第368話 協会での聞き込み
あの頃は本当に、ほんっとーに酷かった。
あんな状況で、ましてちょっとやそっとの説得で止まるような人じゃない
そのくらいのことはやる前から分かってましたけど、それでもやっぱり酷いものは酷い。
あの頃にはもうすっかりバカみたいな強さになっちゃってたから、力づくじゃ止められない。
なんとか説得できないこともなさそうな誰かさんは、そっち方面で動こうとしないし。
本当は自分だって、嫌だってずっと思っていたくせに。
私が会うより前からあの人と一緒にいた。
そもそも、私があの人と知り合ったのはマスターと一緒にいたからだったわけですし。
止めたいって気持ちもマスターの方がきっと大きかった筈なんですけどね。
これで満足してるってわけでもなさそうですし。
そもそもですよ。
あの人、マスターやお友達がどんな風に思っていたか想像くらいできた筈なんですよね。
そりゃまあ、力とか色々アテにされてたのも事実と言えばその通りではあるんですけど。
それにしてもこう、納得できるわけがないっていうか。
『――これがどういうものか、お前はよく知っている筈だ。当然、この場に留まり続けるリスクも』
モンスターでもなんでも震え上がらせちゃいそうな冷たい目。
今でもはっきり覚えてる。
こっちに来て少しはマシになったと思ったら、思い出したように逆戻り。
さすがにあの頃ほど酷くはないけど。
それでもあの子達が見ちゃったらきっとその日は眠れませんね。夜。
『そこまで言うならもうちょっとなんとかしようとする素振りだけでも見せません? さっきからほとんど垂れ流しなんですけど』
『だから、この場で採れる最も確実な方法を伝えた。……それ以外の手があれば苦労はしない』
『とか言って、別の方法があっても『帰れ』になるんですよねー? ……もうちょっと、他に目を向けた方がいいんじゃないです?』
『確実な方法を選んでいるだけだ』
何もかも、突然人が変わっちゃったみたいに。
あんなことがありましたからね。思うところはあると思いますよ。
私だってそうだったんですから。
自分がやらなきゃいけないこととか、立場に伴う責任とかとか。
そういうのも全部気にしていないような顔をして。
実際、そうとしか思えないような姿であり続けて。
もう、昔みたいなあの人はどこにもいないんだって――そう、思い込んでた。
「ヘレンちゃん? っていうと、あの……。あの子がどうかしたのかい?」
もしもと思って足を運んだ協会で、早速ルークさんに首を傾げられてしまった。
アイシャに背中を押されるまま外へ繰り出し、どのくらいの時間が経っただろうか。
「何かあったという程のことではないんです。もし何か気になるようなところがあれば、教えていただけないかと思って」
「気になるところ……気になるところかぁ……」
相変わらず進展はなし。
これだけ経っても、状況は何一つとして好転していない。
イリアも交えたやりとりから既に数日。
この程度でヘレンが折れるとは思っていなかったが、それらしい手掛かりの一つも得られない。
こうして探し回っている俺達に対して何かしらの反応をするのではないかという期待が少し。
あとは、大勢が集まるこの場所であればという願望だった。
「……ちょっと、力になれそうにないかな」
しかしルークさんに、首を横に振られる。
「皆と一緒にいるところはよく見るけど、直接話したことってあんまりないんだよ。だから、ちょっとした変化を訊かれても……」
「……そうですか」
それはルークさんの言う通りだろうと、素直に思う。
マユでさえ、物思いにふけりながら頷いていた。
レティセニアのおばあさんと、そこに戻ったお世話役と――他に数名くらいの者だろう。
「ごめんよ。せっかく頼って来てくれたのに」
「いえ、そんな。もともと無茶なお願いかもしれないとは思っていましたし」
無茶というか、無理難題。
ヘレンが相談する姿が余り想像できないのも本当。
俺達と面識の薄いひとであればまだともかく。
それに、もう一つ。
「もし相談を受けていたとしても、ルークさんが秘密の相談をすぐに漏らすような人とは思っていませんから」
「そ、そこまで言われることはないと思うけどなぁ……。勿論、気を付けてはいるけど」
もし、実際には相談を受けていたとして。
頼み込めば教えてくれる可能性はある。
仕方がないとルークさん自身思えるような状況であれば、その時は。
今がそうだと言えるほどのものはない。
……少しばかり、懸念はあるが。
「一応、他の人にも聞いてはみるよ。……あんまり期待しないようにね?」
「いいですよ、そんな。これ以上ルークさんのお時間を取るわけには」
「いいよいいよ。最近はいい意味で落ち着いて来てるから。大した手間でもないしね」
その上で、ルークさんは期待しないよう再度念押ししてきた。
可能性が低いと、ルークさんも感じているんだろう。
話す機会が少なくても、見てはいるわけだ。やはり。
俺達の背中を見送りながら、そうしているように。
「……ほんとに知らなそう、ですね?」
「同感。もしかしたらと思ったが……いくらルークさんでも、さすがにそこまでは知らないか」
「みたい、ですね。ヘレンさんが話してるところなんて見たことない、ですし」
ルークさんの態度からもそのことは伺える。
マユやアイシャ達のことを話すときとは明らかに違っていた。
ついでに、もう少しだけ支部に残って確かめさせてもらうことにする。
「ヘレンさんが残したもの、とか、ほんとに何もない、ですか? 変わったものならすぐに分かりそう、ですけど」
「それならもう少し噂になっていると思う。……認識阻害がかけられた痕跡も見当たらなかった」
昼時でも、夕暮れでもない微妙な時間。
しかしそれでも、大襲来の直後に比べれば随分と人も増えた。
四人掛けの席を使っても余裕があるのは相変わらず。
ひとまず、いま急いで帰るべきではない。
「そこに在るのに気付けなかったり、とか」
「そうそう。ヘレンがいきなり現れたように見える内の何割かはそのせい――……というのは、置いておくとして」
「置いておくような事じゃない、です」
説明をすると長くなる。
おまけに、それだと分かっただけでは対処できるようなものでもない。
「ユッカさんに教えてあげない、ですか? いつも驚かされてる、ですけど」
「本人が自分で違和感に気付けるようになってからだ。……俺の魔力に慣れ過ぎても、それはそれで問題がある」
「他の人のを見破るのが難しくなったり、とか」
「正解。……本当は、一対一で身体に馴染ませる方法も無いわけではないんだがな」
生憎、そこまで器用な真似はできない。
支部長に並ぶことはできなくても、迫る程度の練度はほしい。
魔法の威力ではなく、魔力そのものを操る精度の面で。
そこに魔力の多寡は関係ない。
本人のそもそものセンスと、修練の積み重ね。それが全て。
むしろ少ない方がいいのかもしれない。
とりあえず、大量の魔力をひっつかんで雑に投げつけるような方法では未来永劫辿り着けないもの。
「――よかった、まだいた……!」
何やら慌てているルークさんも、現役の頃であれば、ひょっとすると――ではなく。
「ど、どうしました? そんな慌てて……」
「いや、そこまでではないけど……早いならその方がいいと思って」
早い?
まるでついさっき割り込んで来たかのよう。
まさかそんな人がいるとは――
「実は、キリハ君宛てに手紙が届いて――」
…………いたな。




