は聞いたんですけど、その場に放置するわけにもいかなくて。ここで引き取ってもらう事ってできますか?」
「そりゃできなくないけどなぁ……お前、本当に協会に登録してないのか?」
「先程お話した不審者もそれなりに力を持っていましたから」
「不審者ねぇ……」
中は見かけほど狭く感じることはなかった。簡素な木のテーブルがあり、椅子がそれを挟んで向かい合うようにして並べられている。
光源は繰り抜かれた窓から差し込む日の光だけ。一応夜間用にランプも置かれているらしかった。
奥には作業台が備えられ、隣に頑丈そうな扉が一つ。
「「「…………」」」
そんな空間に屈強な警備隊の面々が集められていた。
腕を組み、睨むように俺を見ている。失礼ながら暑苦しい。
シャツを脱いでやっと丁度いいとすら感じてしまった。何をやっているんだろう。俺は。
「――とりあえず罪紋はなし、と。まったく人生何があるか分からんなぁ……こんなヤツに出くわすなんて」
風を起こされ、軽く身体を温められたかと思えば逆に冷やされ、最終的に妙な小道具を何種類も当てられ、そんなこんなでおよそ十五分。
ようやく解放され、脱いだ衣類を身に着けることを許される。さっきの戦闘より疲れたのも気のせいではないと思う。
「ちょっとそこに座って待ってろ。すぐに書類用意してやるから」
「書類、と言いますと」
「協会に登録せにゃならんだろ。それともお前、この先一生町から出ないつもりか?」
「……そうでした」
生活資金を得るためにも、登録しない手はない。至れり尽くせりとはこのことか。
「まあ最初は仮だがちゃんとやることやってりゃすぐに――お前の名前、キリハだったよな? ほれ」
「何から何までありがとうございます」
頷き、書類を受け取る。
先に必要な部分は埋められているんだろう。
右下の『ガルム』というのはおそらく、この人の名前。念のために覚えておこう。
「間違っても妙な気は起こすなよ。アイシャが悲しむ」
「勿論です。ただその、アイシャの事で少し――」
しかし、俺の疑問は木の扉をノックする音に阻まれた。
扉の向こうにいる人物の気配に思わず焦る。
盗み聞きされたとは思えない。だがそれにしてはあまりに的確なタイミングだった。
「アイシャも待ちくたびれるだろうからとりあえず今は行け。まあでも、どうしても急ぎの話だっていうなら聞いてやる」
「いえ、そういうことならまたの機会に。追いかけられた分の疲れも抜けていないと思うので家まで送っていきます」
「そうしてやってくれ。ないと思うが協会の場所が分からなかったら戻って来い」
「ですね。お世話になりました」
「間違ってもしょっ引かれたりするんじゃねぇぞ」
当然、分かっている。そのためにもまずはこちらの常識を把握しなければ。
あとは資金。寝床と食事をどうにかする必要がある。が、今はとりあえず頭の隅に追いやろう。あまり余計な心配を掛けたくない。
「ど、どうだった?」
「お陰様で無事に許可をもらえた。ありがとう。あとはこの書類を協会に持って行くように言われたくらいだ」
「よかった……でも、そういうことならすぐに行かないとね。協会まで」
「待った」
「?」
何故そうなる。
その気持ちだけで十分だ。疲労困憊の相手に案内を頼むなんて常識的にあり得ない。
「休むのが先に決まっているだろう。疲れているアイシャに案内までしてもらうわけにはいかない」
「だ、大丈夫。私は平気。だから先に協会に行こ? ねっ?」
「悪いがガルムさんからも頼まれているんだ。一応俺の連絡先だけは先に――って、そういえばスマホはないんだった……」
つい向こうの感覚で話を進めてしまうところだった。
そうか。これからはそういう生活に馴染んでいく必要があるのか。
向こうでは持っている前提での活動だったから、その辺りの感覚をすり合わせるための時間は必要かもしれない。
「すまほ?」
「すまない、独り言だ。そんなことより今は一旦家に帰って休んだ方がいい。協会の登録は俺一人でもどうにかなると思う」
「一人で……そっか。やっぱり、そうだよね」
確かに、アイシャの申し出は断った。
だがそれはこんな悲しそうな顔をさせるためじゃない。……疲れている相手にこんなことを頼むのはどうかと思うが、アイシャに決めてもらおう。
「……ただまあ、来たばかりで衛兵所までの道もうろ覚えだ。案内してもらえるのは俺としてもありがたい。それに、サイブルの件も俺だけの説明では物足りないかもしれない」
「う、うん? そうなの?」
そうじゃない。
思わずこけそうになった。
出来ればそこは察してほかった。一人で長々言い訳を並べるのは色々イタい。
「じゃなくて。少し休んで、その後二人で行こう。俺はどこかで時間を潰しておくから」
「え、お金は? さっき衛兵所の行き方も分からないって言ってなかった?」
「……すぐ近くなら、どうにか」
「あの辺り、そんなにお店とかないよ?」
どうしろと。
無い知恵を絞って出したアイデアをわざわざ丁寧に却下してくれなくてもいいだろう。
「あれ、今のって…………あぁっ!? ご、ごめんキリハ! 私気が付かなくて……!」
「いや、大丈夫。大丈夫だ。俺の言い方も悪かった」
最初の提案からして色々言葉が足りなかったというだけの話だ。コミュニケーションは難しい。
「待って。それだと登録するのが遅くなっちゃうし……依頼とか……」
「最初から今日は登録だけのつもりだった。それにガルムさんの話だと登録はあくまで仮のものらしい。変に焦っても仕方がない」
「でも、待ってる間が……私だけ休むのも悪いし……」
気にする事でもないだろうに。
むしろ休まないと言われる方が困る。あんな目に遭ったばかりなのだから。
「……あっ、そうだ。折角だし、キリハも家で一緒に休んで行かない?」
かと思えば、耳を疑うような提案がアイシャの口から飛び出した。