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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
Ⅹ もう、抑えられないから
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第382話 夜空に浮かぶ……

「どうして一人で来ちゃうかなー……」


 手紙に記されていたその場所には、ヘレンの姿しかなかった。


 今の今まで言葉を交わしていた相手は、僅かな痕跡だけを残して姿を消していた。

 あとは任せると言わんばかりに、引っ込んでいた。


「そうさせてほしいとアイシャ達に頼んだんだ。皆には聞かせ辛いような話もあるだろう?」


 まるで玉座に着くかのように浮かぶヘレンを、真っ直ぐ見る。


 暗闇の中であってもその存在感は隠せない。

 その身に宿した力は、夜空に浮かぶ星々の光もあっさり隠してしまった。


「その最たる原因がなーに言ってくれちゃってるんですかね? 聞かせ辛い話って、多分ほとんどそっち関係ですよ?」

「……それもそうか」


 しかしながら、その表情は決して晴れやかなものではない。


 俺が思い浮かべている通りのものなら確かにそうだろう。

 ヘレンでさえ手の出しようがなかった話が山のように転がっている。


 しかし、それらがこの状況に関与していないわけでもなかった。


 何かしらの形でヘレンも、知っただろう。

 事が片付いた後になって聞かされるようなことも一度や二度ではなかった筈だ。


「でもでも、よくOK出ましたね? メンタルとかそっちの方面の心配、されなかったんです?」

「まあ、多少は。そこまで強く反対されることはなかったがな」


 そういった話に関して、あえて追求することなく送り出してくれたことには感謝しかない。


 決して、皆も気付いていなかったわけではない。

 そのつながりを悟りながらも、ヘレンとのことを優先させてくれた。


「とか言っちゃって、割と強引だったりしたんじゃないです? こういう時の誰かさんはやたらと強情ですもんねー」

「当たり前だ。……ここまで思い詰めさせておいて、指をくわえたままでいられるものか」

「だーかーら、そういうところですってば」


 もっと他の形で、早い段階でどうにかできなかったと詰められたら白旗を挙げるしかない。


 だからと言って、今更のことだと目を背けるつもりもない。

 強く止められても引き下がらなかっただろうというヘレンの推測は、実際正しい。


 ここまでさせてしまった以上、俺にできそうなことは多くない。

 それも承知でここに来た。


「あと私、別に思い詰めてはないので。そこだけは勘違いしないでもらえます?」


 下手な遠慮は必要ない。

 少しばかり、強引に行かなければ届きそうにない。


「さっきマスターも似たようなこと言われましたけどぉー……なんなんです? そういうのが最近の流行りだったりします?」

「そんなものは関係ない。今のヘレンを見て、そう思った。それだけのことだ」

「じゃあ今のうちによくよく見直しておきましょう? さっきから頓珍漢なこと言っちゃってますよ?」


 ――少しばかり、息を吸い込む。


 表面上は、ヘレンも大きく取り乱すことはなかった。


 だが心の底から思っているわけではないらしい。

 少し――本当にほんの少しだが、声色が変わっていた。


「思うところがないなら、わざわざ飛び出すことはなかっただろう?」


 焦りに駆られてたたみ掛けるような真似は、決してしない。


 そんな言葉では到底届かない。


「しかも皆に、あんな暗示までかけて……。ただ外へ遊びに行くだけなら、ここまでする必要はない筈だ」


 自らへの興味を失わせる、とでも言えばいいのか。


 相手が抱く感情を全く別のものに変えてしまう程のものではない。

 ただ少し、その人に対する関心が薄れてしまう。


 それ以外に影響はない。

 周囲から違和感を持たれることはあるだろうが、そのくらい。


「もっと言えば、あの仕掛けを用意していた頃からそうだ。……いくらなんでも、大掛かりが過ぎる」

「誰かさん達のおかげで、そっちはもうお釈迦になっちゃいましたけどねー。あの段階まで持っていくだけでもけっこう大変だったんだけどなー?」

「あんな燃費の悪い代物を作ろうとすればそうもなる」


 あの家での生活が本格的に始まってからのわずかな時間では、本来基盤を作るのがやっと。


 今の、力の一部しか使うことのできないヘレンであればなおさらだ。

 手間がかかるどころの話ではない。


 しかしヘレンは、それでも譲らない。

 この程度で引き下がってくれる筈がなかった。


「いえいえいえ、ちょこっと規模が大きいだけですよ? なんとなくそんな気はしてましたけど、いろいろ勘違いしちゃってません?」

「いいや、これっぽっちも。見た上での判断だ」


 俺だって、根拠もなしに言っているわけじゃない。


 ヘレンだって分かっているだろう。

 構築した張本人がその事を理解していない筈がない。


「今のお前が使える力の、ざっと八割以上……。それだけの力を必要とする代物が『ちょこっと』ではない、と?」


 あの仕掛けに触れて、予想を確信に変えることができた。


 物理的な干渉を完全に遮断してしまうと、町の機能が停止してしまう。

 かといってそのための穴を作れば、当然そこを狙われる。


 一時的なものでない以上、単純なドーム状の防壁を構築するだけでは終わらない。


「……今の八割って、思ってるほどのものじゃないですよ? マスターに怒られちゃったおかげで、できる事もかなり限られてますし」

「だが今のお前にとっては致命的なものの筈だ」


 万全な状態のヘレンが持つ力に比べたら、確かに僅かなものだろう。


 しかし今のヘレンが扱うのであれば話は変わる。


「それを盾に制約の解除を迫るならまだしも、そうじゃない。……ただただお前が重荷を背負うだけだ」


 ただ疲れるだけでは済まされない。

 ヘレンの両肩にかかる負荷がどれほどのものになるか、想像もつかない。


「……どうして、そうだって言い切れるんです?」


 ――その時、ヘレンは目線を少し逸らした。


「ひょっとしたらひょっとすると、そうじゃないかもしれませんよ? 冷たーいマスターの同情に期待しちゃったり、とかとか」

「そんな回りくどい手を使うくらいなら乗り込んだ方が早い」


 顔はこちらに向けていたが、決して目と目が合うことはない。


 俺が目を合わせようとすると、また少しだけ逸れた。


「んもー、いざとなったらカチコミ上等なお方と一緒にしないでくださいよぅ。か弱いか弱い私ですよ? そんな怖いことできませんってば」

「妙だな。これまで何度も手を貸してもらった筈だが」


 本当に、妙だ。

 頑なに視線を合わせようとしないところとか。


 それに。


「――俺のことをどうするかで、イリアの所に行ったんじゃなかったのか?」


 誤魔化し方に、少し無理があった。


「――……」


 ヘレンの言葉が、途切れた。


 ばつの悪そうな表情で。

 相変わらず、視線を合わせようともせずに。


 それから、少し経って――観念したように、ため息をついた。


「……その感じ、マスターってばほんとに全部話しちゃってたんですね」

「俺が無理を言って聞き出しただけだ」


 イリアへの呆れのようなものも、確かにあっただろう。


 しかしそれが主ではない。


「いいですって。そんな風に庇わなくても。聞かれなかったら自分で言ったと思いますよ? マスターなら」

「お前の姿が見当たらないのに放っておけるか」


 そしてようやく――ヘレンの雰囲気が、目に見えて変わった。


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