第384話 つい、気になって
(さすがにまだ帰って来て――……ない、よね……)
本当は、いけないことだって分かってるんだけど。
それでもやっぱり、どうしても気になっちゃう。
キリハは自分で向き合わなきゃいけないって言ってたけど、それでも気になる。
(そーっと、そーっと……)
夕食の片付けも終わっちゃって、今はもう皆も部屋に戻ったはず。
ゆっくり休めてないと思うし、あんまり大きな音は立てられない。
キリハが出かけてから、どのくらい経ったんだろう?
ごはんも食べずにキリハは出かけて行った。
先に食べちゃうのは悪いからって、そのまま向かった。
(二人とも、おなかを空かしてないといいけど……)
お昼を食べてから、キリハは何も食べてなかった。
いつもなら、もうそろそろ寝る時間。
それなのに何も食べないままっていうのは、やっぱりよくないし……。
(でもでも、二人で話してるところに邪魔しちゃうのは……う~……)
「――ぃわね……」
……誰?
さっき玄関の方を見に行った時は誰もいなかった……よね?
キリハの魔力は感じない。
だから、まだ帰ってきたわけじゃないと思うんだけど――
「……リィルちゃん?」
「っ!?」
たまたま、長い金髪がちょっとだけ見えた。
いつもと違って結んでない。
それでもと思って声をかけてみたら、やっぱりそうだった。
リィルちゃんじゃなかったら知らない人が入って来たってことだもんね。そんなわけないよね。
「あ、アイシャ……」
リィルちゃん、私を見てほっとしたみたいだった。
誰に見られたと思ったんだろう。
声をかけたときもすごい勢いで飛び上がってたけど。
「も、もう……脅かさないでよ。こんな時間に誰かと思ったじゃない」
「あ、あははは……ごめんね? 扉の前にいたから、ちょっと気になっちゃって」
――リィルちゃんも、キリハ達のことを待ってたんだ。
いつもなら、夜更かしなんてほとんどしないのに。
遅くまで起きてると『そろそろ寝なさいよね』なんて言ってくれるくらいなのに。
「「…………」」
それが分かってるから、すぐに言葉が出てこなかった。
私がリィルちゃんの方を見ると、リィルちゃんも同じように私のことを見ていて。
「……同じこと、考えてたみたいね」
「……だね。えへへ……」
そのことにほっとして、なんだか嬉しくなった。
もしかしたら来てるかもって、そんな気はしてた。
キリハのことは心配だけど、それだけじゃない。
私がそうなんだから、リィルちゃんはきっともっと気になってると思う。
「リィルちゃんがここに居るってことは……やっぱり、まだ?」
「あいつらが帰ってきたらすぐ教えに行ったわよ。皆のところに」
……帰ってきてないよね。まだ。
「……やっぱり、すぐには終わらないよね」
いろいろ、話したいこともあると思う。
出かける前のキリハも、そんな雰囲気だった。
すぐに帰ってくるつもりじゃないんだって、そんな気がした。
「こっちに来る前からいろいろあったみたいだし、仕方ないんじゃない? あんまり長引かれても困るけど」
「二人とも、疲れちゃうもんね。もう、すっかり暗くなっちゃったし」
「ほんとにね。二人そろってこんな時間にしなくてもいいじゃない、もうっ」
「ま、まあまあ……二人とも好きでこの時間に出かけたわけじゃないと思うし……」
きっと、あれを止めちゃったせい。
キリハのことだから、こうなることは分かってたんだと思う。
それでも止めるしかないって、そう言ってた。
あのままにしておいたらいつ倒れてもおかしくないから、って。
「そうじゃなきゃ困るわよ。やっといっしょに過ごせるようになったのに今度はケンカなんて……そんなの、あんまりじゃない」
「……うん」
こっちに来る前のキリハのことは、今でもまだあまり詳しく知らない。
びっくりするような話を聞かせてくれたこともあったけど……きっと、まだまだ全部じゃない。
私達も思いつかないような大変なことだって、きっとあったと思う。
私と同じくらいなのに――ううん、お母さんより年上でも、あんなに強くなんてなれない。
危ない人たちと戦うだけじゃ、きっとなれない。
キリハはいつもみたいに『エルナレイさんやナターシャさんみたいな人にはまだまだ及ばない』なんて言うかもしれないけど。
それでもやっぱり、私にはキリハがあの二人に負けてるなんて思えなかった。
エルナレイさんやナターシャさんだって、凄い人。
この前、危険種が襲ってきた時にもそう思った。
だけど、あそこにはキリハもいた。
大きな防壁を張って、攻撃を全部防いでた。
――魔力をたくさん使っただけじゃ、あそこまで大きな魔法は作れない。
キリハなら無理矢理なんとかできるかもしれないけど、そういう魔法として作ってないと結局すぐに壊れちゃう。
それでも、たくさんの魔力が必要になるのは同じ。
(……あんな魔法が必要だったってこと、だよね)
ラ・フォルティグみたいな相手とも、きっと戦ってたんだと思う。
あのくらい大きな防御魔法がないと防げないような攻撃をする相手と、きっと。
「あとアイシャ、あんたちゃんとどこかで休みなさいよ? 疲れるなんて言っても、あの二人なんだから。体力がいつ無くなるかも分かんないし」
「さすがにそうなる前には帰ってくると思うよ……?」
「……だといいけど」
もしかしたら、ちょっと遅くなっちゃうかもしれないけど。
どのくらいかかるかなんて、私にもわからない。
明日の朝までかかるかもしれないし、もう少ししたら帰って来るかも。
疲れて途中で帰ってくることはないと思う。
帰ってくるのはきっと、仲直りができたとき。
「それに、大丈夫だよ。きっと。……二人とも、相手のことをほんとは大切に思ってるはずだから」
その、ちょっとだけ遠慮がなさすぎるときもあるけど……。
でも、逆に、それができるくらいの関係なんだと思う。
キリハがそこまでやってるところを見たことは私もほとんどない。
(そういえば……『相方』なんて言ってたっけ)
そんな風に言えるのが、本当は羨ましい。
同じようになりたいわけじゃなくて。
そのくらい近くにいられることが、羨ましかった。
まだまだ、私は『してもらう』ことの方が多いから。
そんなことないってキリハは言うと思う。
前にそう言ってくれたみたいに、言ってくれると思う。
それはもちろん嬉しいけど、このままじゃきっと駄目。
(キリハ……)
それは分かっても、今どうしたらいいのかまでは、分からなくて。
「――やっぱり、ここに居たのね。アイシャさんも、リィルさんも」
そんなときに、エルナレイさんが声をかけてくれた。




