第369話 特級の訪問
全くもって想定外。
まさかあの人が来ているとは思いもしなかった。
しかし好みに伝わる感覚が、その人の存在を強く訴えかけている。
「こっちみたい、ですね……?」
手紙を見て同席してくれると言ったマユもどことなく困り顔。
ここ最近は手紙のやりとりも控えめになっていた。
こちらの資材騒ぎは勿論、向こうも忙しそうにしていたのを覚えている。
(こちらで騒ぎがあった――わけないか。いくらなんでも)
人混みの中であろうとその存在感を隠すことなどできはしない。
それはこのストラの町でも同じこと。
だからわざわざ、人目につかないような場所を指定したんだろう。
「お久しぶりです、エルナレイさん。お変わりないようで何よりです」
「あなた達こそ。アイシャさん達はお留守番かしら?」
「大体そんな感じ、です」
「お待たせするのもどうかと思いまして、協会からそのまま」
手紙で指定していた通りの場所に、エルナレイさんはいた。
協会の出入り口に面した大通り。
そこを真っ直ぐに進んでいき――左側、五番目の道を入った先。
この町に住んだ時間も短くないが、見覚えのない店舗。
時代を感じる木造建築のカフェの中には、エルナレイさん以外の客は誰もいなかった。
「それにしても驚きましたよ。まさかすぐそこまで来ておられたなんて」
「ごめんなさいね、直前の連絡になってしまって。慌てさせるつもりはなかったのだけれど」
「仕方がありませんよ。相変わらずお忙しいみたいですし」
皮肉でもなんでもなく、本当の話。
あれだけの事件の後に何をやらされているのかというくらい忙しそうだった。
ストラでの騒ぎまで影響しているのではないかと思うほどに。
都市部の、少なくとも表に出てくるような問題ではなかったのだろう。
アーコにいたシャトさんは町の様子を『元通りに近付いている』と語った。
このストラも、ごく一部を除けばそうだったと言える。
「ありがとう、心配してくれて。これでもよくなった方なのよ。あなたがラ・フォルティグに打ち勝った直後よりは」
「『私達』の方が適切では?」
「あら、そう? 一番長く戦っていたのも、止めを刺したのもあなただったと記憶しているのだけれど」
「それは本体の話です。あの化け物にしたって、“首長砦”を討ち取ったのはナターシャさんだったじゃありませんか」
ラ・フォルティグ一匹を仕留めさえすれば全て解決――なんて状況でもなかった。
ヘレンが来てくれた時点で既に雲行きは怪しくなっていた。
そんな予想を悪い意味で上回ってくれやがったのも事実だが。
確かに、ラ・フォルティグは最も印象深い存在。
しかしあの戦いにはそれ以外の要素も少なからず絡んでいた。
ヘレンが引き受けてくれた、あの男の残留思念もそう。
それに。
「何より、討伐後の被害が出なかったのは、マユやアイシャが――皆が、下から支えてくれたおかげですよ。そうでなければ、どうなっていたことか」
本体を消滅させようと思っても、やはり時間はかかっただろう。
殻を脱ぎ捨てる前に比べれば防御も薄かった。
だが、他の魔物とは比較にならないものだったのも本当。
仮に上空に投げ捨てられたとして、焼け石に水。
結局、大地に向かって真っ逆さまに落ちるだけ。
「協会を真っ先に飛び出したのもアイシャさん、でしたね」
「そしてマユ達は、全員でアイシャをサポートしていた。……まあ、つまりはそういうことですよ。エルナレイさん」
やはり『達』と言うべきだろう。
リーテンガリア中に赴いた冒険者達を総合すればどれだけの人数になることやら。
エルナレイさんがその人達のことを忘れているとは思わないが。
「ところで、エルナレイさんはどうしてこちらに? 思い出話に花を咲かせるためでないというのは分かりますけど」
「また変なのでも出た、ですか?」
「いくらなんでもそれはない。……おそらく」
もちろん、甘い願望などではなく。
ルークさんからも特にそういう話は聞けなかった。
ヘレンが備えているのも『もしもの場合』だろうというのが、今の見立て。
「えぇ、その心配はないわ。この町は勿論、全体で見ても落ち着いていると言えるんじゃないかしら」
さすがのエルナレイさんも苦笑していた。
特級としても堪ったものではないだろう。
ようやく落ち着いてきたところに大きな事件ともなれば、誰だって心穏やかではいられない。
「むしろ先日のストラの騒動に驚かされたくらいよ。大きな被害がなかったのはせめてもの幸いね」
「やっぱりそうなる、ですよね」
「俺を見ながら言うことでもないだろうに」
「言うこと、ですよ?」
……真顔で返されてしまった。
あの件まで俺と結び付けられても。
腹の中に魔道具を隠し持っていた男を町に入れた件に関しては、その通りという他ないが。
「その子とも仲良さそう、ですし。よくお話もしてる、ですよね?」
「特別仲がいいという程では……。意思疎通がしやすいというのもあるんだろう、きっと」
話をしていると言っても、質問に答えることがほとんど。
常識外れの力を持っているからこそ、かえって新鮮に映るのかもしれない。
町に繰り出して何かを聞かれなかったためしがない。
「あなたが保護したという子の話?」
「……そんな事までご存知でしたか」
「やるべきことやっているだけでも、自然と情報は集まってくるものよ。あなたの首元から力を感じているのもあるけれど」
「今はすっかりお休み中ですけどね」
そうしてどこかで眠るところまでがいつもの流れ。
夜に起きることもあれば、翌朝までぐっすり寝ていることも少なくない。
いい意味でマイペースとも言える。
夜中に叩き起こされるようなことはこれまで一度もなかった。
「…………」
ただ、マユの関心は既にこの小さく大きな存在から移っていたようで。
「じゃあ、ヘレンさんのことも誰かに教えてもらった、ですか?」
エルナレイさんを真っ直ぐ見つめて、問いかけた。
「……気付かれるのなら、先にキリハだと思っていたのだけれど」
しかしエルナレイさんは否定しなかった。
頬を緩めて、やや遠回し気味に肯定した。
「気付いてると思う、ですよ。言わない、だけで。……そう、ですよね?」
「あら、意地が悪いのね? ふふっ」
「違いますよ。他の要件もあるんじゃないかと勝手に考えてしまって」
ヒトを虜にしかねない笑みにも、肩をすくめて返すしかない。
エルナレイさんがストラ方面に向かう理由がなかったのは確認済み。
マユ達や妖精の件でないのであれば、答えは絞られる。
そしておそらく、それ以上何も言わないということは――
「だけど、誤解しないで頂戴。ストラに来たのは私の意思よ。誰かに依頼されたわけではないわ」
「……みたいですね」
心配性な誰かさんからの差し金でも、ないのだろう。




